#137 胸糞の悪い事実
コルチの街からしばらく離れたところにある警備隊の駐屯地。
「……我々としてはありがたい限りなのだが。本当に戻ってくるとは」
「んだよ、俺が魔法使いだからって信用ならないってか?」
驚いた様子のマルクスに、不満そうな態度でグウェルはそう言う。
「いや、魔法使いというよりかは、魔薬販売に関わっていた人間だから、という方が理由だな」
「……お前はバカ正直だな」
「誠実さは美徳であろう」
「……アレキサンダーといい、お前といい、やりにくいやつが多いもんだよほんとに」
はあ、と。大きく息をつきながらにグウェルはその場に腰を下ろす。
そして、捕まえろよ、と。
「とっととエアハルトの野郎と交換しろ。じゃねえと後ろの奴らが黙ってねえぞ」
「ああ、わかっている。今テトラが呼びに行っているから、そのうちにやってくるさ」
ちょうどそんな話をしているタイミングで、宿舎の中からテトラがパタパタと駆けてきて。
そして、玄関の前でばったりとコケる。
「あててっ、あ、ルカちゃん、こんにちは!」
「こんにちは! じゃなくって、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るルカに、テトラは大丈夫大丈夫と声をかける。
パンパンと裾を払いながらに立ち上がると、そのままテトラが後ろを振り返ると、建物の中からゆっくりとエアハルトが歩いてくる。
「手伝ってくれてありがとう、グウェル」
「俺とお前でやっただけの取引だろーが。感謝なんていらねえよ」
「そうか」
ぶつくさと言うグウェルに、らしいな、と。思いながら、エアハルトは視線を彼のそのまま後ろは向ける。
そこには嬉しそうな様相で立っているアルフレッドとクレア。そして、その前に立ち、こちらを向いているアレキサンダーの姿。
「お久しぶりですね、アレキサンダー様」
「今の僕に敬称は不要だ。それも、恩人とも言えるエアハルトならば、なおのこと。……それにしても、僕のことを覚えていてくれたんだな」
「……まあ、あれからそんな時間が立っているわけでもないですし。アレキサンダーともあろう人と偶然に出会ったともなれば、流石にね」
「って、エア! アレキサンダー……様がアレクだってこと、なんで教えてくれなかったの!?」
ぐわっ、と。食らいつくように、ルカがエアハルトにそう詰め寄る。
「だが、言ったら変に緊張しただろう?」
「それは、そうかもだけど……」
エアハルトに言いくるめられ、ルカは語気を弱める。
そんな様子を見たテトラが、首をこてんと横に傾げる。
「ええっと、ルカちゃんやエアハルトさんはアレキサンダー様とお知り合いなんですか?」
「まあ、少し前にゼノンに訪れたとき、そこでちょっとな」
「ちょっととなんてものではない。偶然に魔法使いからの襲撃を受けた際に、迷子になっていた僕をルカが励ましてくれて。それから、危機に襲われたときにエアハルトが助けてくれたんだ!」
まるで自分のことのように……いや、ある意味では自分のことではあるのだけれども。アレキサンダーは誇らしげにそう語っていた。
そんな様子を見て、周囲にいた全員が、あたかも「まあ、エアハルトだしなあ」と、そう言わんばかりの表情を浮かべた。
なにせ、ここにいる人物の過半数がエアハルトに助けられた立場の人間であり。そうでないグウェルやマルクスであったとしても、エアハルトがそういうことをする性分であるということはよく知っている。
「しかし、本当にアレキサンダー様がいるだなんて」
「……テトラ、我々は何も見ていない、いいな?」
「今回のことは、僕がお願いしたことだ。だから、この場にいる誰にも責任はないよ」
いちおう、グウェルという罪人を一時的にとはいえ解放した、ということは責任を問われることかもしれないが。しかし、この場にいる全員と、それに関わりのある人物たち以外には一切知れていないことではあるし。最終的に元のとおりにグウェルが拘留されることになるので、変わりがないといえば変わりはない。
「それよりも、今回僕を助けてもらったその理由なんだが。……これに関しては、僕が軟禁されていた理由にも繋がることではあるんだが」
ぎゅっ、と。拳を握りしめながらに、アレキサンダーは言葉を紡ぐ。
そういえば、なにか言いたいことがあると言っていたな、と。そう思いながらにルカが言葉を待っていると。
「もう間もなく、人間と魔法使いによる戦争が起こる」
「……えっ、えええええっ!?」
「ああ、知ってるぞ」
「えええええっ!?」
ルカが驚く。それも、二度。
「ああ、知ってる。協力する上でエアハルトから聞かされたからな」
グウェルも知っていた。
「私やアルフも知ってるよ」
