#157 託された少女の奮闘
「はあっ、はあっ。……速いっ!」
対峙しているマルクスの矢継ぎ早な攻撃に、ルカは防戦を強いられていた。
ルカの身体能力自体が決して高いとは言えない一方で、しかし、それでも魔力で基礎的な運動能力を底上げしている状態である。
それなのに、圧倒的に速度が足りていない。
「ふむ、大言を吐いていた割には、こんなものか」
「――っ、まだまだ!」
植物召喚を駆使しつつ、なんとかマルクスに接近しようとしてみるものの。しかし、彼のほうが俊敏さに長けている上にヤワな植物では直剣で容易く断ち切られてしまう。
盾蔓のように複数纏め上げている状態であれば受け止めきれる一方で、彼の動きを封じようと、盾蔓を網蔓へと編み込みを緩めると、その瞬間に突破されてしまう。
それに加えて、
「ルカちゃん、ごめんねっ!」
矢が一本、ルカの近くを飛び抜けていく。テトラが放ったものだ。
速度も狙いも十分、というわけではない。だが、これについては存在しているということがなによりも厄介である。
たしかに威力としてはさしたるものではあるだろう。狙いについても十分なものとは言えない。そもそもテトラは衛生兵であり、戦いは専門ではないから仕方のない話だ。
だが、それでも当たれば痛手となる。致命傷にはならずとも、致命傷に近づく大きな要因となりかねない。
一瞬の隙すら赦さない、というような勢いで攻め立ててきているマルクスが目の前にいるからだ。
こうなってくると、本来ならば気にするまでもないはずのテトラの矢が重大すぎる意味を持ち始める。
彼女の存在を、思考の端から追いやることができない。テトラが今どこにいるのか、なにをしようとしているのか。そういったことを、頭の中に入れておかないといけなくなる。
ただでさえマルクスが強いのに、思考と集中の分散を要求されるのは、非常に辛い。
「でも、負けるわけにはいかないの」
エアハルトから、託されたから。
ううん。それだけじゃない。
私だって。こんな不毛な戦いは、望んでいない。
かつてのルカがエアハルトに魅せられたように。
人間であった頃のルカが、魔法使いのエアハルトの手をとったように。
エアハルトやルカが、ミシェルやルーナ。アルフレッドやクレア。そして、アレキサンダーといった人たちと仲良くできたように。
……かつて対峙したはずの魔法使いのグウェルとでさえ、協力できたように。
人間と、魔法使いは。手を取り合えるはずなんだ。
そもそも魔法は、人と魔法使いとを隔絶するようなものじゃない。
もっと素敵で、綺麗で。暖かく、優しいものなんだ。
「《植物召――」
ヒュンッ、という風切り音。
ルカの目の前を、矢が通り抜けていく。
直撃はしなかった。が、その瞬間の意識は持っていかれる。
詠唱が途切れる。いや、それだけではない。
攻撃するために、動いていた。だが、その攻撃が破棄された。
だから、今のルカの状態は――、
「悪いな、ルカ」
直剣を振りかざしたマルクスが間近にいながら。ルカは魔法を準備できていない状態。
マズい、ということを理解するのに時間は必要なかった。
怖さから、ぎゅっと目をつむりかける。
……心の中のどこかに、エアハルトに助けを求めている自分がいた。
彼は、ルカがピンチになったとき。たしかに、いつも助けてくれていた。
でも、今は頼れない。頼るわけには行かないし。
エアハルトはエアハルトで、彼自身のことに手一杯である。
そもそも、戦場に立つと言う判断はルカが自ら行い。そして、こちらはルカが任されたのだ。
ならば、自身の行動に対して責任を持つべきだろう。
どうすればいい。
いや、違う。
今、なにが出来なくて。そして、なにが出来る。
植物魔法は無理だ。使い慣れていることもあってか、発動自体はなんとか間に合わせることはできるかもしれないけれど、十分な威力を保証できない。
