#156 楽しむ者
「いい弟子を持ったものだね、エアハルト」
「弟子、というのかどうか、微妙な立場だがな」
ローレンからの言葉に、エアハルトがそう返す。
たしかに魔法を手取り足取り教えたという意味合いでは、弟子になるのかもしれないが。しかし、いちおうの立場上では、ルカのほうが立場が上だったりする。
なにせ、拾ったのはルカであり、拾われたのはエアハルトである。
だからこそ、エアハルトの勝手な思想に、恩人であるルカを巻き込みたくはない、とは考えていたのだが。
「あのマルクスってやつ、かなり強いだろう? なんなら、魔法使いが一番苦手とするタイプだ」
「……ヤツ自身、魔法使いを専門に追いかけてきた警備隊の人間だしな」
「それも、よりによってエアハルトを追い続けていたってわけか。なるほど、そりゃああんな力も必要になるわけだ」
どういう感情なのか。共感か、あるいは同情か。
絶妙な表情を浮かべながらに、ローレンはそう言う。
……まあ、それでもなお攻撃の手を止めてこないのだから、ローレンらしいところではある。
「でも、そんな存在を新米だろうに任せるだんて。よっぽど弟子として信頼してるんだね」
「まあな。ルカは戦闘においては魔法使いとしてはまだまだだが、守る、禦ぐ、という側面では一人前以上だろう」
「弟子を褒めてやるのは結構だが。そんな妹弟子ばっかり褒めてると、姉弟子が拗ねるぞ?」
「……なんだ、気づいていたのか」
ルカから見て姉弟子、と呼べる存在はただのひとりしかいない。まあ、ルカ本人はそんな人がいることなど全く知りもしないだろうが。
「まあ、気づいてるのはたぶん僕だけだけどね。仮に気づかれてたなら、既に追い出されているだろうし」
「それは、そうだろうな。……いや、それならなんでお前は気づいたのに告発をしてないんだ」
「だって、メルラは君と深い関わりがあるんだろう! なら、メルラが近くにいるほうが、君と戦える可能性が高い!」
やはり、ローレンである。少しばかり、安心した。
ローレンからの攻撃をいなしつつ、後方にも意識をやる。
ルカや精霊たちが人間側の戦線を押し下げてくれている。魔法使い側の戦線はエアハルトが維持している。
互いの戦線が、かなり離れた。……これで、少しばかり、やりやすくなった。
本当に、感謝しなくてはならない。
当のルカはマルクスと対峙している様子が伺える。なぜか、隣にテトラもいるが。
とはいえ、一方的に、というわけでもない様子だった。
これならば、任せておいていいだろう。
ならば、エアハルトは。
自身が、成すべきことを。
「さて、ローレン。そんなにやり合いたいのなら、ここで十二分に相手をしてやろうじゃないか」
「いいね。その言葉を、どれほど待っていたか」
「お前と正面からやり合うのは、いつぶりだろうな」
突っかかってくるローレンをいなしたりすることは間々あったが、ローレン側も全力、そしてエアハルトもまた全力で、というのは、随分と昔になる。
あれから、ローレンも実力を積み上げてきたはずである。特に、エアハルトに負けてからというもの、それが一等増したとも聞く。
だからこそ、彼はエアハルトとのタイマン勝負に対して、執念ともとれそうなほどのこだわりを持っているのだけれども。
眼前のローレンが全力を出してこようとしているのがわかる。
大気中からのマナをかき集めて、限界付近まで魔力を開放する準備を整えている。
以前。昔に対面したときのローレンの全力とは、比にならないだけの実力が伴っている、と考えていいだろう。
当時ですら、強かったというのに。そこから何倍にも強くなっている。
だが――、
「準備はいいかい、エアハルト」
「ああ、いつでもかかってこい」
負けてやる道理もなければ、負けるわけにもいかない。
今回も、以前と同じく。ローレンを倒す。ただ、それだけだ。
「《炎弾》!」
「《水遮壁》」
魔法が正面からぶつかり、そして、互いに打ち消し合う。
