#153 戦争を忌むものたちの抵抗
戦争は、依然として進行している。
だからこそ、作戦会議に取れた時間はほんのわずか。
「……任せたぞ」
「うん!」
だけれども、エアハルトが託し、ルカが託されるには、十分すぎる時間。
ゼーレを手近に引き返させ、僅かでいいからと時間を稼いでもらう。
そしてエアハルトは。
障壁を解除する。
「……へえ」
「ほう」
その行動に。ローレンとマルクスが驚いたような様相を見せる。
その障壁は、エアハルトが魔法使いと人間とを衝突させないために、と張っていたものである。
それを解除するとは、すなわち――、
「君の望まない戦いが起こることになる、けど。いいのかな?」
「それはいらない心配だ、ローレン。俺は、うちのお姫様を信じてるのでな」
ルカが、やれると言った。それならば、それを信じよう。
幸いにも、精霊という一個軍隊の乱入により、障壁を解除したとて即座に魔法使いと人間とがぶつからない。
エアハルトも、障壁の分の魔力を必要としなくなったために、先程よりかは自由に動くことができる。
今より、少し前。
ルカからなにをすべきか、と。ルカに尋ねられた。
エアハルトは、ルカに向かって「人間と魔法使いの戦争を、どちらの軍にも被害を出させずに終わらせることだ」と伝えた。
自分で言ってながらに、どんな夢物語かと思う。
だが、そんな話ですら、ルカはバカにすることなく真面目に取り合い。
そして、彼女は言った。「ひとつ、切り札があるのと。だから、エアハルトはそれに賭けた。
ルカが連れてきてくれた精霊たちですら、かなりの大きな存在であったというのに。それを差し置いて、彼女は切り札と言った。
その言葉を、信じてみたくなった。
いつか、ミルラに言われた。この戦争をエアハルトの望む形で終結させる為には、鍵となる存在が足りない、と。
もしかすると、それがルカの言う切り札なのかもしれない、と。そう思ったから。
いや、違う。
それもあるかもしれないが。もっと、大前提。
彼女の雰囲気に、エアハルトは信じたくなったのだ。信じさせられたのだ。
「大丈夫、やれるはず。やれるはず」
エアハルトとゼーレに守られるようにして、ルカが準備をする。
懐から、大事に包まれた種を取り出す。僅かに魔力の気配がするその種。乾いてはいるものの、まだその種が死んでいないことはわかる。
この種は、ここに来る直前。ルーナから託されたものだ。
ルカは種を両手で包むと、魔力を流し込む。
「……《急速成長》」
ルカが植物魔法を発動する。
やり方など、わからない。命令式だって、わからない。だってこんな魔法、初めて使う。そもそも存在するのかもわからない。
でも、誰だって初めてはそうなのだ。だから、やれるはず。
それに、エアハルトは言った。誰よりも、ルカが信頼しているエアハルトが言っていた。
魔法は、イメージの世界だ、と。
だから、想像できるものならば、形作り、叶えることができる。
魔法とは、そんな素晴らしいものなのだ、と。ルカは、信じる。
決して、戦争などという。そんなものに使うべき力なのではない、と。
手の中で、種が芽を吹く。根を伸ばす。
土を、水を。そして、魔力を寄越せと要求してくる。
ルカは種を丁寧に土に埋めてやる。水魔法であたりの土壌を少し湿らせてやって、そして急速成長で魔力を与えてやる。
「……ぐっ」
身体から、魔力が抜けていくのが感ぜられる。
尋常じゃない勢いで、種が魔力を奪っていく。
それほどに、この種は魔力を欲していた。
「ここで、途切れさせるわけには、行かない。……ごめんねみんな、また、ちょっと借りるね」
魔力連鎖を介して、精霊たちから魔力を借りる。
とはいえ、彼ら彼女らも現在進行形で戦っているさなか。無闇に魔力を貰うわけにはいかない。
想像以上に魔力を吸い取っていく種。だが、その成果も確かにそこに存在している。
小さな芽は地面から突き出ると、だんだんと大きく成長していき。いつしか、小さな木となっていた。
けれど、まだまだこれでは足りない。もっと、もっと大きくしなければならない。
でも、そのためには魔力が足りない。精霊たちに、無理をさせるわけにも、いかないし。
ルカが自身の魔力をなんとか捻りだそうと頑張る。精霊たちも、可能な限りで協力をする。
木は、たしかに大きく成長した。大樹、と呼べるくらいには大きくなった。
