#132 王都にて
「おーい! ルーシャちゃん、グレイさん! こっちですよ!」
大きく手を降るアルフレッド。その隣にはクレアがいて。
呼ばれたルーシャとグレイ――もとい、ルカとグウェルはふたりのもとへと歩いていく。
まあ、そうはいっても元気そうに笑顔で近づいていくルカに対してグウェルはというと少し面倒くさそうに歩いていっているので、様相としては真逆ではあったが。
「お前らなあ。バレたらどうするとか考えないのか?」
「あはは。まあ、それはそうなんですけど。ただ――」
グウェルの言うことも真っ当ではある。なにせ、ここにいるメンバーのうち、グウェルは現在本来なら捕縛されているために指名手配一覧には載っていないものの、過去にはれっきとした罪人として手配されていた身。顔を知っている人間がいてもおかしくはない。
もちろん、認識阻害の魔法は使っているものの、それでも注視をされ、違和感を持たれるとバレてしまう可能性が高い。
ついでに、ルカについては全く別な理由で捜索願が出ているために、なんだかんだとこちらも存在がバレると厄介な身ではある。
「エアさんからは、こうしたほうがいいって言われてたので」
「……まあ、理解はできる」
アルフレッドのその言葉に、グウェルは少しやりにくそうな様子を見せる。
エアハルトからは、あくまで冒険者として王都に訪問していたアルフレッドとクレアに案内されるように、地方出身の体裁で、ルカとグウェルのふたりが王都に訪れている、という形を取るほうがいいだろう、と。
だからこその、今のやり取りではあった。
グウェルとて、それが妥当な行為だとはわかっているし。だからこそ、先程の言葉については、ただの念押し、に近いものではあった。
むしろ、行動の本懐にある感情としては。グウェル個人としては人間という存在は嫌いである、というものだろう。だからこそ、あまり慣れ合うのは好みではない。
だが、エアハルトやルカと戦い。自身の行いに対してきっちりとケジメをつけてから、警備隊に捕まって。
そして、その警備隊のメンツとの会話の中で。人間たちにも様々いる、ということを理解した。
そして。それをエアハルトやルカが主張していたのだな、ということも、当時に。
そして、その際たる例が、今目の前にいるアルフレッドとクレアであった。
もちろん、このふたりについても過去にエアハルトとルカのふたりに助けられたという経緯があるから、魔法使いに対して好意的な印象を抱いているのだけれども。
ただ、それを理解していたとしても。グウェルの経験上、このように自身を魔法使いと理解していながら、対等に話そうとしてくれる相手は過去にほとんど経験のないことではあった。
だからだろうか。今までであれば絶対に嫌だと思うような今回の作戦についても。そこまで、嫌な感じがしない。
(ったく、知らないうちに俺も絆されてんのかね)
自身の心境の変化について小さく息をつきながら。楽しそうに談笑している三人を見て。
この気の緩みようで王子の誘拐なんてできるものなのかね? と。その王子が逃げたがっているという前提を差し置いても。
「……ともかく、とりあえず行こうぜ」
「あっ、そうですね! それじゃあルーシャちゃん、グレイさん、行きましょう!」
アルフレッドとクレアの案内――というテイで、四人で王都の中を巡っていく。
今の現状のとおり、今回の作戦において、アルフレッドとクレアのふたりは、魔法使いであるルカとグウェルを王都の中に手引して、中での行動を補助する、というものだった。
ルカとグウェルには、自身の身分を保証できるものがない。……とはいっても、この国においてそのあたりがないこと自体はそこまで不自然なことではなく。特に農村出身の人間などはそういうものはない。
その代わりとして行われるのが検問での確認作業ではあるが。現在のルカとグウェルのふたりにそのあたりの確認があまり好ましいものではない。特に、王都の検問となると他の都市とは検問の精度が段違いであり、そこでふたりの存在がバレてしまえば、今回の作戦が全ておしまいである。
そこで機能するのが、アルフレッドとクレアのふたり。
ふたりは冒険者という身分がある。そんなふたりが身元引受人として協力することにより、検問での確認作業を大幅に軽減する、という裏技である。
「すごい、建物が、みんな高い」
「なーにおのぼりさんみたいな反応してるんだよ」
首が痛くなりそうなほどに上を向いたルカに、グウェルがそう反応をする。
基本的には石造りの建物なので、めちゃくちゃに高いものは少ないのだが。それでも、さすがは王都というべきか、他の都市とは比べ物にはならない発展を見せている。
ときおり時計塔などの主要なものも見えたりして。そういうものは一際背が高く、存在感を放っていた。
「おのぼりさん?」
「田舎者が都会に出てきたときにつけられる……まあ、呼ばれ方みたいなもんだよ」
そこまで言って、グウェルは間違ってねえな、と。
グウェルは今までファフマールで暮らしていたから、ここまでの発展具合ではないものの、そこそこの都会で暮らしていた。
だから、まあ王都だしこんなものか、と。そう感じていたのだが。ルカからしてみればたしかに珍しいものなのだろう。
それに、そもそも今回のグウェルとルカの役割としては地方からやってきた人間なので、ある意味えまはこの反応は妥当だと言える。
(いや、このガキンチョがそこまで考えて動いてるとは思えないな)
たぶん、本当に純粋に感心しての言葉だったのだろう。
「まあ、気になるのはわかるが。上ばっかり見てるんじゃないぞ?」
「ふぇ? ああ、うん! そう、だね!」
どうやら今回来た目的を失念していたらしいルカが、グウェルの言葉を受けて慌ててコクリと頷く。
これが今回の相方か、と。少し不安に思いはするものの。しかし、その実力自体は身に沁みて感じている。
事実、油断があったとはいえ。グウェルは過去にルカに負けているのである。
魔力の気配などを探ってみた感じ、以前よりも強くなっているのもわかる。ついでに聞いた話では、アルラウネとの契約も持っているとのこと。
ルカ自身の実力は、どちらかというと魔力量というよりかは魔力の扱いの方なので、現在の彼女が直接にアルラウネを呼び出すと自身の行動分が残らなくなるため、少し離れた位置から、エアハルトと契約を結んでいるフィーリルと一緒に待機してくれているらしい。
(契約、といえば)
かつて、グウェルがルカと対峙したとき。彼女が召喚して、そして、グウェルが焼切ってしまった森人。
もちろん、あのときのことはグウェルとて、間違っているとは思わない。命を奪うことの正当性はともかくとして、敵対して、戦っている以上。そこに倫理を持ち込むのは無粋である、と。グウェルはそう考える。
だが、少なくとも今は協力関係にあるわけで。なんなら、グウェルが今まで課されてきたどの任務よりも、ある意味難易度が高いと言える。
(そういう意味では、細かな凝りは潰しておいたほうが、いいのだろうか)
……なんて。自分自身の中に生まれたそんな思考に。随分と丸くなったものだ、と。そう感じる。
「ともかく、ひとまずはいい場所を探さないといけないからな」
王都の、それも王城に侵入して。王子を誘拐する。
なんなら、一切の犯行についてバレてはいけないというオマケ付き。
下準備は、入念に行っておく必要があるだろう。
「見て、ルーシャちゃん。あそこに美味しそうなサンドイッチが売ってるよ!」
「ほんとだ!」
だからこそ。クレアやルカの、こういう様子には。本当に大丈夫なのか? という、ちょっとした不安を覚えたりする。




