#146 力と王位
「引き継ぎ?」
ルカが首を傾げながらにそうつぶやく。
同様に、理解できていない様子のゼーレも同じく神妙な面持ちで男の方を見つめていた。
「あー、俺から説明していいものなのか?」
「……別に構わないといえば構わないが。ただ、礼儀上、私の方から説明しようか」
少々困った様子を見せた男に代わり、ヴァンスがそう口を開いた。
「ときに、ルカ殿。たった今、人の世では戦争が起ころうとしようとしているのは知っているかな?」
「ええっと、なんとなく、は」
エアハルトやアレキサンダーが話していたので、知ってはいる。ただ、話半分に聞いていた側面がなくはないので、ちゃんと理解しているか微妙ではあるが。
そんなルカを見かねたゼーレが隣にやってきてくれる。わからないことがあれば、聞け、とのことらしい。
「人間と。……この場ではあえて魔法使いと区別して呼ぶか、魔法使いとが、戦争を引き起こそうとしている。悲しいことに、両方が両方、互いに仕掛けようとしている」
戦争を未然に防ぐには、どちらかが相手が仕掛けてこようとするその事由を取り払う必要があるが。しかし、今回は両者ともに武器をとっている。こんな状態で、相手の要求を飲むために引きさがれるほど冷静な陣営があるわけもなく。
「勃発は、避けられないことだろう」
「…………」
わかってはいた、ことだけれども。実際に言葉にされてしまうと、重々しいものを感じてしまう。
「もちろん、戦争が起こってしまえば。我々精霊や妖精にとっても少なからず被害が出る」
だからこそ、なんとかできないかと手を尽くしていたものの。やはり、どうにもならない、と。そう判断したのだとか。
「なれば、戦争の防止から自分たちの仲間を守ることを優先しよう、と。そう考えたのだが」
「ヴァンスのおっさんは、かなりの歳だ。それこそ、会談をして言葉で戦争を止められるのなら、ヴァンスのおっさんにもやりようはあっただようが」
「この身体では、満足に動けない。身内を守るどころか、自分自身を守ることができるかすら危うい」
魔力の量と質はたしかではあるものの、しかし、身体を動かすことが十分でなければ、カバーできる範囲に限界ができる。
そんな状況下では、たしかに危険ではあるだろう。たとえ、戦火の流れ弾からのみであったとしても。
「……あなたじゃだめなの? かなり強そうに見えし、なにより、精霊王代理なんて立場なわけだけど」
小さく、ゼーレがそうつぶやいた。
少なくとも、魔力の制御という観点と。そして、エアハルトの張った隠れ家突破している時点で、生半可な実力ではない。
「まあ、俺じゃあヴァンスのおっさんの力を十全に引き継げないって都合もあったからな」
「引き継ぐって、あなた、人間でしょう?」
ゼーレが首を傾げる。
精霊王という立場は、当然ながら、精霊の王と言う意味合いである。
目の前の男は魔法使いではあるものの、しかしながらに人間であり。精霊の王としては不適格であろう。
「ああ、たしかに俺は人間だし。人間は原則、精霊の力……それも精霊王のもとのなると、受け継ぐには不適格だ」
「そうよね……って、待ちなさい。原則?」
男の発言の、その、たった一言に。ゼーレは首を傾げる。
「ああ、原則だ。……つまり、例外はいる」
「まさか――」
「ああ、そのまさかだ」
ゼーレと、男。そしてヴァンスの視線が、揃ってルカへと注ぎ込まれる。
「……?」
いちおうちゃんと話は聞いていたのだけれども、しかし、どうにも話についていけていなかった様子で、ルカはコテンとその首を傾げていた。
少しだけ、ルカとふたりきりで話させてほしい、というヴァンスの申し出もあって、ゼーレと男。そしてアルが部屋の外に退室していた。
アルは最初こそルカと離れて少しばかし不機嫌そうではあったが、現在はゼーレの膝の上に乗せてもらって上機嫌な様子である。
「……どうするのかしら、ルカ」
