#126 テトラのやりたいこと
「コルチの街で夜中に警備隊と追いかけっこすることになるのは、これで2回目だなッ!」
「ふにゃあああああっ!?」
ゼーレに担がれたテトラが泣きそうな声になりながらに叫ぶ。
そのまま精霊の身体能力のままに空高くに跳び上がったため。突然に変化した視界に、テトラがとっさにジタバタする。
「こら、テトラ。暴れるな、落とすぞ」
「落とさないでくださいいいいっ! 死んじゃう、死んじゃうからああああっ!」
「わかってる、わかってるから。だから、暴れるんじゃない」
「クケケケケッ、楽しそうさァねえ」
一方のエアハルトに担がれていたルーナはというと、そんな様子を楽しげに見つめていた。
ルーナが、警備隊から捕縛されそうになった。まさしくその場面の張本人だけれども、その本人が一番気楽そうにしている。
とりあえず手近な建物の屋根の上に登って、ひとまず周囲を確認する。
「俺たちのことを探している、が。一旦見失ったようだな」
「さすがは魔法使いと精霊の身体能力さァね」
感心した様子を見せるルーナの横では、死にそうな表情になっているテトラ。
まあ、テトラは魔法使いと行動を共にするのはルカたちのときくらいなもので。そのときは今回のような無茶苦茶な逃避行があったわけではないので、こうなるのもある意味必然ではあったが。
「とりあえず、通常の方法でのコルチからの脱出は無理そうだな」
いちおう、エアハルトは今回、できれば騒ぎを立てるつもりはなかった……というか、騒ぎを起因としてルーナの所在についてを噂されてしまうと面倒だということもあって、できるだけ事を荒立てないようにしようとは思っていた。
とはいえ、こうなってしまってはそうもいかない。普通にコルチの出口から出ようとしようものなら、ルーナが捕まってしまうのはもちろん、エアハルトがこのコルチにいるということがバレてしまっている以上、関所での検問も普段以上になっている。
いくら認識阻害の魔法をかけた状態であったとしても、そこまで注意深く確認を取られてしまっては、看破されてしまう可能性が高くなる。
「俺やゼーレ、ルーナは強引に城塞を飛び越えても、構わないといえば構わないんだが。……テトラは、どうする?」
「……へ?」
エアハルトの質問に、やや放心気味だったテトラが間の抜けた声で返事をする。
「俺とルーナは、立場上関所を通れないし、そもそもこうなってしまっては出入記録なんてものはあってないようなものだ。だから問題ないし、ルーナは元から入るときに検問を回避してる」
「私は精霊だからね。……これくらいの関所の突破ならお手の物だし。そもそも、人の道理に精霊が付き合う義務もないからね」
ゼーレの言い分は屁理屈のようにも見えるが、しかし、ある意味では正しい。そもそも、ゼーレくらいの精霊になればある程度見た目を変化させることもできるので、そもそも関所が機能しない。
「だから、俺たちは直接城塞を飛び越えて、外に出るという手段が取れる。……だが、テトラはそう簡単な話ではないだろ?」
「あっ……」
そう。テトラはここコルチの近くの警備隊の所属で。無論、中に入る際には自身の身分の照会をしながらに入っている。そして外に出る際も緊急時を除いて照会を行いながらに出ることが原則なため、このまま城塞を飛び越えるのにテトラが一緒に来てしまうと、街に入った記録があるにもかかわらず、出たという記録がない。それなのに外にいる、という状況が生まれてしまう。
「ど、どうしよう……」
「そのあたりの記録のごまかしをできるのなら、このまま一緒に飛び越えてしまうが」
「そんなこと、できなくは、ないかもですけど……」
これでもテトラは警備隊の所属である。それ故に、あとから例えば「エアハルトを見つけて、その追撃のために緊急で外に出た」とでも言えば、たしかに記録の改竄自体はできる。
が、それをできるだけの胆力があるかというと。……いっそエアハルトが直接にマルクスにテトラを送り届けつつ、状況の説明をしたほうがいいかもしれない。
「というか、それなら私がここで別れて普通に外に出ればいいのでは?」
「まあ、テトラがそれでいいのなら構わないが。……いちおう、お前もあの場において俺たちと一緒の場所にいたってことは忘れてないよな?」
テトラは、エアハルトのその言葉にピシャリと固まってしまう。
無論、一瞬の出来事。顔までをしっかりと視認されたかは、わからない。
だが、もし確認をされていた場合、テトラが関与を疑われて関所で止められてしまう可能性がある。
