#151 決壊
「……ぐっ」
ローレンからの攻撃を、防護壁で凌ぐ。が、さすがの実力ということもあり、その一撃は中々に重たい。
その少しの隙をついて、マルクスが鋭い一撃を差し込んでくる。
もちろん回避はするものの、こちらからの反撃もままならない状態である。
「ひとりずつ、ならなんとかなるものを」
別にこのふたりは連携をしているわけではない。と、いうか。それぞれが敵陣営の人間である。
だが、ふたりともが優先撃破対象をエアハルトとしていて、たまたま行動が噛み合っている、というだけである。
そのくせ、時折まるで昔からの付き合いであるかのようなコンビネーションを見せてくるから、一切油断がならない。
(……分断用の障壁の方も、そろそろ限界が近いな)
障壁を展開してからどれほど経ったか。それについては、このふたりとの戦闘に集中している都合でよくわかりはしないが。しかし、既に障壁の耐久値限界が見え始めている。
元より、障壁は緊急用で展開する一時凌ぎの防御魔法であり、ちゃんとした防御魔法である防護壁や特定属性に特化した水遮壁などに比べれば、その耐久力は貧弱である。
だが、展開しなければならない規模の都合。速度の観点から防護壁では足りず、魔法使いの攻撃を全般的に受け止めないといけない都合、特定の属性に特化した水遮壁などでは打ち破られる。
もちろん、仕込みはしている。エアハルトひとりの魔力では足りないと判断したから、事前に戦地になりそうな場所を選定しておいて、そこの大地からの魔力を利活用できるように、魔力脈を特定しておいたり。
実際、ただの障壁ではありえない規模であるのに、未だに分断壁として機能してくれているのは、強引な魔力の供給があってのものだ。
無理やりに、保たせている、とも言える。もちろん、すべてを魔力脈からの供給で維持できるわけもないので、エアハルト自身もかなりの魔力を突っ込んでいる。
「ねえ、エアハルト。あの壁がそんなに大事なのかい?」
無論、そのことに気づかないローレンではない。
魔力が障壁に持っていかれている状態――つまり、魔力の使用に若干の制限がかかっている状態のエアハルトを見て、少しだけ不満そうに言う。……要は、全力のエアハルトと戦いたい、という話なのだが。
「ああ、大事だ。……俺の目的は、人間と魔法使いの溝を埋めることだ」
だからこそ、直接に両軍をぶつけるわけにはいかない。
「そうか。でも、さすがにこれに関しては、手伝おうものなら僕の魔力が一瞬で枯渇しかねないからね」
そう言いながら、ローレンはエアハルトに襲いかかるために接近してきた魔法使いを弾き飛ばす。
別に味方をしているわけではない。戦いに変な水を差されるのが嫌なだけである。
とはいえ、ローレンがこうして実質的に両軍の一部手勢を無力化してくれているのは、ありがたいことではあった。成り行き上のことではあるが。
(……まあ、そのせいで俺がローレンと、それからマルクスにかかりきりになってしまっているが)
はたして、どちらのほうがマシだったのか、というのはなかなか難しい話である。
「でも、そろそろ限界なんじゃないかい?」
「さあな」
無理やりに気を吐いてみせるが、正直なところ図星である。
元より長時間の維持を想定していない障壁を魔力を注ぎ込むことで強引に維持しているものの、敵の数と攻撃の量が多すぎる都合、修復の速度より破壊の速度のほうが上回っている。
ジリジリと削られているという事実は、障壁が一部綻び、ブレている箇所があるというのがなによりの証左である。特に、魔法使い側は魔法を使えるという都合で、かなり限界に近い。
「元々は障壁を何度も貼り直して、少しずつ中に入れて、各個撃破、という想定だったのだろう?」
「それをわかっているのなら、貼り直す時間をくれてもいいんだが」
「ははっ、さすがにそんな時間はあげられないなあ。僕としては、この障壁がなくなったほうが、エアハルトの全力と戦えるし」
障壁に注ぎ込んでいる魔力も、全部自身との戦いに向けてほしい。本当に、相変わらずな思考をしている。
