#150 因縁同士
即応してきた人間たちには、大きく分けて二種類いる。
距離が近かったために、なんとか間に合った人物たちと。
距離が遠かったにも関わらず、反応速度と移動速度で無理矢理に障壁形成前に身体をねじ込ませてきた人物たち。
前者でも、その実力は十分といっていいくらいなのだが、後者についてはバケモノと称して差し支えない。
もちろん、そんなのがゴロゴロといてもらっては困るのだが。
「……お前らが対応してきたか」
「エアハルトのやりそうなこと、だからな。なんとなく」
「僕としてはエアハルトと戦えることが最優先だからね!」
予測、対策、直感。そういったものを駆使しながらに、ここまで距離があったにも関わらず、無理矢理に参上した人物。
マルクスと、ローレン。
間違いなく、強者である彼らに。少し気が引き締まる。
「ちなみに、いちおう聞いておくが。戦争をやめる、という選択肢はないんだな?」
この場にいる人物は、少なくとも、理性的な話が通じる。
だからこそ、一応の提案はしておく。……まあ、無駄だろうが。
「まあ、思うところが無いわけではないが。私たちの権限でどうにかなる範疇を越えてしまったからね」
「その点については、僕たちの方もおんなじ。だからまあ、せめて、手の届く範囲だけでも、という気持ちでここにいる」
「……そうか」
それぞれ、己の信念と正義で、ここにいると。そう、宣言をする。
「まあ、僕の方はエアハルトと戦えるってのも理由だけどね!」
「お前はそうだろうなあ! ローレン!」
会話のさなかでも戦いたくてウズウズとした様子を隠せていなかったローレンが、ついに動き出す。
さあ、気を張れ。全員ではないものの、わざわざ強者を一部こうして隔離したのだ。
その理由は、各個撃破のため。障壁が継続できている間になんとかしなければ、そもそもの作戦が破綻する。
火蓋は落ちてしまった。開戦を告げる弾丸は、発射された。
ここから先のミスは、死に直結する。
『でも。約束してね。ここが。この、家が。私たちの。エアと、私の。帰ってくる場所だから』
ふと、ルカとの約束が思い起こされる。
……約束、しちまったからな。
少なくとも、努力はしなければいけないだろう。
「俺だって、あの場所が心地いいんだ」
小さく、つぶやいた。
「はははっ! 楽しいなあ、エアハルト!」
「こっちはちっとも楽しくねえよ!」
矢継ぎ早に魔法を繰り出してくるローレン。
速度もそうだが、その威力も十分。さらには、属性も多彩に振りながら魔法を繰り出してきており、一種類での対応を許さない。
魔法使い協会の幹部、トップクラスの実力というのはさすがの折り紙付きである。
「――ッ」
「ふむ、さすがに躱されるか」
不意をつくようにして俺の視界ギリギリに剣を差し込んでくるのはマルクス。
身体能力は人間のそれのはずなのだが、実直に鍛えてきたことに加え、洞察力とそれに伴う予測によって、彼は魔法使いの身体強化のそれに、完全とはいえないもののついてこようとしている。本当に恐ろしい限りである。
マルクスとローレンがそれぞれ両軍の上澄みである、というのは大前提ではあるが。しかし、こうしてふたりから攻め立てられている現状、どうしても防戦気味になってしまう。
とはいえ、なにもしないわけにはいかない。特に障壁は張れてはいるものの、これが破られるのも時間の問題。それまでに、可能な限り戦闘不能を増やさなければならない。
ふたりからの攻撃を躱しつつ、接近した別の人物を気絶させたり、エアハルトのことに気づいて攻撃を仕掛けてきた相手を返り討ちにしたり。
なんとか、数は減らせてきている。……が、やはり、
(マルクスとローレンが、厄介すぎるな)
こちらから付け入る隙を全くと言っていいほどに見せてくれない。
「ほら、逃げながら他のやつらの相手をするんじゃなくてさ! 僕と戦おうよ! エアハルト!」
「お前のその戦闘狂はどうにかならんのか!? 俺の目的がわかってないわけではないだろう!」
相変わらずの発言をしているローレンに、思わずエアハルトがそう叫ぶ。
