#148 形ばかりの約束
「おかえり!」
やっと帰ってきたエアハルトに。その気配を察知したルカが真っ先に迎えに行く。
そしてその身体を確かめるようにギュッと抱きつく。
「おう。ただ、いま?」
ぎゅううっ、と抱きついてくるルカに疑問符を浮かべながら、エアハルトはそう挨拶を返した。
「それくらい許してあげなさい? ルカはあなたが帰ってくるかどうかで不安だったんだから」
「……ああ、なるほど。それは、心配かけて悪かったな」
遅れてやってきたゼーレからそう説明を受けた。
絶対に離さない、という意志を見せながらに抱きついてくるルカの頭をそっと撫でてやる。
更にあとからやってきたのはルーナとミリア。ミリアは「本当に帰ってきてる」と、少し驚いた様子を見せる。
おそらくは、ルカが家の中から「エアが帰ってきた!」と、突然に飛び出したものだから、本当に帰ってきたのか半信半疑だったのだろう。ルーナとミリアは魔力による探知などはできないし。
「それで? 用事は終わったのさね?」
「……まあ、いちおうな」
アレキサンダーたちをここからかなり離れた場所まで送り届けて、そして、その帰りにエアハルト自身の用事を済ませてきて。
そして、戻ってきているはずなのだが。しかし、どうにもその反応が芳しくない。言葉を聞く限りでは、用事は達成しているはずだが。
「悪い、報せが入ったか」
「そういうことだ」
ルーナの質問に、エアハルトが肯定で返す。
その言葉に、ゼーレとミリアもある程度を察する。
ルカとアルのふたりだけは、あまりよくわからないという様子で首を傾げていた。だが、悪い報せというだけあって、いいことではないのはわかる。
(よくないこと。……最近の心当たりでいうと)
ぐるぐると、頑張って頭をまわす。
エアハルトが、ずっと気を揉んでいたことといえば、戦争のことである。
ゼーレやミリアが納得している様子を見るに、たぶん、このことが絡んでいると見ていい。
なら、その上で悪い報せというと。
「……もしかして、戦争が、もう起こる?」
「ああ。……正直、もう少し猶予があるとは思っていたんだが」
どうやら、エアハルトの想定よりも、人間と魔法使いの動きがずっと早かったようだった。
両軍ともに、十分な手勢を集めて、ぶつかる準備が整っているとのこと。
かつ、お互いに宣戦布告の準備も済ませている。
あとは、少しのきっかけで。火蓋が落ちる。
「やっぱり、お前さんは行くんだな?」
「まあな。……これ以上、人間と魔法使いの確執を作るべきじゃない」
その溝を、深めるようなことがあってはならない、と。
そう言ってみせるエアハルトの様子に。しかし、ルカは少し首を傾げる。
こう言ってはなんだが、エアハルトは戦争が起こることは知っていたわけで。かつ、思っていたよりも早くに起こった、ということはわかるが。元より想定していたことではあるはずなのに、それでここまで深刻に話すことではない気がする。
「それで。件の最後の鍵は見つかったのか?」
「……いや、わからないままだ。もう見つけていて、俺が把握していないのかもしれないし。まだ、見つけてないのかもしれない」
「鍵?」
ふたりの会話に、ルカがそんな疑問を投げかける。
鍵ならば、見つけていて把握してない、なんてことはないだろうに。
「ああ、鍵っていうのはただの比喩表現さァね」
「ひゆひょうげん」
「物の喩えってことさ。実際の鍵を探していたわけではなく、閉じたドアを開くことができるように、物事を解決できる要素を探していたってェ話さ」
曰く、未来の予知ができる魔法使いから、エアハルトの目的――戦争を防ぐ、ということを達成するためには、あとひとつ、なにかが足りていない、というように教えてもらっていたのだという。
未来予知なんて魔法があるのか! と、ルカはワクワクしながら話を聞いたが。どうやら、ルカにはおそらくできないらしい。なんせ、エアハルトですらできない、と。
ちょっとだけしょんぼりした。
「なるほど。……それで、エアはその鍵? を探してたけど、見つからなかった、と」
「まあ、誤解を恐れずに言うならそうなるな」
「ふーん。……えっ、じゃあダメじゃん!」
エアハルトが今からやろうとしているのは、戦争を止めるということ。
その予知のことを信じるならば、止めるために必要ななにかがわからない状態である、と。
「まあ。だとしても動かない理由にはならない。そもそも、さっきも言ったが、俺が把握していないだけでもう持っている可能性とあるし」
それは、そうかもしれないけれど。
「……あとはまあ、いちおうアイツの予知は突破できないわけじゃない、というものではあるし」
エアハルトが小さくそうつぶやく。
「ねえ、エア。やっぱり、行かなきゃなの?」
ルカとしては、やはり、心配が勝つ。
たしかに人間と魔法使いが争うのは良くないことだと思うし、なんとかできるのならば、そうするべきだとも思う。
けれど、ルカにとっては。……他の人からすれば、ある意味では酷い話ではあるが、それ以上に大切なのはエアハルトやミリアたちなのである。優先できるのならば、そちらを優先したい。
けれど、
「ああ。そのために、俺はここにいるから」
エアハルトは、止まるつもりがないように見える。
ならば、ならばせめて。
「私も行く!」
「はあっ!?」
「ええっ!?」
エアハルトと、そしてミリアが大きな声を出して驚く。
ゼーレとルーナについては、対照的に。まあそうだろうな、というような表情を浮かべていた。
「私だって、魔法使いだもん。なにか、なにかはできるはず」
「……気持ちはありがたいが、今までみたいな、ちょっと頑張ればなんとかなる、っていうような場所でもないんだ」
なにより、今までと一番違うのは。有事の際にエアハルトが助けに入ることができない可能性が高い。
人間と魔法使いの、その両軍の中心に入るのだ。手が空くほうがほとんどないだろうし、そんな最中でルカのことを見てやれる余裕はない。
「……だから、ルカはここで家を守っていてくれ」
「でも」
「ルカを、巻き込むわけにはいかない」
チクリ、と。ルカの心臓に少しの痛みが走る。
ルカがエアハルトの力になれない、というのは理解していた。そのままでは、足手まといでしかない、ということも。
だから、強くなろうとしたが。しかし、決意が遅かった、時間が足りなかったというのも事実。
だけれども、そんなことはそこまで大きくない。
力不足ならば、力不足と。そう言ってくれる方が、よかった。
けれど、エアハルトはそうは言わない。実際にどう思っているかは、さておいて。
……彼は、ルカたちに。巻き込むわけにはいかない、と。
あくまで、自分ひとりでこなさなければならないことだ、と。そう言い放つ。
それが、この上なく、苦しい。
――その、エアハルトの心情が、理解できるからこそ。
「それに、ここを守るのだって、立派な仕事だからな」
諭すようにして、エアハルトはそう言ってくる。
理解している。そんなことは。
だけれども。
「……わかった」
ルカは、その先を言うことができなかった。
「でも。約束してね。ここが。この、家が。私たちの。エアと、私の。帰ってくる場所だから」
「……ああ、わかってるよ」
返答に、一瞬のためらいが見えたのを。ルカは、見ないふりをした。
おそらく、エアハルトとて、理解しているのだろう。これから自身が向かう先が、いかに危険な場所であり。
その身の安全に、保証がないということを。
しょっぱい言葉を噛み潰しながらも。なんとか、エアハルトを安心させようと。ルカはできる限りの笑顔をたたえた。
……笑えてる、のかな。私。




