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149/174

#149 最初の一手

「それじゃあ、よろしく頼むな」


「ええ、もちろん。……それから、ありがとうね、お父さんもこっちに入れてくれて」


 ルカのことを抱っこをしたミリアが、エアハルトに対してそう伝える。

 戦争が始まる。人間たちにも、魔法使いにも。その事実が周知されてきて。

 街も依頼だのなんだのという余裕もなくなってきたこともあり、業務の混乱に乗じて、ミリアがダグラスを伴って領域支配ドミネートの範囲内に避難してきていた。


「知り合いになにかがあった、とかいう方が嫌だからな。近場なら、なおのこと」


「代わりと言ってはなんだけど、ちゃんとルカちゃんとはお話しておいてあげるから」


 やはり、エアハルトが戦争に向かうということが辛いのか、ルカにしては珍しく、最近の彼女は家の中に引っ込みがちであった。

 ……現に、こうして戦争に向かおうとするエアハルトのことを見にこない。そうしてしまうと、これが現実のことであると理解してしまう気がして怖いのだろう。


「…………」


 少し、待ってみるが。やはりルカが出てくる気配はない。ルーナが出てこないのは、まあ納得出来はするが。


「エアハルト、そろそろ」


「ああ、わかってる。ゼーレ」


 魔力の気配が、段々と大きくなってきている。

 戦地となるのは、ここからずっと先だというのに。こんな遠方からでも感じ取れるとは、いったいどれだけの手勢を集めてきたというのか。


 簡単な仕事、とはいかないだろう。

 むしろ、達成できるかすら、怪しい。命の保証すらも微妙ところだ。


「でも、帰ってくるって。約束しちまったしな」


 たとえ、形ばかりの約束であったとしても。それでも、約束は約束。

 そもそも、エアハルトはルカに拾われた立場である。


(……そう思うと、あれから、奇妙な日々だったな)


 長いような、短いような。

 楽しく、そして、穏やかな日常だった。


 そんな日々が、これからも続いてくれれば、と。


(そのために、戦争を止めなければならない)


