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#15 少女は忘れ物を思い出す

 そうして、ただ本を読み続けていた日々の中で、突然。


『来なさい』


 ルカは、母親にそう言われた。最初こそ戸惑ったものの、もとより反抗の意思などないので素直に従う。


 スタスタと黙ったままで歩いていく母親に、ルカは二、三歩遅れてついていく。早足でやっとのスピードだ。

 視界は村から、村の外れ、そして更には森に入った。


『ねえ、お母さん。ここって来ちゃいけない森じゃないの?』


 そうは尋ねてみるが、母親からの返事はない。

 来ちゃいけない村とは、その名のとおり、入ってはいけない森だ。いや、入ること自体に問題があるわけではなく、

 森の中には、魔物がいるのだ。


(……訊いちゃいけないことだったのかな)


 答えが返されなかったことをそう捉え、ルカはまたひたすらに歩いた。






 どれくらい歩いただろうか。母親は足を止めた。


「この木の下で、待ってなさい。私についてきちゃダメだからね」


「……うん、うん?」


 その母親の言い回しにルカは違和感を感じた。しかし、「わかったの!?」と怒り声で言われて、反射的に大きく返事をした。


「それじゃ、これでも読んで待ってなさい。それから、これもあげる」


 いつもの本と、それからパンを渡された。


「……え、いいの?」


 キレイに焼かれたパンを見て、ルカは不安になった。


「何? そのパンに不満でもあるの?」


「ない……けど」


 ルカが肩をすくめながらそう答える。母親は「それじゃあね」とだけ告げて、どこかへ去ってしまった。


 それが、ルカの聞いた最後の母親の声だった。






 はっ、と。ルカは目を覚ました。外はまだ暗い。

 本当なら昨晩にエアハルトが作った家へと移住するはずだったのだが、あまりにエアハルトの疲労が激しいため、翌日、ということになったのだ。


(……たしか、この後でエアと出会ったんだ)


 読書に疲れて眠りこけていると、ふと強い光に当てられた気がした。

 慌ててルカが目を覚ましてみると、どうやらそう遠くないところに光の柱が一瞬立ったようだった。

 そこ光の柱の正体が知りたくて、ルカは思わず歩き出した。


 そして、そこにいたのがエアハルトだった。


(そういえば、忘れてたけど、あの本、木の下に置きっぱなしだ)


