#128 ルカの真実
「ふむ、前から大きくは変わってないみたいさね。身長なんかは伸びてるみたいだがねェ」
ルーナは、ルカの身体を弄りながら、楽しそうにそうつぶやく。
当のルカはというと、くすぐったいのか、あはははっと笑いながらちょっぴり涙を浮かべている。
それを襲われていると認識したのか、アルはというとルーナに近づいてなにやら抗議をしている。……まあ、あながち襲われているというのも間違ってはいないのだけれども。
「というか、身長伸びてたのか。あれから少しは経ってたが」
「ああ、伸びてるさァね。お前さんたちは毎日顔を突き合わせてるからちょっとした変化に気づきにくきのかもしれないけど」
クケケケケッと、いつものように笑っているルーナの隣で、ようやく解放されたルカがくびをコテンと傾げながら、背が伸びてるの? と。
「ああ、伸びてる」
「私、大きくなれるの?」
「そこまでは保証しかねるが、ただ、以前よりも大きくなった。それだけは間違いのないことさね」
ルーナのその言葉に、ルカは嬉しそうにニッと笑う。
アルはというと、やっと解き放たれたルカを離すものかと、再びルーナに捕らわれないようにとギュッと抱きついていた。
「クヒヒッ、新入りにずいぶんと警戒されたようさね」
「アル、ええっと、その。この人は悪い人じゃないから大丈夫だよ? ……たぶん」
「そこは言い切って欲しいところだねェ」
「それはお前の普段の動向に依るところだろう」
エアハルトが呆れたようにそう言うと、ルーナは軽く笑いながらに、わかってるさァね、と。
「それで。まさか、身体の成長具合を確かめに来ただけ、なわけはないよな?」
「もちろん。本題はここからさァね。まあ、とはいっても、私は魔法のことについては専門外。一般人共よりかは余程詳しい自信はあるが、お前さんたち魔法使いからしてみれば知識が無いに等しいとは思うが」
ルーナは前置くと、スッと目を細めながらに、さっきまでとは打って変わって真面目な面持ちで言葉をつぶやく。
「ルカの魔法への適性についてを調べたいと思う」
「私の、魔法への適性?」
言われたルカは、コテンと首を傾げながらに。これに関しては、エアハルトやゼーレも同じように首を傾げる。
「ルカの魔法への適性なら、ルカが魔法使いになったとき。俺がルカの経路を通したときに調べたが」
「それはルカの魔法使いとしての適性だろう? そっちじゃないそっちじゃない」
ルーナはそう言いながら手を横に振り、そしてそのままに、言葉を続ける。
「ここでいう魔法への適性とは、魔法使いとの素質云々なんてものは全て抜きにして。人間としてのルカ自身そのものが、魔法に対してどれだけ影響を受けるか。あるいは、魔法に対してどれだけ感じ取れるか、ということさね」
「人間としてのルカが? ……あっ」
そこまで言って、エアハルトはハッと気づく。
エアハルトが以前ルーナのもとに訪れてルカについて調べてもらったこと。それは、ルカの身体がこれから成長するのかどうかということと、そして、
「ルカが、人間の頃から魔力を確認できた、ということか」
あのとき、ルカの成長について以外にも。これまでのルカの境遇についての説明、そして、ここまでの経緯についてを話していた。
だから、ルーナはルカが「エアハルトの仕掛けた隠れ家」を看破したことも、知っている。
「だが、どうしてそれをそれを今もう一度調べようと?」
「理由はいくつかある。それらが一つだけあるだけなら、別に私だってここまで調べようとは思わなかった」
けれど、と。そう言いながらルーナは渋い顔をしながらに、口をひらく。
「ルカの事実上の指名手配、戦争の気配、不自然な作戦挙動。こういったものを見ていると、どうにも、きな臭く感じてくる。マルクスのやつから聞いた話では、ルカは報奨金が掛けられるよりも前から、警備隊やその他の国の一部機関に対して捜索の指示が入っていたらしい」
「そういえばアイツ、ルカのことを見てひどく驚いた様子をしてたな。……しかし、それでよく自身の仕事をしなかったなあいつ」
「エアハルトに恩があるってこともあっただろうし、基本的にはマルクスとルカが合うタイミングは薬局の中だっただろう? あそこは、あいつに仕事をしないように約束を取り付けさせていたからねェ」
……なるほど、つまりはあそこではエアハルトやルカを捕縛しないように、と。そういう約束をしていたのか。
知らぬうちに恩を受けていたようだ、と。エアハルトはそう自覚する。無論、その理由の一端にはルーナ自身も半分犯罪者だということもあるのだろうが。