火属性の魔法としては基礎的な炎弾ではあるが、全力のローレンが扱うともなれば、その威力は段違いに跳ね上がっている。
もちろん、それもローレンの実力の厄介さではあるものの。しかし、彼の実力の本質は、もっと別なところにある。
「やっぱり、この程度なら防いでくるよね。なら《炎弾》、《雷撃》。そして、《地衝》!」
「相変わらずの多芸さだなっ!」
炎弾の後ろから雷撃が飛び越してくるように飛んできて。地面からは衝撃波とともに岩石が突き上げてくる。
ローレンの実力の真価。それは、彼の使う魔法の多種多様さにある。
もちろん、得意不得意こそあれど、大抵の魔法使いは複数属性の魔法を扱える。だが、やはり得意不得意がある以上、その練度は大きく差が出る。
だが、ローレンは。ほとんどの魔法に対して高練度の質を叩き出してくる。
だからこそ、威力と発動速度についても非常に早い上に、同時に複数種の魔法を威力を落とさずに展開することができる。
ひとつひとつの魔法であれば。たとえば、先程行っていたように、炎弾だけであれば水遮壁のように属性の相性で対処することで容易に受け流すことができるものを、複数が同時に襲いかかってくる都合、そういうわけにもいかない。
水遮壁では電撃を止められないし、地衝も軽減こそすれど、全ては防げない。
それでいて障壁でいなせるほどの甘えた火力をしていない。
「《防護壁》」
「まあ、そうするよね。でも、そのためには――」
当然、エアハルトもわかっている。防護壁は障壁と比べて発動前、発動後に時間を要する。
都合、守ることはできるが、その間にローレンに接近されることになってしまう。
とはいえ、防護壁を展開している都合。通常、接近したところでそれほどの驚異ではない。
防護壁を維持している限りは、どれだけ接近したところで、基本的には攻撃が通らないからだ。
だが、
「《魔装:実直な直剣》!」
ローレンが展開した魔装具に、エアハルトは防護壁を即座に解除して回避する。
しかし、完全に解けきる前の防護壁の残滓が、いとも容易く断ち切られていた。
「本当に、ふざけた性能をしているな。その遺物魔法は」
「ふふ、エアハルトに言われたくないな。それに、君だって使えるだろう? 遺物魔法は」
ローレンの持つ遺物魔法、その魔装具、実直な直剣は、所有者の真っ直ぐな想いに呼応してその切れ味を増させるという変わった特性を持つ直剣だった。
そして、このローレンという男の持つ真っ直ぐな想い。強い相手と戦いたい。戦闘を楽しみたい。という。ある種子供の願いにも近いような、そんな真っ直ぐすぎる上に、武器という特性が噛み合った都合、この実直な直剣はその切れ味を異常なまでに引き上げている。
それこそ、ほとんどの攻撃を防ぎ切ることができるはずの防護壁ですら、まるでパンやケーキを切るかのように。
「ほら、エアハルトも遺物魔法を使いなよ」
「……いや、俺はいい」
エアハルトの持つ遺物魔法、血吸之黒槍と血吸之黒剣はあまりにも重たすぎる魔力消費を吸血という武器特性によって相殺するという魔装具だった。
それゆえに、人に対しては使えない。……いや、使えなくはないが、使う場合、手加減ができなくなる。
「俺の目的を忘れたか。お前も、殺すわけにはいかないんだよ」
「まあ、そうだろうと思ったけどね。……ただ、だからといってこちらからの手加減はないと思ってね!」
まあ、それはそうだろう。エアハルトの事情など、ローレンの知ったことではない。
ローレンが突っ込んでくる。彼の間合いに入るわけにはいかないので、距離を取りながら、魔法を組み上げる。
だが、当然ローレンだって魔法は使える。
つまり、近接が実質的に封印されているエアハルトだけが、単純に不利に追い込まれることになる。
「さあ、エアハルト。まだまだ戦闘を楽しもう!」
どんなものでさえ楽しんでいる者ほど、強く、脅威なものも、ないだろう。




