#129 奇妙な差出人
「失礼するわよ」
ガチャリと、ドアが開かれて。ミリアが家の中に入ってくる。
「平日なのに来るのは珍しいな」
ギルド員としての仕事があるため、ミリアがエアハルトたちを訪ねてくるのは基本的には休日で、平日に来るのはなかなかに無いことだったりする。
それこそ、緊急の連絡があったりしたときは別であるが。だが、当のミリアがあまり急いでいる風ではないので、そういう線も薄いだろう。
「……この家は、相変わらず男女比が狂ってるわね」
「ん? ああ、たしかにそう言われて見ればそうなのかもしれないな」
ルーナがこちらに合流したことにより、ルカとルーナのふたりが女性。ゼーレやアルについても、どうやら雌雄としては雌らしいので言ってしまえば女性である。
一方で男性に該当するのがエアハルトのただひとりであり、たしかに男女比としてはかなり歪な形である。
「なんだい? ミリアはもしかして嫉妬でもしてんのかい?」
「はあ!? ゼーレさんってば、急になにを言い出すの!?」
「あははっ、いやあ。若いなあって」
「もう!」
なにやら言い合っているゼーレとミリアを横目に見ながら、室内へと意識をやると。こちらの様子を見ながらにケラケラと笑っているルーナ。そしてなにがなんだかわかっていないルカとアルが不思議そうな顔をしながら、夕飯を食べていた。
(……そういえば、メルラも全部が終わったら着いてきたい、って言ってたから。そのときはここに加わるのか)
そのときにはたぶんルーナが自宅に帰っているだろうが。ということは、結局男女比が変わらないことになるのか。
いや、それにくっついてローレンがやってくるだろうとも言っていたので。むしろ緩和されるのか?
と、そんなことをエアハルトが考えていると。ゼーレにからかわれていたミリアが少しだけ声を張り上げながらに、そもそもの今日来た本旨を話し始める。
「とりあえず、これ!」
そう言いながら、ミリアは机の上に一通の封筒を置いた。
ここに持ってきたということは、エアハルトかルカ、あるいはルーナ宛、であろうが。
「……なんでテトラ宛の手紙がこんなところに来てるんだ?」
「そんなの、私が知りたいわよ!」
エアハルトの疑問に、やや不機嫌そうな顔でミリアが答える。
「少なくともテトラ宛の手紙なのなら、改めて送り直したほうが――」
「いんや、その必要はないさァね」
そう言いながら、ルーナは手紙を手に取ると。
ビリッ、と。その封を開ける。
突然のその行為に、エアハルトとミリアのふたりが目を剥いて驚く。
「ちょっと、ルーナさん!? なんで勝手に開けてるの!?」
「さすがに他人宛の手紙を盗み見るのはよくないんじゃあないか?」
極めて常識的な指摘をされたルーナは、クケケケケッと笑いながらに、破った封筒から中身を取り出し、余った封筒の方をエアハルトたちの前に置いた。
「私だって常識はあるさね。だから、勝手に他人宛の手紙なんざ読まないさ」
「発言と動作が一致してないんだが」
「まあまあ、焦るんじゃないさね。エアハルト。よく封筒の文言を見てみな?」
ルーナからのその指摘に、エアハルトは眉をひそめながらに再び封筒を見る。
たしかに、間違いなくそこに記されている宛先はテトラ。
しかし、手紙に記されているのは宛先だけではない。
「送り主が、マルクス、だと?」
送り主に記されていたのは、テトラが所属している警備隊の隊長である、マルクスの名前。
「待て、なんでマルクスからテトラへの手紙なんかが存在してるんだ?」
「まあ、一応の可能性としてマルクスかテトラの一方が駐屯地で待機、もう一方がなんらかの理由で外出中、どうしても連絡が必要になって送った、という可能性はあるだろうけど」
「仮にどちらかが駐屯地にいるとするならば、ほぼ確実にテトラだろうな」
テトラがマルクスから離れて遠方に出る、というのはなかなかに考えにくい。そして、そうだとすると、
「駐屯地を宛先にしなければならないような手紙が、こんなところに届くわけがない」
そもそも、はっきりとミリアの住所が記されている、なんてことがあり得るわけがない。と、いうか。
「マルクスの野郎がミリアの住所を知るわけが無いのさァね」
「……それは、たしかにそうだろうな」