すると、その瞬間に。意外なことに、ローレンは「たしかにそれもそうだね」と足を止める。
……まあ、たしかに。ローレンは話が通じる人物である。異常な程度の戦闘狂であるが。
「なるほどなるほど、うん。やっぱりメルラは君の味方なんだね。理解したよ」
「なんの話だ」
ローレンとの会話中も、マルクスからの攻撃の手は止まない。……まあ、陣営が別なのだから、悠長に会話しているのを待つ道理もないのだけれども。
「いやはや、いちおうは僕の仕事はうちのお姫様の護衛なんだよ」
ローレンがお姫様と呼ぶ人物は、ひとりしかいない。
魔法使い連合にとっての、ある意味での切り札であり。そして、エアハルトの弟子のメルラだ。
メルラ自身も幹部であり、下手な魔法使いよりもよっぽど戦える実力があるというのに、わざわざ戦力として上澄みの幹部であるローレンをひとり動員してまで護衛させているのは、メルラの持つ予知という固有魔法が理由だ。
予知に対する突破方法はありはするものの、大抵の人間にとっては現実的な手法ではない都合、戦争における戦局を、メルラの発言が握っていると言っても過言ではない。
……たしかに、そのメルラの護衛であるはずのローレンが、エアハルトが仕掛けた超巨大な障壁を察知したからといって飛び込んでくるというのは、少々理屈にそぐわない。
「僕がここにいるのはね、お姫様が、エアハルトと戦いたいのなら、急いで接近しないと間に合わない、ってそう言ったからなんだよ。あと、護衛は不要だから離れていいってね」
「……ああ、それでここにローレンがいるのか」
メルラは彼女の重要性の都合、最後列にいることだろう。
そんな彼女の護衛をしていたのにここに間に合っているのは、メルラの予知の補助もあったということだ。
「まあ、僕自身、ある程度の魔力の流れは見てたから。エアハルトがなにか仕掛けていたことは気づいていたけどね」
ただ、その上で護衛を離れる選択をとったのは、メルラの助言だ、と。
しかし、そうだとすると先程のローレンの発言と齟齬があるように聞こえる。
ローレンは、メルラがエアハルトの味方だといった。
だが、現在のエアハルトはローレンの乱入によって四苦八苦している。
これでは、発言が矛盾しているように聞こえるが――、
「確認だけど、エアハルトの今やるべきことは、この場に分断できた人員たちを戦闘不能にすることなんだよね?」
「えっ……ああ、それは、そうだが」
いったいなんの確認だ、と。少し気が緩みかけたところに、マルクスからの鋭い一撃が入り込んでくる。
なんとかそれを躱すことはできたものの、大きく回避に専念する必要性が出た都合で、周囲の確認が遅れる。
――しまった、跳ねのいた先に、魔法使いがいる。
着地と同時にもう一度回避を、と思ったが。しかし、最低限の実力が伴った人物が留められていられる狭間である。
そんな甘えた行動を許してくれるわけがない。明らかに、着地を狙った攻撃を構えている。
ならば、どう被害を抑えるか、と。エアハルトがそう思考を回そうとしたとき。
「ねえ、そこの君。僕はエアハルトの全力で戦いたいんだよ。……邪魔、しないでくれるかな?」
エアハルトの隣を、強烈な光が駆け抜けて。
そして、エアハルトの着地を狙っていた魔法使いが、吹き飛ばされる。
「なっ――」
「ええっと、そこの人間の君は。……うん、強そうだね。それでいて、エアハルトに対して真剣に戦いたいという意志が見える。君はまあ、いいかな。まともにやると手こずりそうだし」
……なるほど。メルラの意図が、少しだけわかった。
ローレンがこの狭間に乱入することで。
自身とエアハルトとの戦闘の邪魔をする存在を排除する、と。そう考えたのだ。
そしてその結論は、正しかった。
もちろん、それがメルラに仕組まれたことである、とローレンは理解していても。
「さっきも言ったけど、僕がこの場にいる最大の理由は。エアハルト、君と戦うことだからね!」
戦闘狂にとってはそんなことは関係がない。