他属性の魔法については、そもそも発動すら間に合うかが怪しい。
回避も、ダメだろう。現在、不安定な体勢になってしまっている。
ここから回避をするとなると、初撃だけなら回避ができるかもしれないが、かなり強引な避け方をすることになる。
そんな甘えた回避を赦してくれるような相手じゃない。必ず、そんな隙は狩られてしまう。
ルカに、できること。
即座に発動できて、かつ、どうにかマルクスの意表を点けるもの。
そんなものが、なにか――、
「――《植物召喚》ッ!」
ルカは、大慌てで植物召喚を発動する。
先程、発動を破棄しただけはあって、魔力の準備はできていた。ただ、半端に形をなしかけていた魔力をそのままもう一度流用しただけあって、魔法はやや不完全な状態で形を成す。
当然、これではマルクスに対する十分な対処とはなり得ない。
実際、召喚された植物を、マルクスは一瞬のうちに切り捨てていた。
だが、ほんの少しの時間は稼げる。
結局、回避するには不十分な時間。
だが、そんな少しの時間が。欲しかった。
ルカは、カバンから一本の筒を取り出す。
見た目だけでは、特段これといった特徴もない、ただの筒である。
だが、ルカはこれまで。幾度となくこの筒に助けられてきた。
魔力消費は大きく、使用後に反動を受けてしまいはするものの。
しかし、詠唱や命令式を必要としないどころか、魔力を練り上げる必要性すらない。
使いたい向きに向けて、ただ、要求されるままに魔力を流してやればいい。
そうすれば、すぐにでも――、
「爆裂筒ッ!」
筒の先端から、勢いよく衝撃波は噴出する。
マルクスは、ルカに対する攻撃のチャンスだと理解して接近していた。
そう、間近に、いた。
そんな至近距離であれば、いくら彼であろうとも避けられず。
即座に発動するために、込められた魔力が少なかったとしても、十二分な威力を叩き出せる。
不安定な体勢だったルカは、爆裂筒の勢いで尻もちをつく。が、その一方で、モロに衝撃波を食らったマルクスは、弾かれるように吹っ飛ばされる。
爆裂筒に無理矢理に抜き取られた魔力の都合、少しばかり頭がふらふらとするが。しかし、頑張って立ち上がる。
少し離れたところでは、心配した様子でテトラがマルクスに駆け寄っていた。
やや強引気味に魔力を用意して植物召喚を発動。
「っ、《捕縛蔦》!」
魔力不足を痛感しながらも、なんとか捕縛蔦を出す。
勢いよく伸びていく蔦は、そのままのマルクスとテトラの腕と身体。を縛る。
これなら――、
「って、ひゃあっ!」
グイッ、と。
意識を持ち直したマルクスによって、捕縛蔦ごと引っ張られ、ルカの体勢が思わず崩れる。
連続しての魔法の行使からの爆裂筒の使用、さらに捕縛蔦での拘束と、あまりにも魔力を使いすぎていて、気付かないうちに身体強化が切れていた。
なんとか体勢を取り直しながらに身体強化をかけ直すと、なんとか、引き合いができる程度にはなる。
「ぐっ……止められては、いるけど」
「これでは、互いに膠着状態だな」
ルカとマルクス。お互いが、お互いに引き合い以上の手立てがない状態。
幸い、テトラも一緒に縛れたので、近距離からの援護はない。
ちなみに現在のテトラはというと、マルクスと同じ蔦につながっている都合、彼の無理矢理の動きに巻き込まれて不格好に倒れて涙を流している。
マルクスを止められている、といえば聞こえはいいが。しかし、ルカが止めなければならないのは、彼ひとりではない。
エアハルトからは、そっちを任せる、と。
彼が、魔法使いを相手するから。人間の相手は任せた、と。
他の精霊たちも動いてくれてはいるけれど。
たとえ、代理とはいえ。精霊女王の権能を任されたのだ。精霊たちを。そして、人間と、魔法使いを、守るために。
だからこそ、ここでとどまるわけには、いかない。




