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#147 少女にとっての居場所

 来たばっかりだったということもあって、少々名残惜しくはあったが。とはいえ、目的を達成した上で、これ以上ユーグナシルに滞在する理由もなく。

 と、いうか。ユーグナシルに滞在し続けるということは、すなわち家にミリアとルーナの二人を置いている状況が継続してしまうということで。

 ルーナはともかく、ミリアには余計な仕事を与えてしまっているので、早々にユーグナシルから離脱をする。


 帰りについても男が見送りをしてくれるようで。正直なところ、護衛の戦力的にはゼーレだけでも足りているといえば足りているが、アルがいるということもあり、余裕があるに越したことはなかった。


「……それじゃあ、俺はこのあたりで」


 家まであともう少し、というところまでやってきて。男はそう言った。


「あら、お茶のひとつでも飲んでいけばいいのに」


「いんや、大丈夫だ。なんだかんだで俺もやることがある人間だからな」


 それならば別に見送りをしてくれなくてもよかったのに、と思いはしたルカだったが。しかし、どうやら元より外に出なければならない予定だったらしく、道すがらのついでだったらしい。


「そういうわけだから、嬢ちゃんたち、またどこかで」


 ひらひら、と。手を振りながらに男が去っていく。

 最初から最後まで、よくわからない人間だった。


「……でも、強い人、なんだよね?」


「ああ、それは間違いないだろうね」


 ルカの質問に、ゼーレが首肯で答える。

 見た目や態度で忘れがちだが、精霊王代理なんていう立場に付いている人間である。


「まあ、そうは言っても。潜在能力も含めたら、ルカモいい勝負するんじゃない? ねえ、精霊王候補になったルカちゃん?」


 わざとらしくからかい気味にゼーレがそう言ってくる。

 ルカは少々やりにくそうに苦笑いをして、私には重たすぎるよ、と。


「でも、よかったの? 話を蹴っちゃって」


 精霊王なんてもの。なりたいと言ってなれるものではない。

 もちろん行動に制限がかかる側面こそなくはないが、しかし、精霊王としての力を継承できるなどのメリットも確実にあった。


 それは十分に理解した上で。しかし、ルカはやはり、その話を蹴った。


「うん。あのときも言ったけど。やっぱり私は、ここが落ち着くよ」


 歩いていると、そのうちに家に辿り着く。

 慣れ親しんだ、エアハルトとルカの家。


 ルカにとっては、生家の次に長く暮らしている場所であり。そして、最も記憶と経験に深く刻みついている場所。

 豪勢ななにかがあるわけでもないし、ものすごい仕掛けがあったりするわけでもない。


 ルカが暮らしていて。エアハルトが暮らしていて。

 ゼーレやアルも住んでいて。最近はルーナも居候していて。たまにミリアがやってくるだけの。


 ただ、それだけの家。


 けれど、それだけの家が。この上なく大切で。


 だからこそ――、


「この幸せを、手放したくは、ない」


 ルカの中ではあやふやな記憶ではあった。


 かつて、自分が捨てられた――いや、正確には逃してもらった、というその記憶。

 パンと、それから本とを与えられて。ヌラヨカチの木の根に座らされて。また迎えに来るから、ここで待っていて、と。


 そのときに離してしまった、母親の手。

 あのあと、母親がどうなったのかは、全くわかりもしない。

 けれど、エアハルトやルーナが立てた仮説が正しいのならば、ルカは国に引き渡される予定で。そして、それから逃がすために、森の中に放置されたのだろう、と。

 なれば、ルカがいないのは間違いなく母親の責任ということになるだろう。はたして、彼女の身に、どのようなことが起こったのか。


 当然。そのときのルカはそんなことを知る由もなく。ただ、待っていてと言われたために、森の中で待っていた。

 しかしながら。当然、一日、二日と待ったところでその迎えが来ることはなくて。

 どうしようかと、ルカなりに考えを回していた、その時に。

 大きな音と、光が起こった。


 近づくか、逃げるか。そのふたつの選択肢に挟まれて。

 ルカは、近づくという選択肢をとった。


 ……今思えば、寂しかったのだろう。だからこそ、危険であったとしても、なにかが起こっている――つまりは誰かがいる方向へと向かいたかった。


 そして、そこで出会ったのがエアハルトだった。


 拙いなりに、倒れていた彼の手当をして。

 そうして、彼から現状と現実を教えてもらって。


 そして、エアハルトから差し伸べれられたその手を、ルカはとった。


 その手は、とても暖かで。心地よくて。


 ……だからこそ。


「この手は、離しちゃだめ。離されちゃ、だめ」


 キュッと手を握り込んで、ルカはそうつぶやいた。

 もちろん、ルカの側から離そうと言う気はさらさらない。だがしかし、その手は現在、振り解かれようとしている。


 戦争が、起こる……起こってしまう。そして。エアハルトは、その戦争を止めようとしている。


 ゼーレは言っていた。エアハルトは、なんでも自分でやろうとしてしまう人間だ、と。

 大抵のことは自分ひとりでやれてしまっていたがゆえに。そして、頼れる味方が、信じられる人間が少なかったがために。自分ひとりでやることが染み付いてしまっている。


 もちろん、エアハルトとて全く人間を信じていないわけではないし、信じたいとは思っている。

 だがしかしその一方で、エアハルトが安心して背中を預けられるほど、信頼を置くことができ。そして、彼と同じ歩幅で進むことができた人物がほとんどいなかったというのも事実。


 だからこそ、彼の手を握り続けるためには。


「強く、ならなきゃいけない。エアの後ろから離されないように……ううん。横に、立てるように」


 戦争が間近に迫っている。それまでに、ルカにはたしてなにができるのかわかったものではない。

 けれど、それは同時に。なにもしなくてもよいという理由にはならない。


「……全く。師匠が師匠なら、弟子も弟子で大馬鹿者だねえ」


「ふふふ、だって私、バカだもん」


「自分で言うことじゃないだろう」


 呆れと。しかし、どこか期待とが混ざった視線をルカに向けながら、ゼーレはそう言った。

 たしかに、エアハルトに並び立てるように、というのはあまりにも夢物語だ。

 精霊であるゼーレですら、圧倒的に力負けする存在である。

 魔法使いになって一年も経っていないようなぺーぺーに追いつき追い越せる存在ではない。


 けれども。


「その意気がなければ、できるものもできない、か」


 もちろん、単純な魔法使いとしての力量では、現在のルカとエアハルトの間には圧倒的な差があって。とても、追いつけるような状態ではない。


 けれど、それだけにこだわらないのなら。ルカが隣に並び立つ、というそれだけであれば。


 もしかすると、可能なのかもしれない、と。


「……まさかね」


「どうかしたの? ゼーレさん」


 そんな、バカらしい幻想が。どうにも現実に思えてしまって、仕方がない。


「いんや、なんでもないさ。そんなことよりも、ほら、早くに戻ってミリアをねぎらってやろう」


「うん、そうだね!」


 ルーナの無茶振りにアレコレ四苦八苦しているミリアの姿が想像に難くない。

 いちおうは立場上、ルーナのは居候でミリアが客人ではあるのだが。ルーナがそのあたりの気を使うわけもないし。


 とってってってっ、と。ちょっぴり小走りで森の中をかけていく。アルも頑張ってそんなルカについていっていた。

 そこまで急がなくてもいいだろうけど、と。そんなことを思いながらに。小さくため息をつきつつも、ゼーレもそれに付き合って、少しばかり歩くスピードをあげた。

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