「なら、どうして私ごと連れ出したんですかぁ!?」
「あの場にいても関与が疑われるのが確実だからだ。なら、少しでも可能性が高い方に賭けたほうがいいだろう」
それに、こうして連れ出せたことにより、テトラ自身にも考えるための時間が生まれた。
少しの差ではあるものの、あの場で警備隊たちに取り囲まれて詰められてしまうことを思えば、この差はかなりのものになるだろう。
特に彼女の性格を考えれば、既に考えている状態からでも詰められてしまったときにはポロッと言葉をこぼしてしまいそうなものである。特に、今回については戦争のことについてを知ったばかりということもあって。
「それで、どうする? ほとぼりが冷めるまで、コルチの街の中でじっとしてるか。それか、いっそ城塞を飛び越えるか」
ただし、中で待つ場合。エアハルトたちはそれに付き合ってやることはできない。
そもそもエアハルトたちを探している人間がコルチの中にいる以上、中にいる時間が長くなれば長くなるほど、エアハルトたちにとってはリスクが大きくなっていく。
「……私も、とりあえず一緒に外に出ます」
「そうか」
「ただ、そこから先の話については。少しだけ、考えさせてください」
テトラとて、彼らの境遇は多少は理解している。
こうしてテトラのことを待っている時間すら、本来ならば惜しいということ。それなのに待ってくれたのは、自分のためなのだということ。
ただ、自分にはまだ、答えが出せそうになかった。だから、とりあえずの折衷案。
エアハルトたちにとっての危険区域になってしまっているコルチから、ひとまずは脱出して。そして、その外で考える時間を貰う。
「わかった。それじゃあ行くぞ。ルーナは俺に、テトラはゼーレにしっかりと捕まっておけ」
「ぜ、ゼーレさん。その、よろしくお願いします、ね?」
「ええ、今度は暴れないでね?」
そうして城塞を越えるべく高く跳び上がって。
テトラはまた叫んでしまいそうになったが。今度は、なんとか耐えた。
ただ、やっぱりとても怖くはあった。
コルチの街から脱出して、距離を置くためにも移動。
そうして、しばらくすると見覚えのある場所に、テトラは首を傾げる。
「あれ、ここは警備隊の詰所?」
「どう行動を取るにしても、ここは必ず必要だろう?」
「それはそうだけど。エアハルトさん、場所知ってたんだ」
「……まあ、野暮用でな」
マルクスから頼まれて着いてきた、なんて言えばまたひとつ騒ぎになりそうなので、適当にはぐらかしておく。
「とはいえ、ここに俺がいるということがバレても厄介だからな。来れるのはここまでだ」
マルクスならば話が通じるが、それ以外の人が出てきて見つかったら大騒ぎになる。
「さて、どうする? テトラ」
「私、は……」
テトラは、考える。
ルーナからはまだまだ薬のことについて学びたい。教えた、と言われたし、確かに教えてもらってはいたが、もっと教えてもらいたい。
……が、どうにもルーナはそういう場合でないというのも事実らしい。
もっと教わりたければ、ルーナについていく、ということになるが。つまりそれはエアハルトたちについていくということであって。
「テトラ」
考えが巡り巡って、少し混乱気味になっていたテトラに対して。ルーナが、バッサリとそう声をかける。
「テトラは、薬師としての腕を磨いて、なにをしたいんだ?」
「私、の。したい、こと」
言われて、少し思い出す。
たしかに、ルーナに教わりたいと思ったのは、自分の意志だ。だが、今以上の薬師の腕が欲しいと思ったのは、より多くの人を治したいから。
そして、無論、十分とは言えないだろうが。そのための技術は、たしかにルーナから既に教わっている。
そして、これから起こるであろうことは、戦争。たくさんの人が傷つきかねない、惨事。
ならば、テトラがやるべきことは。
「私は、残ります。治さなきゃいけない人たちがいるので」
「そうかい。まあ、お互い生き残ってたら、そんときゃあまた教えてやるさね」
ルーナは普段の口調に戻りながら、ひらひらっと手を振っていた。
「それじゃ、元気でねェ、クケケケケッ」
「はい! ルーナさんも、絶対にご無事で!」
ペコリ、と。頭を下げたテトラを見ながら、ルーナは少しだけ笑って、その場から立ち去る。
エアハルトとゼーレも、少し遅れながらに。そんな彼女について、離れていく。
テトラは、そんな三人が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。




