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#159 瞬間を

「躱すばっかりってのも、疲れるんじゃないかい!?」


「そう思うのなら、少しくらい手を緩めてくれたっていいんだぞ」


「そんなことするわけないってわかってるだろう!」


 楽しそうに叫ぶローレン。まあ、彼が戦いにおいて手を抜かないということはわかっている。

 だが、彼の持つ遺物魔法の実直な直剣(オネスト)は半端な防御を赦さない。それゆえに、回避をしておくのが最善の選択肢ではある。


(隙を見計らって魔法を差し込んではいるが、それも難なく御されるしな)


 エアハルトとて手を抜いているわけではない。もちろん、ローレンの後にも敵が控えているという都合、ここでカラッ欠になるような戦い方をするわけには行かないが。その一方で、ローレン自体が加減をしていられるような相手でもない。


 ただでさえ隙を見せることが少ない上に、そこをついた攻撃にもきちんと対応してくる。


 僅かな隙程度では、どうにもならないということだろう。


(いちおう、実直な直剣(オネスト)に対抗しうる手段としては血吸之黒槍(ブラッドジャベリン)血吸之黒剣(ブラッドソード)があるが、このふたつは人間相手に使うのが難しい上に、防御だけに使うにしては負担が大きすぎる)


 魔装具としての維持コストの重たさを、吸血という武器特性で無理矢理に相殺するのがエアハルトの持つ遺物魔法の特徴だった。

 人を殺すわけにはいかないという制約がある都合、このふたつではやり過ぎる可能性が高い他、防御のみにも使いにくい。


(……とはいえ、四の五の言ってられるような状況でもない、か)


 改めて状況を再確認したエアハルトは、グッと覚悟を引き締める。


「《過式強化律フォ・ルーティシシモ》」


 空気感の変化、そしてエアハルトに異常に集まる魔力に、ローレンが息を呑む。


 なにかが来る、と。これまでの彼の経験が、その予感を確信させる。


 その威圧感に、ローレンは直剣を身の前で構えて、防御体制をとる。

 ある意味、定石とも取れる戦い方である。


 なにが来るかがわからない。ならば、それに対処できるように備えておく必要がある。

 その判断自体は、正しい。


 だが、ことこの状況では、全てを一概に評価はできない。


 心構えとしてはまさしく正しい判断ではある、その一方で。

 行動までもを防御に移行させたのは、良くない判断であった。


 彼のこれまでの戦闘経験上、そうするのが当たり前、ではあったのだろうが。しかし、

 こと、実直な直剣(オネスト)を扱っている今現在においては、攻撃こそがなによりも防御となりうる状況であり。


 エアハルトの接近を拒んでいた最大の要因が、実直な直剣(オネスト)であった。


 そして、それを防御に流用してしまった、ということは。


「しまっ――」


 ローレンのその眼前にまで、一瞬でエアハルトが詰めてくる。

 攻撃によって維持されていた距離が、失われてしまう。

 直剣という武器特性の都合、ここまで接近されてしまっては攻撃に移行するのに時間を要してしまう。なれば、全力の防御に賭けるしかない、が。


「《遮断クリア――、いや、ダメだ。破壊される! なら、《隔絶壁アイソレート》ッ!」


「悪いな、ローレン。死なないように、しっかり守れよ。――《豪爆重弾烈バルトーク・ピ・ツィカート》」


 魔力による、強引な押し出し。

 いわば、ただの衝撃波。


 たった、それだけの魔法。


 だが、ただの衝撃波であるがゆえに属性による対処を赦さず。そして、その上でエアハルトの魔力の許容量キャパから放出されるそれは、


「ぐっ、止めきれない……」


 ローレンが歯を食いしばりながらに、防御に徹する。

 山をも消し飛ばしかねないほどの威力を持つ魔法だというのに、しっかりと受けきってくるところがさすがという話ではある。


「さすが、と言いたいが。こっちにも余裕がないんでな。そろそろ吹き飛んでくれ。《瞬間強化律リン・フォ・ルーツァンド》」


 許容限界ギリギリ、だったはずのところに、更にエアハルトは魔力を注ぎ込む。肌に、肉に、

骨に。ビリビリとした痛みが走る。

 だが、まだ、管理範囲内だ。

 エアハルトが注ぎ込んだ魔力が、衝撃波を一等強くする。

 一層増したその衝撃波に、ついぞローレンは御しきれなくなり、後方へと吹き飛ばされる。


 それを確認して、エアハルトは即座に魔法を解除する。


「……はあ、はあ。ほんっとうに、さすがとしか言えないよ。相変わらず、とんでもない魔法だ」


「お前こそ、このまま立ち続けられたらこっちが不味かった」


 肌表面が、パキリと割れる。肉までは到達していないが、確かな痛みがそこにある。


 強引な魔力の行使は、その身体に小さくない負担を生み出し。加えて、制御可能範囲を超えてしまうと、暴走するかのようにして更に魔力が勝手に行使されるために、強烈な反動を齎す。

