#125 動き出してしまった歯車
コルチの街の、その路地裏。
カランカラン、と。枯れたドアベルの音が鳴る。
「はーい、いらっしゃいま――ひゃあっ!?」
カウンター越しに出迎えてくれたのは、現在ルーナのもとで色々と学んでいるのであろうテトラ。
……店番をさせられているあたり、おそらく雑務も押しつけられているのだろうが。
「あ、あの。えっとエアハ――」
「エア、だ」
慌てたテトラが危うくエアハルトの名前を呼びかけて、それを上から止める。
まあ、室内だし、全員が事情を知っているため。この場で呼ばれたところで、あまり大差はなかったりするが。
「あっ、そうでした。ええっと、エア、さん? それから、ゼーレさんも。それで、今日はどういった用事で」
「まあ、ルーナから少し呼び出しを食らったのと。こちらからもある程度話があったからな」
「クケケケッ、随分と遅かったじゃァないか」
「これでもミリアから手紙を受け取ってすぐに来たんだがな」
縒れた白衣を引きずりながら、奥の部屋からルーナが現れる。ニヤアッという相変わらずな笑みを浮かべていた。
「おや、ルカもつれて来いって言ったつもりだったんだが」
「状況が変わった。ルーナ、お前がこっちにこい」
「……ふうん、なるほどね」
エアハルトの言葉にルーナは表情は変えないものの。しかし、声音をほんの少しだけ低くする。
そうしてしばらく彼女は考える。そして、呆れたように息を吐いてから、言う。
「つまり、起きるんだァね。……戦争が」
「ああ、間違いない」
「やっぱりか。……わかった、少し荷物を取ってくるさね」
短く交わされたその言葉に。ある程度察していたゼーレは少し視線を下に落とす。
そして、全くなにがなんだかわからないままに。唐突に爆弾発言を聞かされたテトラは。しばらくの間、ぽかんと口を開けて。
そして――、
「戦争っ!? 今、戦争が起きるって言いました!?」
「ああ、言った。そう遠い話じゃないはずだ」
ひどく驚いた様子のテトラに、エアハルトは落ち着いてそう答える。
「ええっと、その。もしかしてこの話って私はあんまり聞かないほうがいい話なんじゃ……」
「クケケケケッ、たしかに聞くに相応しい立場の人間ではないさァね」
「それなら話を始める前にあっちに行ってなさいって言ってくださいよお!」
どうやら荷物を持ってきた……らしいルーナが、エアハルトたちの会話に戻ってくる。
ただ、どう見ても荷物を持っているようには見えないが。
「まあ、聞いちまったもんは仕方ないさァね。ほら、ついでに聞いていきな」
「ええ、でも」
「まあ、別に聞きたくないなら構いやしないが。ここまで聞かされてあとが気にならないってんなら止めないさァね」
ルーナのはなったその言葉に、ぐぬぬ、としばらく悩んだテトラは、ちょこんとその場にあった接客用の椅子に腰を下ろした。聞く、ということらしい。
「元より、魔法使い連合側にその気があったのは知ってた。いわば、魔法使いたちが己らの地位をひっくり返すための戦争だ」
それは、エアハルトが事前に知っていたことでもあり。そして同時に、ファフマールでバートレーから聞き出したことでもあった。
「そして、その戦争が間違いなく遠くない未来に起こる」
エアハルトは、きっぱりとそう言い切る。
ルーナやゼーレはそれに対してほとんど表情を動かさないが。しかし、テトラだけは驚きと不安とが綯い交ぜになった表情で尋ねる。
「間違いなく……って、なんでわかるんですか」
「連合で聞いてきた」
「聞いてきたって。……えっ!? 直接!?」
「クケケケケッ、そりゃあたしかに、間違いねえだろうなあ!」
面白がるようにして笑うルーナ。
ゼーレはというと、あの外出はやはりその目的か、と。そう呟いていて。エアハルトが小さくそれに頷いていた。
「まあ、乗り込んだ本来の目的としては、戦争をやめろと言いに行くつもりだったんだが」
「まあ、向こうさんからしても、それに従う義理も道理もないだろうねェ」
「ついでに、人間側の動きの方も不穏だ。……そっちについては、ルーナ。お前のほうが詳しいはずだ。だから俺のことを呼び出したんだろう?」
「おや、バレてたのか。んまあ、それじゃあ」
そう言いながら、ルーナは二通の手紙を取り出し、全員の前に見せる。
「……これは?」
「ラブレター、とでも言おうかねェ? 両方、差出人は気に入らない相手だが」
普段なら笑い飛ばしそうなルーナではあったが、めんどくさそうにその手紙へと視線を落とす。
エアハルトもそれらに視線をやると、その両方の刻印に見覚えがある。