もちろん、邪魔をしてくる手勢もその分増えるが。しかし、大多数は勝手に人間と魔法使いで戦っていてくれる。その間に、自分はエアハルトと存分に戦える、という想定なのだろう。
「それに、僕がその猶予をあげたとしても。そっちの彼がくれないだろうしね!」
エアハルトとローレンの間に割って入ってくる剣。
そのまま身体を後方にそらしながら、横薙ぎを躱す。
「私も、戦争に思うことがあるのは同じだが。いちおうは命令を下された立場でもあるし。それに、命令は命令として、自身の思う正義を、譲るわけにはいかないのでな」
大罪人である、エアハルトを捕まえる、という。
ローレンはローレンでなかなかな性格をしているが、マルクスもマルクスで相当である。
さすがにローレンほど、命令を無視して敵味方問わず邪魔する人間をぶっ飛ばしたり、というほどではなくて。いちおうは、戦争には参加しているという体裁は保っているらしいが。
しかし、このような場において、直近の命令であるはずの戦争よりも、個人的な仕事に近しいエアハルトの捕縛を優先している。
……まあ、なんだかんだでローレンも、エアハルトに対して長く追いかけてきているのだから、ある種の執着であるとか因縁がある、というのは間違いないのだが。
(本当にまずい、障壁が、決壊しかねない)
強引に魔力を突っ込んでみるが、穴の間桶のように、次々に漏れ出ているのがわかる。
それでいながら、ローレンもマルクスも放置ができない。
だが、やめるわけにも行かなくて――、
パリンッ、と。そんな、音がした。
同時。障壁によって減衰していた音が、声が、一気に漏れ出てくる。
「しまった、障壁が割れ――」
「割れちゃったものは仕方ないね! さあ、本気でやろうエアハルト!」
再度展開にかかろうとするも、当然ローレンがそれを許すわけもなく。目の前に立ちはだかる。
幸い、まだ人間側の障壁は割れていない。だが、現在人間側が既に攻撃を加えているところに、更に魔法使いが人間側に攻め込むために、攻撃を加え始める。長くは、保たない。
どうにか、打開の手を考えなければ――、
「《魔力連鎖》ッ!」
空から、そんな声が聞こえてきた。
突然のことに。思わず、多くの人間が空を見上げる。
空からは、大量のなにかが急降下、接近してきているのがわかる。
どちらの加勢か、と。人間側か、あるいは、魔法使い側か。それによって、対応が大きく変わるから。
だがしかし、そう時間も経たないうちに、エアハルトは理解する。
この戦場には、派閥がもうひとつある。
人間たちと、魔法使いたちと。
そして、エアハルトとゼーレの、中立。
そう。エアハルトたち、中立の派閥。
「おお。これは壮観だ。こんな大量の精霊たちなんて見たことがない」
空を見上げたローレンがそんなことをつぶやく。
「……あれが精霊なのか。いや、だがしかし」
ゼーレしか精霊を知らないマルクスは、ローレンの言葉にそんな反応と、そして、疑問を示す。
「中心にいるのは――」
「ああ、なんでいやがる。……いや、なんで来た」
マルクスの疑問に答えるようにして、エアハルトはそう言う。
精霊たちの一団のその中央。引き連れているようにも、そして、守られているようにも見える位置にいた彼女は。
「ええっと、とりあえず。戦争を止めなきゃだから。ええっと、ええっと!」
わちゃわちゃと状況を確認しながら。しかし、魔力を確実に練り上げていく。
その魔力の量は、エアハルトから見ても膨大である。彼女個人で扱えるとは思えないほどに。
「――《植物召喚:盾蔓》ッ!」
重力に引き寄せられ、地面に着地するとほぼ同時。
巻き上がった砂煙の中からそんな叫び声が聞こえた。
魔法使いたちも、突然のことに一瞬怯む。が、なんてこともなく、再度進もうとした、その瞬間に。
先程まで障壁が展開されていた場所に、青々とした蔓が、壁のように再度展開される。
「……なんで来た、ルカ」
「えへへ、来ちゃった」
少しバツが悪そうにしながらも。しかし、舞い降りてきた彼女――ルカは小さく笑って、そう答えた。