 だからこそ、許容量キャパを越えるような魔法の使用は命に関わる。


 だが、返して言えば。許容量キャパは超えつつも、制御が可能という絶妙な範囲内であれば、短時間ならは最低限の反動で済ませることができる。

 もちろん、言葉で言うには容易そうではあるが、実際のところはそんな簡単にできるようなものではない。ギリギリ管理ができる、というだけで制御もかなりブレやすくなっている範囲の魔力を扱うのだ。それも、扱える許容量の瀬戸際で。そのリスクの高さは言うまでもない。


 加えて、今回のように一瞬で済まない可能性が出てくると、その時間に比例して身体への負担も増えていく。

 あのままあの勢いで行使し続けていたら、という話である。


「ははっ。僕だって、成長してるからね。……なんて、こんなザマで言っても格好がつかないけども」


 地面に背をつけ、空を仰ぎながらにローレンはそう言う。

 彼は、満足そうに笑っていた。


「ああ、そうだ。エアハルト。ふたつ、いいかな」


「……なんだ」


「まあ、少なくともひとつは君にとってもいい話だよ。もうひとつは……お願いみたいなものだけど」


 君ならば、きっと引き受けてくれると信じてるからね、と。さっきまで正面からぶつかり合っていたとは思えない素振りでローレンがそう言ってくる。


「アドバイス、というわけじゃないけど。僕の後ろの連中には気をつけたほうがいい。たぶん、なにか変なことを企んでる」


 そうでもなければ、ここまで戦争の盤面が荒らされているというのに動かないはずがない、と。


「……メルラが抑えてくれている、というわけではないよな」


「だろうね。いくら彼女でも、あの連中を留めておけるほどの発言権はないし。そもそも、理由が不安定だ」


 彼女の予知、というのはたしかに重要な参考資料である一方で、それを破る方法もたしかに存在する。

 そして、エアハルトはそれに合致しており。それらを、魔法使い連合の幹部連中であれば把握している。


 戦争がかき乱されている現状、メルラの予知で対処できない範囲だと判断して行動に移す、という思考は至極自然なものであり。


「僕のように戦い好きな連中も動いてない。……違和感しか、ない」


「ああ、十分に留意しておく」


 おそらく、なにかが、ある。


 それを企んでいるのか、あるいは、待っているのか。

 少なくとも、幹部であるはずのローレンや、おそらくはメルラにも共有されていないであろう、なにかが。


「……それで、頼みごとってのはなんだ」


「聞いてくれるんだね。ありがとう」


「聞くだけだ。引き受けるとは言ってない」


「まあまあ、それでいいよ。……とは言っても、言わなくとも、エアハルトならやってくれるとは思ってるけど」


 ウチのお姫様(メルラ)のこと、助けてあげてね、と。


「師匠、なんだろう? たまには弟子のことを気にかけてやってくれ」


 予知魔法の前提が崩れている以上、メルラの立場が若干危うくなる。

 少なくはあるがエアハルトとの関係を知っているものもいるし、内通のことを疑われている可能性もある。


「……ああ、言われなくても。助けるさ」


「それを聞いて安心したよ。それなら、僕はここで休むことにするよ」


 満足に身体が動きそうにないからね、と。ローレンはそう言いながらに笑ってみせる。

 仕方がないとはいえ、戦場で休まるのか、と思わなくもない。


 そんなことを考えながらに、ローレンを背にしながら、エアハルトは進んでいく。


「……頼んだよ、エアハルト」


 戦線を押し上げて行く彼の姿を見つめながらに、ローレンはそうつぶやいた。


 幹部連中も、不穏だけれども。

 それ以上に、今、危ういのは――、


「覚悟が、あるからこそ。……怖いんだよね」

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