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#140 侵入者か或いは

「それじゃあ、少し出てくる」


 エアハルトたちがアレキサンダーたちについて回ることはできないが、せめて、安全な範囲にまでは送り届けよう、ということで。三人の護衛として、単騎での行動が最も安定するエアハルトが一時的に外に出ることになった。


「ついでに、少し外でやっておかないといけないことがあるから、いくらか遅くなる」


「……大丈夫、なんだよね?」


「ああ、大丈夫だ」


 戦争のことを聞いたからか、外でなにかをする、ということに対してルカがひどく心配した様子を見せる。

 そんな彼女の頭を軽く撫でてやりながら。いくらか気分も落ち着いた様子の彼女を見て、エアハルトはその背中を軽く押す。


「ほら、渡すものがあるんだろう?」


「う、うん……」


 ルカはそう言いながら、とってってってっ、と。三人に駆け寄ると、その小さな手のひらで握っていたものをアレキサンダーに差し出す。


 チリン、と。透き通った聞き心地の好い音を立てながらに、それはアレキサンダーの手の中に収まる。


「これは、鈴?」


「うん。……私も、昔にエアから渡されたことがあるの。お守りに、って。だから、私もアレクくんにって」


 銀色の鈴を興味深そうに覗き込むアレキサンダー。


「あんまり創造(メイク)は慣れてないから、下手っぴだけど。でも、よかったら」


「ああ、ありがとう。大切に持っておくよ」


「うん! ……気休めにしかならないとは思うけど、万が一のときは、鳴らしてね?」


「…………? ああ、わかったよ」


 あまり要領を得ていない様子のアレキサンダー。それを見て、説明をしてあげようかと少し悩んだが、まあ、いいかと。エアハルトは黙っておいた。


「それじゃあ、そろそろ行こうか。アレキサンダーも。それから、アルフレッドとクレアも大丈夫だな?」


「ああ、大丈夫だ」


「私たちの方も大丈夫ですよ!」


「おうよ! ここまで来たら乗りかかった船だしな!」


 口々に挨拶をしながら、エアハルトを伴い、三人が森の中へと入っていく。


 そうして、姿が消えるまで見送って。


「大丈夫、なのかな」


 最初に口を開いたのは、ミリアだった。


「さっきも言われてたけど、可能なら、結界の中にいるべきっていうような状況ではあるんでしょ?」


「それはそうさァね」


 ミリアの質問に、ルーナがそう答える。


「でも、まァ。そうさね、わかりやすく言うんなら」


 ルーナはそう切り出すと、普段の彼女ではあまり見ないような、真面目な表情を浮かべながらに。


「なにかを変えようとするのならば、危険を承知であっても動かなきゃあならねえこともあるのさァね。……なんて、逃げ続けてる人間が言っても、なァんにも説得力はないけどね」


