#158 少女のできること
ピンと張詰められた蔦。真正面からの引き合い。
まさか、魔力強化込みのルカで、かつ、両腕ごと縛られているマルクスに。引き合いで拮抗するとは思ってもいなかったけれども。……本当に、どんな体幹をしているんだろうか。
でも、負けるわけにはいかない。
今からすぐに、ルカがマルクスに負けず劣らずよ膂力を身につける、というのは不可能な話だ。
やれることは、限られている。
でも、やるしか、ない。
身体強化を可能な限りに強めていく。
わずかに、こちらに引き寄せることができたと思ったその直後。その力に、マルクスが対応してくる。
なら、もっと強めていくしか――、
「ッ!」
全身に、針で刺すような痛みが発生し。思わず顔を歪めてしまう。
……この感覚には、少しばかり覚えがある。
本来扱える魔力の上限を超えて行使しようとしたときに、強引なまでの魔力に身体の器官が傷つけられているときの痛み。
つまり、今の身体強化が。現状のルカが扱える上限ギリギリ、ということになる。
限界まで注ぎ込んてもなお、マルクスとの引き合いが互角になる程度。
悔しさが、滲み出てきて。思わず、歯を噛む。
「まだ、まだ。負けるわけには――」
痛みは、セーフティだ。それ以上進むべきではない、という警告だ。
だけれども、退くわけにはいかない。
ルカだって、覚悟を持ってここに立っている。
全身の痛みを許容しながらに、ルカはその身体に魔力を流し続ける。
思わず尻込みしようとしまっても、意識が持っていかれそうになっても。それでもなお、流し込み続ける。
ぐぐぐぐぐ、と。少しずつ、少しずつだが、蔦がこちらに寄ってくる。
この調子なら――、
「たしかに、驚異的な力だ。だが――」
マルクスは淡々とそう言い。そして。
「戦闘に対する経験が、どうしても浅い。戦い方、戦場での駆け引きというものについては、不足があるようだな」
引き合いを続けていたルカとマルクス。その蔦が、一気に、緩む。
ルカは、依然として力を込め続けていた。
それにもかかわらず、蔦が緩んだ。
その理由は、至極単純。
「ひゃあああああっ!」
テトラの悲鳴が戦場に響く。
それもそのはず。テトラの身体と、そして、マルクスの身体が。勢いよく宙に投げ出され、ルカの方へと近寄ってきたのである。
そう。至極単純な話。
マルクスが、引っ張り合いをやめたのである。
突然のこと。当然ながらに合図などもあるわけがなく。
とてつもない力で引っ張っていたルカは、突然にその抵抗を失って。引っ張ろうとしていた力のみが残る。
その結果、身体が大きく後ろ側に引っ張られるようにして、体勢を崩し。
マルクスも、体勢は不安定ながらに。しかし、蔦が緩んだことにより、わずかに行動の余地か生まれ。さらにはルカの力を利用して、彼女の方へと急接近することができる。
戦闘慣れをしていないルカにとっては、こんな咄嗟の判断で、そんな状況を理解できるほどの経験はない。
だが、まずい、ということだけは直感的に理解できる。
(どうするべき、どうしたらいい?)
