#144 ヌレヨカチの大樹の根本
しばらくの間もみくちゃにされていたルカだったが、適当なタイミングで男が介入。「これから精霊王のところに行かなくちゃだからな」と。
さすがにその名前を出されてしまっては周りの精霊や妖精たちも引かざるを得ないわけで。精霊だかりの真ん中から、へちょっと座り込んだルカと、彼女に守られていたアルが姿を現した。
「人気者のどうだ? 嬢ちゃん」
「……いらない。ほどほどで、いい」
「あっはっはっはっ! そりゃあ至言だな!」
疲れ切った様子で言うルカに対して男はそう答える。
「まあ、今回のこれは一発目だからってのが大きい。次からはここまで苛烈な歓迎はないだろうさ、たぶん」
「ホントに?」
「基本的にはな。だが、それがどうなるかは、これから次第ってやつだな。主には、ルカの判断によるとしか言えない」
「……?」
男の言葉にルカが首を傾げる。
「相変わらず、あなたという人は婉曲な言い方ばかりをするのね。ルカには素直に伝えたほうが伝わるわよ?」
遅れてついてきたゼーレがそう口を開く。
「まあ、いざってときに知ったほうが楽しいことも多いと思わねえか?」
「意図してやってるってのがタチ悪いわね。方向性は違うけれど、どこぞのエアハルトと似てるのがまた面倒くさい」
気づくための思考を磨くため、という目的でエアハルトは抽象的な言い方をすることがしばしばある。ゼーレなんかであればそれを比較的理解することはできるものの、ルカはまだキチンと理解するのに時間がかかることが多い。
まあ、面白半分でやっていそうな男のそれと比べるも理には適っているのだが。
ため息混じりに言うゼーレ。そんな彼女からの視線を受けて男はそっぽを向きながらに小さく口を開く。
「……変なところで似ちまってるんじゃねえよな、ほんと」
「えっ、どういうこと?」
「いんや、なんでもないさ。それよりもルカ、精霊王のところに行くって名目で立ち退いてもらったんだから、さっさと行かねえとまた集まってくるぞ?」
ゼーレからの指摘を避けつつ、話題を切り替えるために男はルカにそう声をかける。
先程まで会話から完全に除外されていたルカだったが、その言葉を受けると、さっきみたいになってしまってはたまらない、と。慌てて立ち上がった。
「その、私はどっちに行けばいいの?」
「安心しろ、俺か案内してやるから。曲がりなりにも案内人として今回来てるんだからな」
まさか入り口までもが見破られるとは思っていなかったが、場所については当然知る由もないわけで。
これでちゃんと仕事ができる、と。男は苦笑いしながらにルカやゼーレの前に立ち、先導を始めた。
「ここが精霊王のいるところだ」
案内されたのは、巨木の麓。見れば、それがヌレヨカチの大樹であることがわかる。
樹のサイズが巨大なだけあり、その根もまた大きく。その根の間に、どうやら居住のスペースが出来上がっているようだった。
「それじゃあ、おじゃましま――」
「待ちなさい、ルカ」
意気揚々と入室しようとしたルカの首根っこを、ゼーレが引き止める。
彼女はぐえっ、と。少しばかり苦しそうな声をあげると、なにごとかと後ろを振り返る。
「いちおう、体裁上は精霊王との面会なのよ。そんなフランクに行くようなものじゃないの」
「……あっ」
言われて、なるほどと合点をする。
そういえば、アレキサンダーに会うときも、拙いながらに礼節をなんとかしようとして。……結果的に、そのまま、今までどおりでいいと言われて失念していたが。普通は、ちゃんとしたやり取りをするべきなのである。
でも、そんなちゃんとなんてできるだろうか、と。ルカが不安を表情に浮かべていると。その様子を見た男が面白そうに声をあげて笑う。
「まあ、ゼーレの言うことも間違いじゃあないが。とはいえ、そんな深刻に考えるようなもんでもねえよ」
「そう、なの?」
「ああ、たしかに王ではあるが。嬢ちゃんからしてみれば、そこそこに優しいおじいさんみたいなもんだからな。変に難しく考えずに付き合っても大丈夫さ。精霊王からしてみても、年齢的に孫が遊びに来たようなもんだろうしな」
「で、でも――」
無責任な物言いをする男に、ゼーレが物申そうとするものの。男は、それを手で制す。
「安心しろ。俺が保証する」
ふざけた様子のない、真面目な様相。
その表情に、思わずゼーレは踏みとどまる。
「まあ、そういうわけだから。そう気を張らずに行くといい。もちろん、だからといってふざけていいわけじゃないから、節度は持ってほしいがな」
俺の首がかかってるもんでな、と。さっきまでの真剣さはどこへやら、にへらっと笑いながらに男がそう言った。
わかった、と。ここまでのやり取りがあったための少し戸惑いつつではあるものの、ルカはコクリと頷いて、そして、ヌレヨカチの根本へと、アルの手を引きながらに歩いていく。
その後ろを男がついていき、更にその横につくようにしてゼーレが進む。
「……あなた、本当に何者なのよ」
「へ? 俺か? 俺はただのおっさんだよ」
「そんなわけないじゃない。隠れ家を突破したのもそうだし、ユーグナシルの入り口を具象化させた。これらには生半可な魔力じゃ無理。それなのに体外に漏れている魔力の気配をほぼ感じない。ここまでの経緯を知らなければ人間と見紛うほど」
「…………」
「種族としては、人間で間違ってない、のだと思う。もう少し正確にいうならば、魔法使い。ただ、エアハルトの話を聞いている限りでは、ここの間には本来差はないはずだけどね」
妖精と精霊のようなものではある。いちおうおおまかに区分はされているものの、本質的には同一のものであり。強いていうなれば種族として有している魔力の量に差がある程度である。
「魔法使いとしても、相当に魔力の扱いが上手い。これは確実。……それでいて、精霊王からの信頼の証である紋を持ち、最悪の場合、無礼を働いた人間の身代わりになれるほどの立場を持つ」
そもそも、人間が珍しいユーグナシルに入ったというのにルカとは違い、彼の周りにはほとんど精霊たちが集まってきた。
もちろんルカには他の事情はあったにせよ、人間の存在が珍しい以上、彼の周りにも集まってくるのが本来の道理である。
だが、そうはならなかった。理由として一番妥当なのは、彼の存在が精霊たちにとって、特別なものではない、ということだった。
「あなた、いったい何者なの?」
「……それについては、そのうちわかる。精霊王の口からルカに語られる内容でわかるはずだ」
「ふうん。あくまで、言わない気なのね。ルカがここに連れて来られたその理由についてもまだ聞いてないけど」
「それも、そのうちわかる。……俺の口から言うとややこしいし、その前に確定させなければならない事柄の確認がある」
その前に、下手に伝えるわけにはいかない、と。男はそう言っていた。
「そういうわけだから、ゼーレが気になるのは理解しているが、あと少しの辛抱をしてくれ」
「……そう。それなら、あと少しだけ待ってあげる。でも、それで納得できる説明がなかったら」
「ああ、そんときゃ俺から気が済むまで説明してやるさ。めんどくせえが」
ケラケラ、と。軽く笑いながらに男はそう言い放つ。
「……まさか、めんどくさいから言いたくないとか、そういうわけじゃないわよね?」
「そんなことないない。半分くらいしか思ってない。ちゃんとした理由もちゃんとあるから」
コイツ……と。脇腹を軽く突っつきながらにゼーレは半目で睨みつける。
それでもなお平然としている男の様子に。やはり、只者ではないのだと、そう、直感で感じ取る。




