#135 懐かしい顔と正体
「あっ、えっと――」
突然の再会になにがなんだかわからなくなりつつも。しかし、想定外の人物の登場に、ルカは慌ててゼーレのことを見る。
もしかしたら、部屋を間違えたのではないだろうか。あるいは、別な人が入ってきているタイミングだったのではないか、と。そう思って確認をしてみるも、彼女はただ、ここで合っているし、人物にも間違いはない、と。
未だ混乱の醒めやらないルカではあったが。しかし、驚いているのはお互い様、というか。むしろ、目の前の彼のほうが余程驚いていることだろう。
なにせ、ルカたちは自分たちの意思でここに来ているのに反して、アレク――もといアレキサンダーからしてみれば、いきなりの来訪なのだから。
「え、ええっと、あの。私たちは、その、ルーナさんから頼まれて――」
ルカが自らの立場とここに来た理由についてを明かすと、アレキサンダーはホッとした様子でるかたちを部屋の中に招き入れてくれる。
外から差し込む月明かりしかない部屋の中ではあるものの、その調度品の類が豪奢であることはよくわかる。きらびやかなそれらにルカは少し気圧されて息を呑みつつも。しかし、今はそちらに意識をやる暇はない。
「えっと、その。とりあえずここから逃げるために――」
「ルカ。人が近づいてきてる。ひとまず隠れろ」
ゼーレに指摘されて、はっと。
たしかに、まだ遠くはあるものの、足音が近づいてきている。
ゼーレから認識阻害の魔法をかけてもらいつつ、その上で物陰に潜む。
どうするべきかと迷っているアレキサンダーには、誰かが入室してきたときに誤魔化してくれ、と。そう伝える。
近づいてきた足音は、そのままルカたちのいる部屋の前で止まったかと思うと。ガチャガチャと金属のぶつかる音がして。
そして、ガチャリと、部屋の扉が開かれる。
そうして入ってきたのは、なにやら堅苦しい格好をした大人の男性。
「アレキサンダー様。なにをされているのですか?」
入室するや否や、窓を開けているアレキサンダーを見つけた彼はそのままにその行動を諌める。
「えっと、その。少し暑かったので外の空気を入れようかと」
「…………ここは高層階ですし、落ちると危険ですので」
アレキサンダーの言い訳に少し悩んでから、彼は眉をひそめつつそう返す。
「現在、不明な侵入者がいる可能性がある、という報告が出ています。くれぐれもアレキサンダー様もご注意を」
「う、うん。わかった」
不明な侵入者、という発言に少しドキリとしたルカではあったが。しかし、状況からしておそらくは陽動をしてくれているグウェルのことであろう。
とはいえ、ここで見つかってしまっては計画が頓挫するだけでなく、窓を開けてルカたちを室内に入れたアレキサンダーまでもが疑われてしまうことになる。
ドキドキと早鐘を打つ心臓に静かにしろと言い聞かせながらに、早く退室してくれと願う。
長くも短くも感ぜられた時間が流れて。入ってきた大人はアレキサンダーに簡単な挨拶をしつつ、外に出ていく。
再び外からガチャガチャと金属の擦れる音がして。おそらくはしっかりと施錠がされたであろうということを音で確認してから。ルカは大きく息をつく。
疲れた様子を見せるルカにアレキサンダーが近寄ってくる。
「えっと、その。さっき先生の……ルーナ先生の名前が出てきたってことは」
「うん。アレク……アレキサンダー様? のことを助けに来たよ」
「よかった。ちゃんと、手紙は届いていたんだな。……それでいて、ちゃんと助けを送ってくれるとは、さすが先生ではある」
しかし、と。彼はそう言いながらにルカの顔を見つめる。
「その助けが、まさか君だとは思わなかったけど」
「……私も、アレクがアレキサンダー様だった、なんてことにはびっくりしたよ」
どうやら思っていた認識で間違っていなかった、ということが確認できて。ルカは未だ少し驚きつつも。しかし、それらを受け入れる。