「ちなみに、テトラに関しては単純に気づいてないだけだと思うさね。あの子とはそういう約束はしてないし、おそらくは目の前にエアハルトという大罪人がいた上に、小さい女の子が魔法使いだったという驚きのほうが圧倒的に上回っていたから失念していたんだろうさね」
ルーナの説明にその場にいた全員が、大慌てしながらなにがなんだかわからなくなっているテトラを容易に想像できてしまう。
たしかに、それはそうかもしれない。
「まあ、話を戻そう。ルカの魔法適性について。つい最近、ルカの報奨金……実質的な懸賞金の上昇。それらを加味すると、いくつかの推論が浮かび上がってくる。……あんまり推測だけで話したくはないんだけども」
とはいえ、こればっかりはわからないことが多すぎて、推測以上に話すことができない。
「だからこそ、少しでも話の確証を取るために。ルカがその素質を持っていたか、ということを確かめさせてほしい。なあに、それほど大変なものでもないはずさ、たぶん」
「……ルーナの多分は信用ならないんだがな」
ルーナによる診断が終わり。彼女は、やっぱりねェ、と。納得するようにしてつぶやいた。
「元より、ほぼ確信はしていたけれどね。ルカは、魔力に対して極めて高い適性持ってるね。それこそ、魔法使いでないのに、隠密魔法を看破できるくらいに」
だからこそ、エアハルトの隠れ家も突破できたし、ゼーレの痕跡を辿ることもできた。特に、前者については魔法使いになる前から。
「おそらく、ルカの人間としての元々の素質として、どうしてだかルカのみ魔法への適性があったことが知れていたのだろう。だが、ルカが突如として失踪した」
「……!」
きょとんとしているルカの隣で、エアハルトが大きく目を見開く。
「なんだかんだで、お前さんは気に病んでいたんだろう。……だが、そういうことだ、安心しな」
ルカは、自身が捨てられたという自覚はなかった。だが、そうだろうという推測ができてしまうエアハルトは、それを大きく気にしていた。……だが、違った。
よかったな、と。そういう意図の籠もった手で、ルカの頭を撫でる。なにがなんだかわかっていないルカだったが、暖かな手に撫でられて、少しだけ顔を綻ばせる。
「ルーナから、そういう気遣いをされる日が来るとは思わなかったな」
「クケケケケッ、これでもしっかりと人の心は持ってるのさァね」
面を食らったような表情のエアハルトに、ルーナが面白がるようにしてそう言った。
「ルカは、捨てられたわけじゃない。……いや、もしかしたら他の村の衆からがどうだったかはわからないけど、少なくとも」
ルカの……いや、彼女の母からは、捨てられていない。
「母親がどうなったかなんて、私にゃわかったことじゃあないけど。ただ、少なくとも一つだけ言えるとするなら、ルカは、間違いなく、愛されていたってことさァね」
おそらく、どうやって気づいたのかは確かではないが、その素養に即座に気づいたルカの母親は、彼女をすぐさま家の中に閉じ込めた。いや、隠した。周りの目から。
ルカのことがバレれば、周囲の人物は気持ち悪がるかもしれないし。なによりも、事実としてそうなったように、国から目をつけられれば、間違いなく対魔法使いの切り札として連れて行かれる。
しかし、それでもなおバレてしまい。ルカの母親は、決死の覚悟で――、
「ルカは、捨てられたわけではなく。逃された」
エアハルトのその言葉に、肯定するようにしてルーナが頷く。
そんな存在を逃した母親は、はたしてどうなったか。それをエアハルトたちが知ることはできないし、知ったとしても、ルカに伝えるには憚られる内容であろう。
だがしかし、これで様々合点が行く。
ルカの母親は、たしかに、しっかりと彼女に生きる術を与えていた。彼女の有している大量の植物に対する知識もそうだろう。
無論、ああしてヌラヨカチの近くに置いていかれて、その後生きていけるかは賭けではあっただろうが、しかし、国に連れて行かれるよりかはマシであろうと。賭けとして、分がいいだろう、と。
そして、彼女は。――その賭けに勝った。
ルカは、エアハルトに出会った。
「見事なもんさァね。本当に」
感心するようにして、ルーナはそう言う。
「この、作ってもらった、与えられた好機を。無駄にしちゃ、いけねェよ?」
「ああ、そうだな」
彼女の決死の覚悟がなければ、人間側の侵攻がもっと早まっていただろう。
今の状況は、偶然と奇跡と。そして人々の覚悟と努力が積み重なって、出来上がったものである。なれば、
「気張りなよ、エアハルト」
「もちろん、言われなくとも」
その思いたちを、無駄にするわけにはいかない。