 別段あの本に何かあったわけじゃなかった。けれど、ふと思い出してみると少し寂しくも感じた。

 曲がりなりにも、食料や衣服以外でたった一つだけなのだ。親から貰った物は。その本だけなのだ。

 まあ、今更それを考えたところで、と。


 とりあえず、もう一度寝よう。






「ここから先が《領域制圧ドミネート》の効果範囲だ」


 エアハルトが指差したのは、なんでもない茂みだった。


「ミリア、ちゃんと指輪嵌めてるか?」


「うん。大丈夫だよ」


 エアハルトの問いかけに、ミリアは指を見せつけながら答えた。

 よし、と。茂みの中に進――もうとするのを止めたのはルカだった。


「ねえ、エア。私はどうすればいいの?」


 ルカは尋ねる。

 そう。ルカは指輪を嵌めていない。


「あー、うん。えっとだな。多分だがな、要らないんだ」


「……へ?」


「まあ、不安なら手を繋ぐか? それなら迷うこともない」


「う、うん」


 ルカは少し不思議に思いながら、差し出された手を取る。「わ、私も!」とミリアは言う。しかし、お前は指輪があるから大丈夫だろう。と断られる。

 ミリアは割としょげていた。


 森の中をしばらく進むと、急に開けた場所が現れる。


「凄っ、これを一日でやったの?」


「まあな、めちゃくちゃ疲れたがな」


 そこにあったのは、小屋というよりかは小さめの一軒家。


「どうだルカ。気に入ったか?」


「……うん、うん! とってもとってもありがとう、エア!」


「喜んでくれたようで嬉しいよ」


 トテテテと家に駆け寄るルカ。


「あ、ヌラヨカチだ!」


「……え?」


 エアハルトは耳を疑った。


「エア、これヌラヨカチでしょ?」


「あ、ああ。そうだ。ヌラヨカチの木だ」


 エアハルトは戦慄した。

 なぜこの少女は、魔法使いについて正しく理解してないなど、世間一般の知識にかなり乏しいこのような少女が、

 ヌラヨカチの木を知っているのだろうか。


「へー、これがヌラヨカチの木なんだ。私初めて見たよ」


 そう。ミリアのこの反応こそが、正しい反応。

 ヌラヨカチの木は希少だ。そして植生もまばら。しかし、持つ力は人々にとって利益となる。

 そのためか、ヌラヨカチの木はその名前や性質などを「知って」いても、実物を「見た」ことがないという人がほとんどだ。

 たまたま村の近くにヌラヨカチの木が生えているという場合もあるが、よっぽどの知識がなければそれがヌラヨカチの木だと判断することは難しい。


 つまり、普通ヌラヨカチの木の姿を知ることはない。知っているのは、例えばエアハルトのように放浪をしている人間。あるいは植物を研究している者たち。

 それか、そういった物に関する資料を手に入れることができる者たち。身分の高い者たちだ。

 もちろん、一般の人間で知らない人間がいないわけではないが、どうして捨て子のようの境遇であるルカ知っているのだろうか。


「あ、そうだ」


 ルカは口を開いた。


「私とエアが出会った場所あるでしょ?」


「ああ」


「あの近くにもね、多分あったんだよ。ヌラヨカチ」


「へえ、よく知ってるな」


「うん、だってお母さんが待っていてって言った場所がヌラヨカチの木の下だったもの」


 ほ、ほう。なるほど。そういうことか。エアハルトは考えた。

 もし、ルカの母親がヌラヨカチの木の存在を知っていて、見たことがあって。ルカに伝えたのなら、たしかにルカが知っていることには筋が通る。


 ただ、


(果たして、これから捨てるという子を、知りながら安全な場所に捨てるだろうか?)


 よく思い出してみれば、不可解な点も多い。あの森には食べられる木の実も多い。その上パンも与えられている。

 いや、待てよ。と。食べられる木の実も多いが、食べられないものも多い。だが、ルカが持ってきた木の実は――食べられる。


 つまり、ヌラヨカチの木を判別する能力、食べられる木の実を見分ける能力。これら二つの能力を何らかの手段で意図的に得ていると考えるのが一番筋が通る。

 実際、ルカが母親から与えられた植物の図鑑により、それら知識を得ているように。


(これでは、まるでどうにか誰かに拾われて生き残って欲しいと言っているようだ)


 しかしそれでは、余計にわからなくなる。エアハルトが知る限り、ルカは親からかなりの虐待を受けているようだった。まともな食事も摂らせてもらえない。自由に遊ぶこともできない。挙句、その体の成長を止めてしまうほどに。


(捨てる子供であっても、死んでもらっては気分が悪いからか?)


 しかしそれにしては、あまりにも手が込みすぎてはいないだろうか。


「……、ねえ、エア!」


「お、おう。どうした?」


「どうしたはこっちのセリフだよ、ずっと呼んでるのに一人で考え事してるし」


 ぷくっと、ふくれっ面を見せるルカに、エアハルトは「すまん」と軽く謝った。


「ねえ、もう入っていいの?」


「ああ、いいぞ」


 それを聞くと、ルカは駆けた。とても嬉しそうに。

 入口前にあるちょっとした階段をトントンと調子良く登り、そしてドアノブに手をかけた。


「わ、わあ、わああああああ!」


 開かれた扉の奥に広がっていたのは、家。もちろんながら、家。

 しかし、ルカにとっては、これからお世話になる、大切な場所。


「あ、えと、えっと」


 ルカはなにかしようと、あたりを見回して、あたふたして。そして、


「た、ただいま、エア!」


「……おかえり、ルカ」


 エアハルトは、優しくそう答えた。

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