#133 救出への道筋
深夜。
少し眠たい眼を擦りながらも、しかし、ルカは気を張り直す。
隣にはゼーレと。そして、かつての敵だったグウェル。遠方からの支援として、アル。そして、アルフレッドとクレアが控えてくれている。
ただし、ここから先の作戦の本願については、人間であるアルフレッドとクレアのふたりは直接には関与できない。どちらかというと、作戦成功後にうまく王都から抜け出す際の協力者、という側面が大きい。
つまり、作戦の本願。王子であるアレキサンダーの誘拐、もとい救出については、基本的には魔法使いであるルカとグウェルのふたりに託されていることになる。
「準備はいいな、ガキンチョ」
「う、うん……」
グウェルにそう声をかけられて、ルカは緊張した声音で返事をする。
正直、まだ、怖い。
この作戦にエアハルトという、今までの窮地に陥ったときに助けてくれた存在がいないということ。これまでのルカが関わってきたことの中でもトップクラスに難易度が高いということ。そして、隣にいるのが、グウェルという、かつて魔法を交わして戦った相手だということ。
協力の意思を持ってここにいるのはわかっているのだけれども。それを踏まえても、やはり怖いという感情は浮かんできていた。
そんな様子であるルカを見て、グウェルは小さく息をついた。
「……その、なんだ。ルカ」
「な、なに。……ですか」
「敬語じゃなくていい。……って、そうじゃなくってな」
グウェルはやりにくそうに軽く頭を掻きながら、あー、と。少し言葉にならない声を漏らしつつ。けれど、埒が明かなくて、なんとか言葉にまとめる。
「その。以前の森人の件。悪かった。……あのときの状況として、間違っていたとは今でも思ってはいないが。それはそれとして、な」
「……うん。お互いに、あれは仕方がなかったことだと思ってるし。それに、エアに教えてもらったけど、どのみちあの森人は短命だったらしいから」
「短命?」
「うん。私の植物召喚で生み出した森人だったから」
その言葉にグウェルは目を丸くする。
実際、たしかにルカはあのとき植物召喚を使っていたし。その植物召喚で森人のような知性を持つ植物を生み出すことができる、というのは知識の上では知ってはいた。
だが、実際にそのような場面に遭う魔法使いは少ない。そもそも好んで植物召喚を使う魔法使いが少ない上に、それを極めるのは稀有。
極めたところで森人を生み出せる魔法使いかど、そうそういないからである。
「あ、でも。今から生み出せって言われても無理だからね。私も、あのときは咄嗟でやれただけだから」
「……ああ、そんな高等魔法ポンポンやられたら困る」
呆れた様子でそう答えるグウェルに、ゼーレは面白そうに笑ってみせる。
「エアハルトから聞いていた話では随分なトンガリ坊主だと思っていたが、なんだ。ちゃんと考えれるんじゃないか」
「うるせえよ」
ケラケラと笑うゼーレに、グウェルはそっぽを向く。
「と、とにかく。そろそろ、時間、だよね!」
「ああ。そこのフィーリルが昼間に偵察してきてくれているから、大まかなルートは把握できてる」
「まさか、本当に軟禁状態だとは思わなかったけど。……まあ、なんとかできる程度には状況は悪くなかったのさね」
ゼーレの偵察曰く、アレキサンダーは現在自分の部屋の中に閉じ込められている、とのこと。
そう思えば、あの手紙は本当に奇跡の一通であったのだろう。こうなってからでは、あの手紙が届くことはなかっただろうから。
本来は内鍵であるために外に出ることは容易なはずではあるが、わざわざ外から後付けの南京錠を使って施錠しているというなかなかな徹底ぶり。
だから、やるべきことは。
「ひとつは、その南京錠の鍵を探して解除する。……だが、コレには南京錠の鍵の場所を探すところから始まる、という問題点がある」
その南京錠の鍵も、当然厳重に保管されているはず。それを探して、見つからないように奪取。その上で解錠して、アレキサンダーを救出……となれば、その難易度は常軌を逸する。
エアハルトならできたのかもしれないが、少なくともルカにとってそんなことはできる気がしない。
「それに、私も見つけられなかったからね。鍵の場所は」
「……なら、別な方法でやるべきだろうな」
ゼーレのその言葉に、グウェルがそう返す。
「別な方法?」
「そうだな。たとえば、壁をぶち破って突破するとか」
「それはだめ!」
「それはだめだね」
「……わかってるよ。半分冗談だ」
即座に否定された方法に、グウェルは苦い顔をする。
ただ、半分冗談、ではある。つまり、半分は本気。
「軟禁されているのであれば、迅速に救出するほうがいい。完全な監禁状態になっちまえば、それこそ救出の難易度が跳ね上がる」
それならば、最悪の場合は強硬手段に出てでも無理やりに助けるほうがマシであろう、という。グウェルの意見。
たしかに、それ自体は道理ではあろう。
「ただ、それが起こると私たちの街からの離脱も高難易度化するってことは忘れちゃあいけないよ?」
特にゼーレに関しては、前回のルーナとの脱出の際に同様の事態になっている。あのときのようなことになれば、それこそ全力での逃走になるし、そうなればルカやグウェルが見つからないままに逃走するのは困難になる可能性がある。
そうなれば。元々、今回の作戦にエアハルトが来なかったその理由。魔法使いの仕業として王子が誘拐された、というその状況を引き起こしてしまい、本末転倒になる。
だから、あくまで最終手段。
「じゃあ、どうするんだ? 正面突破は困難、強硬手段は奥の手。難しいことを承知で鍵探しをするか?」
夜間の警備体制中であれば、ルカやグウェルの隠密魔法で侵入するだけなら出来はする。そこから、鍵を見つけられるかが問題なだけで。
「……まあ、それが順当な手段かね。あの城の中から一本の鍵を見つける、というのが至難ではあるが」
「ねえ、ゼーレさん。ひとつ聞きたいんだけど、アレキサンダーさん? の部屋ってどこにあるの?」
突然のルカのその質問に、ゼーレは首を傾げつつ。しかし、ゼーレはすぐさま大まかに指で指し示しながらあのあたりだ、と。
ゼーレが指差したのは上層の階の窓。
「……窓から入る、はだめなのかな?」
「窓から、か。アレキサンダーの脱出防止に窓にも錠がつけられていたらそれでおしまいだが」
「……あの高層階であれば、窓から出れば死を意味する。それで、かけていない可能性もあるだろう。ガキンチョのくせにいいところに目をつけたな」
ついでに、現在は夜間であり。周辺からの意識も逸れやすい。
「試してみる価値はあるだろう。問題は、どうやってあそこまで行くか、ということだが」
魔法使いは多少ならば浮遊できるものの、空高く飛ぶ、ということには得意不得意がある。
ルカはそのあたりの修練を行ったことはないし、グウェルもそちら方面にはあまり明るくない、とのこと。
ならば、飛ぶ、ではなく。別の方向からアレキサンダーの部屋に近づく必要がある。
「方法のアテはあるか?」
「……思いつくのは、ひとつだけ。でも、ちょっと時間がかかるから」
「いいや、十分だ。時間なら、俺が稼いでやる」
「……えっ?」
「強硬手段はだめ、とのことだが。要は、魔法使いが関わっているということがバレなければいいんだろう?」
にやり、と。笑いながらに、グウェルはそうつぶやく。
「そっちは任せたぞ、ガキンチョ。これが終わったらもう一度やり合ってみたいな。……今度は、殺し合いは無しで」
「……あはは」
出来ればそれは勘弁してほしいなあ、なんて。