だが、まだそれだけである。現状では、戦場にポツリと木が生えただけ。
それだけでは、どうにもならない。もっと、もっと大きく。
もっとたくさんの、魔力を――、
「《魔力連鎖》」
そんな、声が聞こえた。ルカの耳に、はっきりと届いた。
それと、ほぼ同時。膨大な魔力がルカの中に流れ込んでくる。
ルカは、この魔力を知っている。温かで、そして、優しい魔力。
なにせ、この魔力は――ルカが初めて感じた、魔力。
ルカが魔法使いとなるために、経路を通じて感じた、エアハルトの魔力。
魔力連鎖の使用条件は、互いの関係性が十分に深いこと。
エアハルトとルカならば、使用できる。
「足りないんだろ、使え」
「……うん!」
エアハルトから分け与えてもらった魔力を全力で木に注ぎ込む。自身の魔力器官が暴走しかかっているのを感じながらも、無理矢理に抑え込む。
……たぶん、今はアドレナリンが出ているから動けているけど、全部が終わったら体中が痛くて動けなくなる気がする。
でも、それでいい。なにもしなくて後悔するより、何百倍もいい。
「《過剰成長:戦争を忌むものたちの抵抗》!」
それは、戦場に顕現した。
あまりにも大きく、そして、神々しく聳え立つ。
巨大な、大樹。
「ねえ、ルーナさん。さっきルカちゃんとなんの話をしてたの?」
「なんの話って、頑張れって話さァね」
「いや、絶対それだけなわけないでしょう?」
おそらくはそちらで戦争が起こっているであろう方角を見つめながらに、ふたりはそんなことを話す。
「……まあ、強いて言うなら。ちょっとした、昔話さァね。どこぞの宮廷抱えの薬師が、バカをした話」
言われずとも、それが誰の話なのかはすぐにわかった。
「彼女はね。魔力を含んだ植物を研究していたのさ。含まれた魔力が人体に影響を与えることがわかっていたから」
作ろうとしたのは、向精神薬。落ち込んでしまい、他の薬ではどうにもできないような症状に対して、植物の持つ魔力で対抗しよう、という。
それこそ、考えようによっては魔法使いと大差がない、そんな薬だった。
「けれど、効果は劇的。国も、その薬を黙認しようとした。……でもね、そうはならなかった」
どこの世界にも、バカはいる。
そうして向精神薬は、使い方を間違えれば、ただの快楽薬と成り下がる。
――そう、現在の魔薬である。
「使い方を間違えれば、どんな薬でも毒になるし、毒でも薬になることもある。そんなことは我々にとっては常識だが、世間にとってはそうじゃない。薬は薬、毒は毒。そう思っているのが大多数」
そして、それが魔力を含む薬ともなれば、処遇は考えるべくもない、
「……じゃあ、ルーナさんが追放されたのは」
「どこぞの宮廷抱えの薬師の話、と言っただろう? 全く」
そうは言いつつも、ルーナからはいつもほどの調子の良さは見られない。
「でもね。当たり前だけど、彼女だって人を不幸にしたかったわけじゃないんだよ」
当たり前だ。彼女が作ったのは、向精神薬。それを快楽薬として使ったのは、バカな連中である。
「彼女はね。ただ、助けたかった、だけなんだよ」
けれど、できなかった。かつてのルーナは、助けようとして生み出したその力で、多くの人を不幸に陥れてしまった。
「……でも、もし、そんなクズでも。やっぱり、なにもしないってのは、嫌だったみたいでね。結局のところ、ルカに託しちまっているあたり、他人任せにしっぱなしなんだが」
「あら、それを言うと私だって。やれたことというとルカちゃんのそばにいて、最後送り出してあげただけ」
あとは、この家を守りながら、ルカの代わりにみんなの帰りを待っている、というだけ。
切り札を持たせたルーナよりも、よっぽどなにもできていない。
「でも、これが私なりの戦争への抵抗だと、思ってるわよ。だって、私は、ルカちゃんに託したんだから」
「……ああ、そうさね。私たちは、託した。だから、その抵抗が成されると信じて、待つしかないだろうね」
クケケッ、と。少しばかり、ルーナが笑った。
「さあ、人間ども、魔法使いども」
それは、私たち戦争を忌む、戦う力もなにもない、ただの一般人からの。
精一杯で、全力で。
そして。
「私からの、最大限の抵抗さァね」
さあ、さっさと戦うことなんて忘れて、みんな仲良く、幸せな夢を見るがいい。