思考が、一瞬にして疑問で埋め尽くされそうになる。
けれど、なんとかそれらを頭の中から振り払う。
マルクスの言うとおり、ルカは戦闘の経験が浅い。
そしてその経験値の少なさは、どうしても迷いを生み出す。
そもそも、ルカが考えついた打開策……のようなもの自体、うまく機能するのか、この場において効果的なのか。それらを判断できるだけの知見がない。
ならば、どうすればいい、という考えはあまり正確ではない。
だからこそ、ルカは。なにをすればいい、ではなく。
できることを、やるしかない。
「土塊ッ!」
先程に距離を大きく詰められたときとは違い。ルカ側に対処の時間を与えないために、マルクスはノーモーションから引き合いの力を抜いた。
それゆえ、現在の空中にいる彼は地面を蹴り出すなどをできたわけではなく、その推進力はルカが引っ張っていた力のみ。
だからこそ、幸いというべくか。先刻よりかは距離の詰まるスピードがそれほど早くはない。これならば、土塊の発動も間に合う。
直接にマルクスを狙うことができればよかったのかもしれないが、そんなタイミング合わせなどが今のルカにできるとは思わない。
だからこそ、狙うのは繋がれた蔦。
地面から突き上げるようにして隆起させた土塊の壁で、無理矢理に蔦を持ち上げて、伸ばす。
これにより再度ピンと張られた捕縛蔦は、再びマルクスの行動を制限し。かつ、ルカの方へと向かっていた彼の身体を、上方向へとそのベクトルを変更させる。
ついでに、ルカの身体も引き寄せられるので、体勢が若干だけマシになる。まあ、ルカの意図するところではない、偶然の産物ではあったが。
「なるほど。うまく使うものだな。だが」
土塊によって身体を上方向に持ち上げられた、ということは。現在マルクスの身体は土塊と接触しているということ。
マルクスはその脚で土塊の壁を蹴ると、振り子のように弧を描きながら、土塊の壁を回り込み、ルカの方へと詰めてくる。
一緒に繋がれたテトラは、やっぱり悲鳴をあげていた。
「悪いが、押し通らさせてもらうぞ」
マルクスは土塊をうまく利用しながら立ち回り、いくらか緩んだ捕縛蔦からするりと抜け出すと。そのまま、ルカの方へと突進してくる。
直剣は、先程捕縛されていたところに置いてきてしまっていたので、懐から取り出した携帯用のダガーを構えながらに。
「私は、エアから、ここを頼まれたの。だから――」
土塊は、マルクスの接近を一時阻むため、だけのものではなかった。
それだけであれば、使う植物は選ばないといけないが、植物召喚でも可能ではある。
それでもなお、土塊を使ったのは――、
「《植物召喚》そして《過剰成長》」
溜めが、必要だったから。
「――《気絶花》ッ!」
大きな花が一輪、戦場に咲く。
人の丈ほどあるその花は、その先端についた蕾が開くのが今か今かと待ちわびるようにして。
そんな花に、ルカは目を強くつむり。そして、耳を塞ぐ。加えて、魔法で自身を保護。
それは、できるだけ相手は傷つけたくはない。けれども、なんとか止めたいと。そう願ったルカが編み出した、植物魔法。
系譜としては焔花や音花というような、ルカが最初の頃に練習していた魔法の発展系。
ただ、彼女の性格上。破裂花や爆弾花といった攻撃性の高い魔法はあまり適正が高くなく。
そんな中で彼女が編み出したのは――、
花が、開花するのと、同時。
「なっ、ぐっ――」
「ぴゃあっ!」
マルクスとテトラから、悲鳴が漏れ出て、顔が歪む。
だが、それらが誰かの耳に入ることはないし、誰かの目に入ることもない。
なにせ、あたり一体は耳を劈く爆音と、目も開けられない閃光によって支配されているから。
ルカが生み出した、魔法。それは、焔花の光と、音花の音。限りなく強めただけの、植物。
だが、人体の許容を超えるほどに強められたそれらは、至近の人間に対して気絶を与える、非殺傷の制圧魔法となる。
無論、限りなく強める、という性格上溜めが必要になるし。加えて、距離の二乗に比例して効果が減衰していくので、至近距離で発動する必要がある、と。まあ、なかなかこれが使いにくい魔法ではあるのだが。
しかしルカの想いの乗った、たしかな魔法である。
「ぐっ……」
強烈な刺激にテトラが気絶するその前で。更に近くで受けたはずのマルクスは、まだその意識を保っている。
正直、ここまで耐えられると恐怖すら覚える。
だが、さすがのマルクスとはいえ、意識を保つので精一杯。視覚と聴覚を奪われてしまっている現状、まともな行動はできない。
「これで、止まって! 《網蔓》!」
網蔓で簀巻き状にして、より確実にマルクスを捕まえる。
「……やるじゃないか、ルカ」
目を瞑ったままで、マルクスがそうつぶやく。
まだ、感覚が十二分には戻っていないのだろうが。行動ができなくなった、ということは悟ったらしい。
「えっと、その。マルクスさんも、テトラさんも。痛かったりしたら、ごめんなさい」
「そんなことを気にするんじゃない。最初に言っただろう。これは、互いの主張のぶつかり合いだと」
で、あるならば。これはただ、ルカの主張が押し通り、マルクスたちの主張が退けられた、という結果に過ぎない。
「敗者の心配をしている暇があるのなら、他のやつの主張とぶつかってこい」
「……うん、わかった。マルクスさんも、テトラさんも。ありがとう!」
ルカはそう言うと、ふたりに背を向け、走り出す。
残されたマルクスは、小さく息をつく。
「さっきまで戦ってた敵に感謝を伝えていくやつがあるか」
「ふふふ、ルカちゃんってそういう子ですから」