 改めて、自分自身の決心を改める。


「いくぞ、ゼーレ」


「ええ。死ぬんじゃないわよ、エアハルト」


 ルカのためにも、絶対に。






 だだっ広い、荒野、とでも言えばいいだろうか。

 遠巻きからにらみ合うようにして、ふたつの軍勢が揃い踏みをしていた。


 片や、武装した人間たち。

 その数は圧倒的であり、兵装についても個人用の手持ちの武器から、車両に載せられた大型のものや、複数人で扱う大掛かりなものまで様々。

 魔法使い、という存在に対抗するために。様々な手を尽くしていたのであろうことが察せられる。


 もう一方は、軽装の人間たち。

 人数も多くこそあるものの、絶対数としては遠く及ばない。武器を持つものもいるが、丸腰の人間も珍しくはない。

 たが、全く恐れている気配もなく、なんならば、余裕さえ見せている。

 見た目だけで語るならば、その戦力差は歴然というところだが。しかし、その実、かなり拮抗している

 魔法使いというアドバンテージは、それほどに大きい。単純に魔法が使える以外にも、魔力を身体中に巡らせることにより、身体能力を底上げできるからだ。


 これから、この両軍がぶつかる。

 人が死ぬ。人間も、魔法使いも。その両方が死ぬだろう。

 戦争とは、そういうものである。


 だから、止めなければならない。


「……改めて、前にすると。これを相手取るのかと正気を疑うね」


 フィーリルの少女は、苦笑いをしながらにそう伝える。

 武装した大軍の人間と、それには及ばないものの、大量の魔法使い。

 その真ん中に入り込もうとしているのは、たったひとりの魔法使いと、たったひとりの精霊である。


 気でも狂ったか、と。そう言われそうではあるが。存外に、正気である。


「最初にも言ったが、これは俺個人の用事だから。ゼーレが巻き込まれたくないのなら、別に無理をしなくてもいいんだぞ」


「なにシケたことを言ってるのさ。ここまで来て、そんなことを言うわけ無いだろう」


 相変わらず、自分以外を巻き込むことにひどく固執する人間だな、と。ゼーレはそう思う。


「契約してる精霊くらい、巻き込んじまえとそう思えばいいものを」


「対等な契約だ。拒否権はある」


「なら、なおのことだ。対等なのなら、私はやはり、この場に自分の意志で立つ」


「……そうか」


 どうやら引き下がる気のないゼーレの様子に、エアハルトは小さくそう反応をする。


「それよりも、よかったの? ルカのこと」


「ああ。さすがにここには連れてこれないだろう」


 圧倒的な戦力差、殺しを厭わない戦場。

 そんな場所にあの少女を連れてくるというのは、実力的にも、精神的にも酷というものであろう。

 たとえ、それを彼女が望んでいたとしても。


「まあ、私が気にしてるのはそれだけじゃないけど」


「どういうことだ?」


「……とりあえず、あなたは絶対に死んじゃだめよってこと」


 全く、自分のこととなると変に鈍感なのだから、困ったものである。


「ひとまず、最初の一手に関しては手筈どおりに」


「その後は状況にあわせて臨機応変に、だっけ? ……全く、この戦争を止めるために随分と準備をしていたくせに、こういうところは適当なのね」


「あまりに数が多すぎて、予測とそれに対する対応がままならんからな。……アイツがいれば、話が違ったのかもしれないが」


「アイツ?」


「いや、なんでもない。……こともないな、ゼーレにも、共有しておく必要があるだろう」


 そう切り出して、エアハルトはメルラのことをゼーレに伝える。

 彼女はその目をまんまるに丸めて。


「はあ!? なにその理外の魔法!? ズルでしょ!」


「だから、メルラ……たぶん今回も寝ぼけ眼でふよふよ浮いてると思うが。そいつを見かけたら、近寄らないほうがいい」


「近寄らないほうがいいというか、近寄るべきじゃない、じゃないそんなの」


 大きくため息を付きながらに、ゼーレはそう言う。


「と、いうか。そんなのがいるのに、勝てるの?」


「……まあ、いちおうメルラに関しては敵、というわけではないからな」


「弟子、なんだっけ。……あなたに弟子がいたということもびっくりではあったんだけど」


 協力関係ではあるから、こちらの妨害はしてこない、かもしれないが。

 しかし、いちおうは立場上の都合でこちらに敵対してくる可能性はある。意図的に彼女の前にいかなければ、メルラ自身でうまく立ち回ってくれるだろうが。


「だからこそ、気をつけろよ」


「ええ、忠告ありがとう。……ほんと、あなたといいそのメルラということいい。イレギュラーが多いのかしら」


 ゼーレがため息を付きながらに、ポツリとそう言う。

 そんな彼女の口から「ルカもだけど」と、言う言葉が溢れる。


「……動き出したわね。時間みたいよ」


「ああ、それじゃあ、俺たちも行こうか」


 完全に両軍がぶつかる前に、その真ん中にいかなければならない。

 個々の戦いが始まってしまっては、エアハルトとゼーレのふたりの手数では絶対的に足りない。


 だからこそ、打つべき一手は――、






 ――戦場の、その中央に。招かれざる闖入者。

 突然の登場に、人間陣営も、魔法使い陣営も、驚く。


 だが、その一瞬が、大きく運命を変える。


「《瞬間強化律リン・フォ・ルーツァンド》」


 エアハルトが強化魔法を唱える。

 対象は、自身が現在組み上げている最中の、魔法。


 そうして練り上げに練り上げた魔力を解放しながら、エアハルトは叩きつけるように叫ぶ。


「《障壁バリア》ッ」


 エアハルトの左右に。透明の、防御用の壁が生み出される。魔法の性状としては、実に基本的な、防御魔法。


 だが、その大きさが、異常。

 ゼーレは、これがたったひとりの人間の魔力で為されたものなのかと、目を疑う。


 ふたつの軍勢を分断するために。それぞれの大群を抑え込める規模の障壁バリアが生み出されている。


 そう。エアハルトとゼーレでは、この両軍を抑える上で、圧倒的に手数が足りない。

 だからこそ、打つべき一手は、両軍の隔離。


 そもそも、面と向き合うことがなければ、戦いになることもない。


「……だが、そんな都合よく全部ってわけには行かねえよな!」


 飛来した火球を躱しながらに、エアハルトはそう叫ぶ。


 たしかに多くの人たちは突然のことに反応できず、障壁バリアの外に追いやられている。

 だが、当然ながらに全員ではない。あの一瞬で判断して、即応してきた人物たちもいる。


「しかし、思ったよりも対応してきたやつらが多いな」


「一部私がで引き受ける。だから」


「ああ、あのあたりは俺がやる」


 そして、それができるということは。各個それなりに実力がある、ということ。


 障壁バリアも耐久に上限はある。いつまでも軍勢を抑え込めるわけではない。


「その前に、あのあたりをしっかりと対処していかないとな」


 ゼーレから分担された手合へと視線をやりながらに、エアハルトはそうつぶやいた。

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