マルクスとミリアの接点は、ほんの一瞬、ルーナの薬局で出会った程度。
それでミリアの住所までもを彼が知っていたのならば、それこそ異常である。
「ならば、この手紙の宛先自体はフェイク。いわば、遅れない相手に無理やり手紙を送るために、偽装したってことさァね」
「……あっ」
その説明に、ミリアが心当たりを思い出す。
まさしく自分が仲介をさせられていた、ルーナからエアハルトに送るための手紙のことである。
「こんな方法を知っていて、かつ、ミリアに送ればここにいる札付きに届くということを把握している。そして、ミリアの住所を知っている人物は、私にゃ心当たりがひとりしかいないさァね」
なんせ、ルーナ自身。エアハルト宛の手紙を、彼女に変わりに出しに行かせていたから。
雑用と言われればそのとおりなのだが、それも込みで彼女は師事しに来ていたわけだし。
ぴらりとルーナが見せたのは、先程封筒の中から取り出したもの。
封筒の中から出てきたのは、封筒であった。
「どうやら、私宛の手紙みたいさね」
つまりは、おそらくはルーナ宛に送られてきた手紙だったのだが、現在ルーナの所在が不明になっているために彼女の宅に放置されていた手紙をこうしてテトラが転送してきた、ということだろう。
「しかし、よく接収されなかったな、その手紙。上の方はお前のことを躍起に探していることだろうから、そんな手掛かりになりそうなものはすっぱ抜かれると思っていたが」
「まァ、接収される前にテトラかマルクスのどっちかが見つけてくれたって可能性はあるが、配送の段階で止められたら、たしかにそこまでだったろうね」
でも、と。ルーナはニヤリと笑いながらに、手紙の封を見せる。
赤い封蝋で閉じられたその手紙は、特徴的な文様を見せている。
「どうやら、それに関しては、この封印が護ってくれたようさね」
「その封印が? しかし、魔法のようなものは感じないし」
「いんや、そういうもんじゃねえさ。これが持ってる力は、もっと別」
よく見てみな、と。
ルーナが封蝋を指差す。
「ねえ、エアハルト。この封蝋の模様って――」
「この国の紋章……に極めて似てるな。ただ、細部が微妙に違う」
ミリアの気付きに対してらエアハルトが少しだけ訂正を加える。
それこそ、封蝋がゆえに熔けて形が変わった、などでは説明がつかないくらいには違う部分がある。……が、
「当然ながら、国の紋章の封蝋はもちろん、それに近しい封蝋など、作成、所持、使用、どれをとっても大罪だ」
国の威信に関わることだから、そのあたりは厳密に規制をされている。
「まあ、仮に使ったところで、国の紋章入りの手紙が通常の手段で配送がされることはないから、偽物の封蝋だと判断されて配送されることなく、出した人間が捕縛されるが――待て。この手紙がテトラによってミリアの家にまで転送されてきたということは、一度は正規に届けられたということか!?」
「そうなるねェ」
エアハルトの言葉に、ルーナが面白がるようにして笑う。
「……ねえ、どういうこと? そりゃ、配達されなきゃテトラちゃんも転送できないのは当たり前じゃないの?」
「それはそうなんだが。しかし、ここで問題になってくるのは、この封蝋が押されているということ」
つまり、王家の紋章に近しい封蝋が押されていながらに、配送されてきた、ということ。
「……たしかに、おかしいわね。ぴったり同じでなくとも、似てる時点で使えないはずだし」
「ああ。だが、この世界には、数人だけその例外がいる」
「……えっ?」
似た封蝋が使えないのは、一般人が使えてしまうと、国の威信に関わるから。
だが、それは守るべき威信を持つ人間が在るからこそ、守らなければならない、というわけで。
「たしかに、ルーナの言うとおり。この封印には、とてつもない力が付与されてるな。……権力、という名の」
「ああ、そうさね。……ちなみに、細かな差異が施されているのは、全体か、個人か、の差さね」
もう見ることはないと思っていたが、面白いこともあるもんさァね、と。ルーナが笑っているその隣で。
「ってことは、これの差出人って――」
状況を把握したミリアが、驚愕をその表情に浮かべながら、叫ぶ。
「王族に名を連ねる人物って、こと!?」