片方は、魔法使い連合のもの。エアハルトも受け取ったことがあるので、間違いはない。そしてもうひとつは。この国の公的な文書であることを示す刻印だったはず。つまりは、人間側からのものである。
「偶然ってこともあるもんなんだァね。魔法使いが戦争の準備をしているように。今、人間の方も戦争の準備をしてやがる」
「……えっ?」
「テトラのような末端には行き渡っていないだろうから、知らないのも無理ない。というか、おそらく話を知っているのは国の中核だけさァね。お前んとこの上司も知らないはず」
むしろそんな話を何故ルーナが知っているのか、と気にならなくもないが、これでもルーナは元宮廷抱えの薬師で、かつ、現在はここコルチの街で半違法な店を開いている。
そんな場所に来る人間がまともなわけもなく。そういったルートから、異常な情報が回ってきたりするのだ。
「そんでもって、こいつはラブレターってわけだ。まァ、随分と不誠実な言葉ではあったがね」
その言葉で、エアハルトはだいたいを察した。
つまりは、ルーナは現在、両軍から勧誘を受けていたのであろう。
ただ、彼女が不誠実と評したように、それぞれ不都合な部分――特に彼女が嫌悪感を示すであろう、戦争に関するような内容については触れないままに勧誘を行っていたようだ。
特に人間側からの方は見たところただの再雇用通知のように見える。つまりは、戻ってこい、ということだけしか書かれていない。
「勝手に追放しておきながら、都合のいい話さァね」
呆れたように、ルーナはそう吐き捨てる。
「人間側が対魔法使いの戦力を集めようとしているのは俺もミリアから聞いて知ってるんだが。しかし、人間側はどうやって魔法使いに攻め入るつもりなんだ? それとも、無いとは思うが魔法使い側の戦争の情報が人間側に伝わったとか、そういう事情か?」
「いんや、さすがにそのあたりお互いに情報統制はしっかりしているはずさね。それこそそこのテトラが知らなかったように、末端には行き渡っていないはず」
魔法使い連合の方は、集団としての性質上、組織としての目的に戦争があることは末端でも知っていたりはするが、とはいえその具体的な計画や日取りなんかはこちらも同じく知り得てはいないだろうし。つまりは、お互いにお互いが戦争を仕掛けようとしていることを知らないままに、戦争の準備をしていたことになる。
「……となると、人間側に魔法使いを探し出す手段ができたってことか」
「まあ、このあたりはさすがに私でも確実にそうとは言えないけど。ただ、その可能性がとても高いさァね。……そんでもって、それをたしかにするために、ルカに会いたかったんだが、まあいないもんは仕方ないさね」
「俺たちと一緒に来てくれれば、ルカに会えるし問題ないだろう」
「まあ、それもそうか」
ルーナが納得した様子で、立ち上がろうとすると。「あれ?」と、テトラはそうつぶやきながら、首を傾げる。
「そういえば、ルーナさんがエアさんのところに行っちゃうってことは、私はどうれば? というか修行は?」
「ああ、お前さんは好きにしたらいいさね。一緒に来たかったら来ればいいし、警備隊のこともあるからここにいるってのならそれでいい。薬の材料なら好きに使っていいさね。修行についてはもう結構教えただろう?」
「ええええええっ!?」
夏から秋になって、そろそろ冬になろうかという頃合い。いちおうそれくらいの間はルーナの元にいたことになる。
とはいえ、たしかに短いような気はするが。
「……聞いてすぐの今で判断しろってのは酷だろうが、こればっかりは仕方ないさね」
「そ、そんなあ」
「まあ、リアルタイムでの現状は、そんな暇をくれそうにはないらしいがね」
ルーナがそう言ったとほぼ同時、エアハルトとゼーレが戦闘態勢を取る。
どういうことがわかっていないテトラだけはキョトンとしていたが。ルーナはひとつ息をつく。
「ゼーレは、テトラを頼む。俺はルーナを」
「わかった」
エアハルトがゼーレとやるべきことを確認し終えたと、ほぼ同時。
部屋の外から、揃った足音が聞こえてくる。
「どうやら、手段を選んでられないくらいには切羽詰まってるのうさね」
それくらいに、事態が動いている。
タイムリミットが差し迫っているということでもあるのだろう。
カランカラン、と。乾いたドアベルの音がする。
入ってきたのは、警備隊の服を着た人たち。ただ、テトラの知っている面々ではない――つまり、この街の近くの警備隊ではない。
おそらく隊長であろう人間が、口を開く。
「ルーナ。貴女には、違法薬物の販売の疑いがかかっている」
「どうやら私のことを、無い罪状をつけてでも無理やり引っ張っていきたいくらいには焦っているらしい」