「あー、とりあえずふたりが知り合いだったってことはわかったし、それについて思うところがあるのもわかるんだが。ひとまず、脱出するほうがいいんじゃないか?」
ルカとアレキサンダーがお互いの素性を確認しあっているところを見かねて、ゼーレがそう言う。
たしかに、話なら後からすればいいことではある。
また先程のように大人が入ってくるかもしれないし。そうでなくても現在グウェルが危険を承知で陽動してくれているのだ。
彼が早くに戻ってこれるようにするためにも、早急に脱出するほうがいいだろう。
「でも、扉からは出られないけど」
「少年。さっきそこのルカと私がどうやって入ってきたかを覚えていないのか?」
「それは、窓から――まさか、今から僕らは」
「そのとおり。まあ、生身のただの人間である少年では死にかねないだろうから、そっちは私がサポートしてやる」
そう言いながらにゼーレは自身の身体を変化させ、本来の狼の姿へと変わる。
その姿を見た彼は、大きく驚きつつも。しかし、高層階にあるはずのアレキサンダーの部屋にまでやってきたその理由を察知する。
「まさか、あなたたちは」
「……うん。私は魔法使い。そして、ゼーレさんはフィーリルっていう精霊だよ」
素性を明かすことに少し怖いところはあった。だが、こればかりは明かさなければここからの退避も不可能だし。それに、手紙の中でアレキサンダーはエアハルトに対して好意的な味方をしている、ということも聞いていた。……その理由について、今出会ってやっと理解したが。彼は、以前エアハルトに助けられている。
ならば、魔法使いというだけで忌避されることはないだろう、と。そう思いながらに明かすと。彼は怖がるではなく、ただ、納得してくれた。
それは、とても小さなことではあったものの。ルカにとっては嬉しいことではあった。
「えっと、とりあえずアレク……キサンダー様は」
「アレクでいいよ、ルカ。ここから逃げるんだから、僕の立場も王子なんてものじゃなくなるからね」
「そういうものなの? まあ、それならそうするね。……それで、アレクはゼーレさんにしがみついていてね」
アレクがゼーレの背に掴まったのを見てから、ルカは植物召喚で室内の調度品のひとつに蔦を引っ掛ける。
高そうなものに傷をつけてしまいそうでちょっと怖かったけれど、アレキサンダーが大丈夫だと言ってくれたのでそのままにしっかりと蔦を固定させる。
「それじゃ、私が先に降りながら簡単な足場を作るから」
ルカがそう言うと、どうするのかと不安に思っているアレキサンダーはともかくとして、一緒に登ってきたゼーレはコクリと頷く。
そのままルカは蔦を頼りにしながら王城の壁を降りていく。途中、壁の一部に手をついて、ゼーレたちが降りれるようにそこに枝を生やす。
フィーリルの素の身体能力の高さもあり、アレキサンダーを背負ったままであってもルカの作った足場を伝いながらにサッサッサッとルカの上をついてきてくれる。
少し時間はかかりはしたものの、そのまま地面にまで降り立つ。
手に繋いでいた蔦以外の植物召喚については意図的に魔力を注ぐ量を減らしていた都合もあり、降り立つ頃には既に上の方から枝が消え始めていた。
蔦についても、ルカが直接に腕から繋いでいたものなので、ルカの意思である程度の操作が可能。調度品に繋いでいたところを解くほどには細かい動きはできなかったものの。引っ張りながらに、調度品の足から蔦を引き抜いて証拠を隠滅する。
これで、ルカたちがやってきた、という痕跡は無くなった。強いて言うならば調度品が多少動いたくらいであろう。
そのまま、掘まで駆け抜けつつ、対岸まで飛び越える。ゼーレとは、ここで別れて彼女は陽動をしてくれているグウェルを迎えに行く。
ルカとアレキサンダーは、アルフレッドとクレアの控えてくれていた場所まで逃げ込む。
待っていてくれたふたりに抱き止められながらに、称賛の声をもらう。
「そっか。そうか。これで、任務完了……!」
エアハルトの、力無しで。
自分たちの力で。達成、したんだ。