アルフレッドとクレアも知っていた。
「私も、隊長から聞かされたときはびっくりしましたけど」
「私も、グウェルと同じだな。そもそもグウェルを貸してほしいという交渉の際に私もいたわけだから」
マルクスとテトラも知っていた。
「ちなみに、私はもちろんのこと、ルーナやミリアも知ってる。まあ、詰まるところが。知らねーのはルカ、お前さんだけだったって話だ。正確には、アルもだが」
そう、ゼーレに言われて。
「なんで教えてくれなかったの!?」
「教えたら変に緊張するだろう」
「するけどっ!」
半ば逆ギレ気味に、ルカはそう言った。
たしかにルカのための配慮ではあったのだろうが。しかし、仲間はずれにされているみたいでちょっぴり嫌だった。
「……まあ、ルカ。お前さんの気持ちもわかるが、エアハルトの方の気持ちも察してやってくれ。エアハルトは、ルカのことをできれば巻き込みたくなかったんだよ」
ふんすふんすと息を巻いているルカを、ゼーレがそうなだめる。
「しかし、想定外だったな。既にそんなに知れ渡っていることだったとは。王城内でもかなり厳密に取り扱われている情報だったのだが」
「いんや、それに関してはこのエアハルトが異常なだけだよ」
「ああ。エアハルトに教えられるまで、私たちも知らなかったし。当時に、街の中で聞くこともまずなかったからな」
アレキサンダーの言葉に、呆れた様子のゼーレとマルクスがそう言った。
「では、なぜ人間側が魔法使いに攻めこもうとしているか、の。そう思い切るに至った原因までも把握しいるのだろうか?」
「いいや、それはわかってない」
「そうか。それならばよかった。このままでは、助けてもらったことに対する礼がなにもできないところだった」
身ひとつで飛び出してきている都合、情報以外にはなにも持っていないからな、と。
まあ、アレキサンダーとて、秘蔵と思っていた情報のひとつをまさか掴んでいるとは思っていなかったので、完全に想定外だったのだが。とはいえ、もうひとつはしっかりと価値を持っていてくれたらしい。
「……今、国は。いや、国の上層部は、だな。捕縛した魔法使いを利用した兵器を作ろうとしている」
「魔法使いを、利用した兵器……?」
アレキサンダーの言葉に、アルフレッドとクレアが反応する。
その一方で、少し心当たりのある数名。特に、テトラが顔をしかめる。
「ああ。魔法使いから強制的に魔力を吸い出し、利用する、というものだ」
「…………」
嫌な予想が当たっていて。テトラはギュッと拳を握りしめる。
「だが、特に人間側の上層部ともなれば、魔法に対する知識が十分じゃないだろう?」
「ああ、だから基本的には単純な魔法を打ち出すだけの兵器だ。だが、人道を捨てた兵器だということもあってか、威力は十二分だと言える」
「……あの、もしかして。魔法使いを燃料にした内燃機関なんかも、ありますか?」
「ああ、よくわかったな。仕組み上動かすことが困難なサイズになることも多いから、そうなっていることが多い。非常に、胸糞の悪い話だ」
「そう、ですか……」
テトラは、俯きながらにそう言う。事情を察したルカは、そんな彼女のもとにいき、そっと寄り添っていた。
「しかし、それだけでは魔法使いがどこにいるかなんてことはわからないだろう? 複雑なものは使えないわけだし」
「ええ。ですが、それこそ魔法使いを使えばいいだけ、という話です。嫌な話ですが」
「……ああ、なるほど」
隠密魔法の類は、魔法をもってして看破するにはある程度複雑な魔法が必要だろう。
だが、魔法使いの目で見る、というだけならば。それぞれの実力にもよるが、難易度が大きく変わる。
実力がある程度上であれば、あるいは、魔力の観測に対しての素養があれば。魔力の異常性から、そこにあるのであろう、ということは感知できる。
侵入できるかは別として。
「……たしかに、胸糞の悪い話ではあるな」
そう言いながら、エアハルトはチラリとテトラに視線をやる。
彼女は小さく俯きながらに、プルプルと震えていた。
テトラは、テトラとして。考えることがあるのだろう。以前のこともあって。
そうして、しばらく考えた彼女は。パンッと。自身の頬を手で打って。
顔を、上げた。
「――マルクス隊長」
「どうした、テトラ」
「もし、戦争が起こるとしたら。私は、人間側として戦うことになるとは思います」
厳密には衛生兵である彼女はバックアップに携わることになるのだろうが。しかし、戦う、という表現には間違いはないだろう。
「たしかに、人間側で戦います。けれど、人間としての正義として戦える自信は、ないです」
「……ああ。それについては、今の私も同意見だ」
「だから――」
――私は、私の信じる正義のもとで。戦ってもいいでしょうか。




