#14 大罪人と少女はひどい勘違いをする
「見てのとおり、指輪だが」
静寂が訪れる。ミリアも、ルカも。何も話そうとしない。
「いや、急に固まっちまってどうしたんだ? 嵌めないのか?」
「嵌めっ……!? ていうか待って、いくらなんでも急すぎない!?」
しどろもどろしているミリアを、エアハルトは理解できない様子で見つめていた。
「いらないのか? それともデザインが気に入らないのなら作り直すが」
「いやっ、あ、別にそういうわけじゃないけどさ……っていうか、ホントに指輪なんてどうしたの?」
「森での作業のときに一緒に作ったが」
「作ったの!?」
最初こそ驚いたミリアだったが、すぐに《創造》の存在を思い出し、理解す――るわけがない。
「いやいや、そうじゃないそうじゃない。どうやって用意したのかを聞きたいわけじゃなくて、なんで指輪なんて作ったの?」
「なんでって、そりゃ」
男性が女性に指輪を贈る。その意味。つまり、
「お前もうペンダント持ってるだろ? それ以外にいい感じのアクセサリー何かないかなーって思ったときに思いついたのが指輪だったんだよ」
…………は? と。口をあんぐりと開けてミリアが固まる。次いで顔に手を当てて「もう、やだっ!」と小さく呟いた。
それを見て、戸惑うエアハルト。二人の様子を見て、珍しく状況を察することができたルカは、エアハルトに近づき、その腰に手を当てた。
「これは、エアが悪い」
「え、え?」
「ちなみに今、私もすごい残念に思ってる」
「いや、待って、ルカ、なんでルカまで? えーっと、いろいろ理解できてないんだけども説明してもらえません?」
珍しく慌てているエアハルト。ルカは訊いた。
「まず、エアハルト。男の人が女の人に指輪を贈ることの意味、わかってる?」
「普通に、贈り物なんじゃないのか?」
はあ、とルカは大きくため息をつく。
「私でも知ってるのに……」
農村などではあまりない風習だが、農村なんかでも都会嗜好が現れ始めたため、農村出身のルカでも、話だけなら聞いたことがあった。
なにせルカの村でも「いいわねえ、指輪だなんて」だの「私も貰いたかったわあ」なんていう会話が女性の間で繰り広げられることがあった。男衆はそのたびに顔を青くしたり耳を塞いだりしていたが。
「エアハルト、プロポーズって知ってる?」
「ああ。一応は」
「指輪を贈るって、プロポーズのことなんだよ」
そう、指輪は、特に都会なんかでは求婚の意を示す。
「つまり、ミリアさんはエアに求婚されたと思って、こうなってるの」
ルカに言われ、ちょっと時間をおいて。
「うお、いや、マジですまん! そうだよな、嫌いなやつに求婚されるとか嫌だもんな」
エアハルトは、きっとなんの悪気もなくそう言ったのだろう。なぜなら、「知らない」から。
そう、「知らない」から、なんの躊躇いもなく、
「……ううん、指輪、ありがとね。嬉しいよ……うん……」
とどめを刺せた。
ズーンという、負のオーラが見えそうなほどに落ち込んでいるミリアを見て、ルカは思った。
(こればっかりは、どっちもどっちかな……)
エアハルトはもちろん、態度が態度であったミリアにも、否はありそうだった。
「嵌めておけばいいの?」
「ああ、そうすれば《領域制圧》の影響を受けない」
ミリアは指輪を左手の人差し指にそっと嵌めてみる。指輪に嵌められている緑色の石が一瞬だけぼうっと光る。
サイズはぴったりだった。
「ねえ、見事なまでにぴったりなんだけど、まさか」
「ん? ああ、ちょうどでよかった。サイズわからなかったから測ろうかと思ったんだがな、なにせ急に作ることになったから」
「寝込みをこっそ――」
「昨日の買い物のとき、荷物渡したりとかしただろ? そのときのこと思い出して、これぐらいだったかなーって感じで作った」
ミリアは、自身の思っていたことを恥じて顔を真っ赤に染める。「器用かっ! バカッ!」と、頭をブンブン振っている。
いつもと様子がすっかり違うミリアにエアハルトは戸惑いっぱなしだった。
「と、とりあえず説明するけど《領域制圧》の影響を受けないから《領域制圧》による魔法の効果はお前に関与しなくなる」
筆頭は《隠れ家》だろう。この魔法はその名のとおり、隠れる場所を作るためのもので、術者以外は《隠れ家》効果内の様子は見えない。また、中に何があるかもわからないようにカモフラージュされる。
その他にも入ってきても中心部に近づく前に進路を捻じ曲げられ、《領域制圧》外に出されてしまう《迷い道》、敵意を持って侵入してきた場合に対処する迎撃魔法なんかも仕掛けられている。
「てことは、これをつけておけば、問題なくエアハルトたちの家に近づけるというわけね」
「ああ、そういうことだ。次いでに《道案内》の魔法を組み込んでるから、《導け》と念じれば光で家の方向まで案内してくれる」
ミリアが試しに《導け》と言ってみると、たしかに指輪から小さな光の玉が現れて、少しだけ動いた。
ミリアがそちらに動いてみると、光の玉はまた少し動く。
「これに従って動けばいいわけ?」
「ああ、そのとおりだ」
ところで。と、エアハルトはルカを見た。
「なあ、ルカ。見えるか?」
「見えるかって、光の玉のこと?」
エアハルトは少しだけ青い顔をした。続けて「色は何色だ?」と尋ねる。
「青、色かな? たぶん」
「青色? 私には白にしか見えないけど」
ルカの答えに、エアハルトが反応するよりも早くミリアがそう言った。
「ねえ、エアハルト。これって人によって見え方が変わったりするの? ……どうしたの? エアハルト。ねえ、ねえ!」
トントン、肩を叩かれたエアハルトは、ハッとして体をビクつかせる。
「え、ああ、すまん。どうした?」
「いや、この光の色って人によって見える色が変わるの? って聞こうと思ったんだけど。そんなことより大丈夫? 顔真っ青だよ?」
「ああ、大丈夫だ。あと、色は……まあ、人によって見え方が変わる……一応は」
何やら、中途半端な返答でエアハルトは言った。
「ねえ、エア。大丈夫?」
「ああ、少し疲れたのかもな。ちょっと奥で休ませてもらう」
ルカは、その目に映る蒼白色の光と同じようなエアハルトの顔を見て、少し不安げな様子を露わにした。
その日、ルカは夢を見た。
昔々の、まだ、もっと幼かった頃のことを。
見た目こそ今と大差はなかったが、精神的にはもっと幼かった、昔のことを。
『おかーさん、これは?』
『それでも読んでなさい。どうせあなたは外に出られないのだから、せめて知識だけでもつけてそれで役に立ちなさい』
ルカに押し付けられたのは、とても重い本だった。めちゃくちゃに硬い表紙をめくってみると、それとは対象的に薄っぺらい中の紙。
沢山の植物の、名前、特徴、イラスト。とにかく植物、植物、植物。
『うん、わかった』
ルカは本を読んだ。明くる日も、明くる日も、読み続けた。
たった一冊、母親から与えられたその本。ルカはページをめくることをやめなかった。
しばらくしてルカは一周目を終えた。新しい本が与えられるのかと思えば、母親からはもっと読みなさいと言われた。
一度読んだ内容を、再び、何度も。二周目、三周目、もう、何周したかはわからない。
母親はいつも怒っているような声だった。ときにルカにあたり、ときに来訪者に怒鳴り散らし。
焦げたパンをかじりながら、ルカは本を読んでいた。