「さあ、俺らの知ったこっちゃねえけどな」
「知ったこっちゃないって。精霊にはめちゃくちゃに関係のある話では……って、あなたは精霊ではなかったわね」
この場にいるのが圧倒的にイレギュラーなだけで、男は人間である。
それならば、たしかに関係ない、というのは間違いではないのかもしれない、が。しかし、意外なことに男は小さく首を横に振る。
「いんや、関係はあるよ」
「……えっ? まさか、本当は精霊だったとかそういう話」
「ではないな。ただ、俺は立場上、精霊たちと関わりが深いからな。そもそも、ただの人間程度が、精霊王代理なんてものになれると思うか?」
「それは、そうだけど」
たしかになにもないとは思っていなかったが。
しかし、改めて言葉に出されると、パッと見とのギャップに混乱しそうになる。
……いや、彼の実力のことを考えれば、ある意味ギャップなど、あってないようなものなのかもしれないが。
「まあ、早い話が。俺は人間でもあるが、当時に現在の精霊王代理でもあるわけで。精霊たちのこれからがどうなるのか、は、そのまま俺の処遇にも直結しかねない」
「なら、なんで気にしてないの?」
「単純な話だ。なるようにしかならないと思ってるから。……あとはまあ、どちらに転んでも、なんとかなると思ってるし、できるだろうし」
「随分な自信ね。……戦争が、始まろうってのに」
ゼーレが吐き捨てるように、そうつぶやく。
精霊たちからしてみれば迷惑なだけの話で、ある意味では外野であり、当事者という絶妙な立場である。
だがしかし、ゼーレにとってはそれだけではない。自身の契約相手であり、一種の相棒とも呼べるエアハルトが、無理をしてでも止めようとしている、まごうことなき第三陣営である。
「まあ、ゼーレの嬢ちゃんも知ってのとおり。エアハルトってのはバカだからな」
「……ええ、痛いほどに知ってる」
「あいつは、強くて、そして、弱い。……だからこそ、弱みを克服したとき。敵はまあ、いなくなるだろうな」
鍵は、そこにある、と。男はそうつぶやいた。
「ねえ、あなた。本当にエアハルトのなんなのよ?」
「さあ、なんだろうな」
「相変わらず、答える気はないのね」
諦め気味にゼーレがそうつぶやく。
そんな彼女を見た男は、しばらくは遠くを見つめながらに少し考えて。そして、
「まあ、ちょっとした昔馴染み? みたいなもんさ。あいつの小さい頃を知ってるってだけの」
「小さい頃を?」
「ああ、それこそアイツが魔法使いとして――」
男がそう口を開きかけたその瞬間、ふたりの前にあった扉が開け放たれる。
ゼーレの膝の上で満足そうにしていたはずのアルは、その瞬間に、トタトタの慌てた様子で扉に駆け寄ると、先程までの態度を一瞬で裏切ってルカの元へと駆け寄った。
「それで、どうするの? ルカ」
先程まで彼女が話していた内容については、ゼーレは詳しく伝えられていない。だが、ここまでの展開と話の流れで、大方は察している。
――精霊王の王位を引き継ぐかどうか。精霊たちのために、力を継承してくれるか。
そんな、話であろう。
「ええっと、その。……ヴァンスさんが、私の思うように、したらいいって。そう、言ってたから」
ちょっぴり、気まずそうな顔をしながらに、ルカは答えを言う。
「私には、こんなすごい席よりも。エアハルトの隣がいいかなって。……だって、私の帰るところは、エアハルトの隣で、私の隣はエアハルトの帰ってくる場所だから」
「……そう」
そんなルカの答えに、ゼーレは少し安心した様子を見せる。
「あの、ごめんなさい。おじさん。せっかく、ここまで連れてきてもらったのに」
「いんや、構わないさ。こっちの都合ばっかり押し付けるのは交渉じゃなくて強制ってやつだからな」
それに、と。男は小さく言葉を続ける、
「どうやら、俺がここに嬢ちゃんを連れてきたのは、無駄だった、というわけでもないみたいだしな」