 クケケケケケッ、と。乾いた笑いを出しながらに、ルーナはそう呟く。

 ミリアが見たその表情は、どこか、悔しそうに見えていた。






 エアハルトが三人を送り届けに外に出てから数日。


「まだ帰ってこないねぇ」


 ルカは日課の畑仕事を終わらせてから、森の方へと意識をやっていた。

 感知魔法についてはまだ修練不足ゆえにそこまでうまく察知できるわけではないが、それでもエアハルトが帰ってきたら気づけるだろう、と。

 もちろんエアハルトが気配を消しながら帰ってきていたのなら技量の差もあり気づけないだろうが、わざわざエアハルトが気配を消しながらに帰ってくるわけもないし、と。


 ルカが手すさびに魔法の練習をしながら、森の方を観察していると、その隣にゼーレがやってくる。


「ついでに用事がある、って言ってただろう? まだもう少しかかるだろうさ」


「それは、そうかもだけど……」


「……心配なのかい?」


 スッ、と。隣に座りながら、ゼーレがそう話しかけてくる。


「まあ、気持ちはわかるよ。エアハルトは、なんでも自分ひとりでやろうとするきらいがあるからね」


 器用なのか、不器用なのか。だいたいのことはできてしまうがゆえに、他の人を頼ろうという選択肢の順位が低い。


「ただ、なにも言わずにどこか行くような不義理をするような人間でもない、だろう?」


「うん。それは、そうだね」


 ゼーレの言葉に、ルカは少し頷きながら、ちょっとばかし安心をする。


「まあ、戦争があるってのを聞いたから不安ってのはあるんだろうけど。少なくとも、もう少し猶予はあるから大丈夫さ」


 いやまあ、そもそも戦争が起こること自体が大丈夫なことではないけれども、なんて。ゼーレは少しばかりおどけてみせながらにそう言った。


 うん、うん、と。話を聞きながらに頷いていると、どうやらルカの不安を感じ取ったらしく、アルが駆け寄ってきて寄り添ってくれる。


「なァに、仲良くしてるんさァね」


 クケケケケッ、と。相変わらずな笑い声を出しながらに近づいてくるルーナ。


「別に仲がいい分にはいいでしょう?」


「ふむ、それもそうさァね」


 ゆっくりと顎を撫でながらにルーナはそう答えると、なにかに気づいた様子で彼女は遠巻きを眺め始めた。


「おや、話していたら、というやつか。エアハルトのやつ帰ってきたのか」


「……えっ?」


 遠くてよく見えないのか、ジッと目を凝らしながらに観察しているとルーナ。

 しかし、そんな彼女の言葉に、ルカとゼーレは疑問を浮かべる。


 エアハルトが帰ってきた、というような気配は一切感じていない。感知魔法にも引っかかっていない。


 けれど、ならばどうしてルーナがそんなことを言うのか。


 彼女の視線の先へとルカたちも視線をやると。たしかに、遠巻きではあるが、森の中からやってくる人影が見える。


 わざわざエアハルトが気配を消しながらに帰ってきた? いや、そんな手間をする理由がそもそもないし、仮にサプライズなんかでやるにしても、それならばこうして姿を隠さずに帰ってくるのが不自然。


 しかし、たしかに人影はそこにはあって――、


「ルカ、戦闘の準備をしろ」


「ふぇ? あ、うん!」


 この家に訪れることができる人間は、ここにいるルカやルーナを除けば基本的にはふたり。

 ひとりはもちろんエアハルトであり、もうひとりは彼から案内用の指輪を貰っている、ミリア。


 エアハルトが返ってきたわけではない、とするのならば、順当に考えると人影はミリアだということにはなるが。しかし、ミリアは魔法使いではないため、それこそルカやゼーレの感知に引っかからずに入ってきていることが異常。


 ならば、今入ってきたのはエアハルトでもミリアでもない、例外的存在――、


「いちおう確認したが、領域制圧(ドミネート)隠れ家(ヒドゥンエリア)は健在なままだ。……と、なれば考えられる可能性は、ただひとつ」


 ゼーレの言った言葉に、ルカは小さく頷く。


「エアの、隠れ家(ヒドゥンエリア)を正面から突破してきた、ということ」


 つまりその時点で、ただ者ではない、ということは確定である。

 なにせ、本人がこの場にいない継続用の魔法であるため、精度は多少劣るとは言っても。

 ルカやゼーレなどよりもずっと実力のあるエアハルトが仕掛けた認識阻害魔法である。そう簡単に破れるものではない。


「……幸い、契約は無いが精霊や養成たちもこちらの味方をしてくれるだろうし」


 ゴクリ、と。ゼーレが警戒を解くことなく、臨戦態勢をとっていると。

 ついに、森の中から人影がその姿を表す。


「ん? おお、ここか」


 現れたのは、ひとりの男性。そこそこに年齢を重ねたであろうことがわかる出で立ちで。のんきに、周りを見て回りながらにそんなことを言っている。


「ああ、君たちが。……なるほど、そういうことか」


 明白に敵意を向けられているというのに、それを気にすることなく、近づいてくる男性。


「魔法使いに、フィーリルに。それから生まれたてのアルラウネ。それ以外にもたくさんいるみたいだね。……あと、そっちの彼女は、普通の人間か」


「ふぅん、よくわかるもんさァね」


「でも、随分と知識はあるように見える。うん、あの野郎もなかなかいい知り合いを持ったみたいだな。……っと、急に誰かが来たのなら警戒するのも道理だろう」


 そこまで近づいてきて、やっと男はそう言いながら、自分は無害であると、そう主張する。


 とはいえ、そう言われても現状判断できる範囲だけでは、それも少し難しいところではあるのだが。


「……そうだな、お嬢ちゃんには難しいかもだが。そっちのフィーリルなら、これでわかるだろう?」


 そう言いながら、彼はスッと腕を捲りあげる。

 男の腕には、なにやら、紋様が入っていて。


「なっ――」


 それを見た、ゼーレが絶句をする。


「と、いうわけだから。少し、話をさせてほしい」

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