#124 不穏な動向
「……なんか、いつのまにか増えてるんだけど」
しばらくぶりに家に訪れてきたミリアが、新入りのアルを目の前にして、じっと見つめながらそうつぶやいていた。
当のアルはというと初めて会うミリアを前にして少し不安そうにしながら、ミリアとルカとの顔を交互に見ていた。
「大丈夫だよ、アル。ミリアさんはいい人だから」
ルカのその助言で、アルはじーっとミリアを見つめ返して。そしてトテトテと歩いて近づく。
そして、ミリアの身体にぎゅっと抱きつく。
「かわいい……!」
ミリアが感動をするようにして、そう言う。
アルがミリアと仲良くできているらしいところを見て、ルカは満足そうにしていた。
「それで、ミリアはどうしたんだ? 最近はギルド員の仕事もあって忙しいんじゃなかったか?」
買い出しなどについてはエアハルトやルカでは行えないため、ミリアやゼーレに手伝ってもらっていたのだが、最近ではほぼゼーレに行ってもらっていた。
それは、なにやらギルドが忙しいらしく、ミリアの手が全く離せなくなっていたからだったのだが。
「ああ、それなんだけどね。どうしても伝えておいたほうがいいことがあって」
そう言いながら、ミリアは紙束を取り出す。
エアハルトやルカの前に差し出されたそれらは、どうやら資料のようで。
「これ、俺たちが見ていいものなのか?」
「本当はダメに決まってるでしょ?」
どうやらミリアもなかなかに危ない橋を渡ってこの資料を持ってきてくれたらしい。
そして、その内容こそ。この国が魔法使いを大挙として討伐する計画を立てている、というものだった。
「要するに、そういう動きをしていくからギルドの方でも事前の準備をしておけってことなんだけど」
「……つまり、どういうことなの?」
あまり状況を把握できていないルカが首を傾げながらにそう尋ねてくる。
「簡単に言うなら、魔法使いを今まで以上に捕まえに行くって話なんだが。たぶん、その規模じゃない」
おそらくは、大軍を成して魔法使いを捜索し、捕まえに行く、と。そのレベルの話をしているのだろう。
「でも、そりゃ人員を集めれば魔法使いを見つけやすいかもしれないけど。それだけで魔法使いって見つけられるものなの?」
「……いや、普通なら無理だ。普通なら、な」
魔法使いは長い歴史として追いかけられ続けており、その対応もわかっている。
それこそ、エアハルトたちが暮らしているこの家。そこにかけられている隠れ家なんかがその代表例だ。
魔法使いであればこういった隠密魔法を看破することができても、一般の人間にそれを行うことはほぼ不可能と言っていい。だからこそ、警備隊といった治安維持組織ですら、暴れている魔法使いや生活資源の補給のために隠密魔法を解いている状態の魔法使いを見つけて、捕まえに行くということがほとんどになっている。
「それでもなお、こうしてわざわざ人を集めてまで軍隊を編成して捕まえに行くってことは。なんらか魔法を看破する方法を手に入れた可能性がある」
その方法については、エアハルトにも心当たりはないが。
それこそ、魔法使いでないと難しいし、魔法使いでも実力差次第では困難なのだ。
それを、どうやって。
「まあ、あくまで予想でしかないがな。ただ単にそれこそ虱潰しで探せば見つかるだろうとか、そういう思考で編成したのかもしれないし。あとは――いや、これは無いか」
エアハルトは一瞬頭の中に思いついた考えを口に出しかけたが、それについては引っ込めておく。
可能性としてはかなり低いし。それに、少なくともルカにはあまり聞かせたくない話である。
エアハルトがしばらく考えていると、ああ、それから。と言いながら、ミリアが別な紙を出してくる。
「これも渡さなきゃね。しかしまあ、変なこともあるものなのね……」
「ん? 手配書か? ……って」
てっきり、手配書が更新されるとすれば、エアハルトのほうだろうと思っていた。前回手配書が変わってから、見つかってはいないと思うが、いちおうミーナガルでいろいろやっていたので、そのときに顔が割れてしまってエアハルトの仕業にされてしまっていた可能性などがあったからだ。
だが、そこにあったのは、
「ルカの、捜索願。それも、以前よりも数倍単位で値段が釣り上がってやがる」
「それも、相変わらず手配書じゃないのよね。……なんでなのかはわからないんだけど」
そう。相変わらず、捜索願なのだ。だから、おそらく魔法使いだとバレたわけではない。
だというのに、以前よりもずっと高くなっている。これは、いったい。
「ああ、それから。私のところにルーナさんからの手紙が来てたから、渡すわね」
「ん? ミリアのところに来たのならミリア宛じゃないのか?」
「エアハルト宛に決まってるでしょ? あんたのところに送ることができないから、私のところが仲介にされてるのよ。全く、エアハルトもルーナさんも、私のこと便利ななにかだと思ってないかしら……」
ぼやくミリアを傍らに、エアハルトは手紙を受け取る。
中身を開いて確認してみると、なにやら伝えたいことと調べたいことがあるから、ルカと一緒に来てほしい。と。
「アイツの方から呼び出してくるとは、珍しいな」
まあ、と入ってもよくよく考えてみれば、今まではルーナの方からエアハルトへと連絡する手段を持ち合わせていなかったので、そうあるのも仕方がないのか、と。そう思えてしまう。
「しかし、ルカと一緒、か」
「私も行くの?」
「ルーナとしては来てほしいみたい……というか、多分調べたいことってなると、ルカの事だとは思うのだが」
とはいえ、ルカは現在、アルと契約を結んだばかりである。そしてそのアルも生まれたばかりではあるので、はたしてどうするべきか。
「いや、一度俺だけで行ってくる。別件での話もあるし、その都合でルーナをこっちに連れてくることになるかもしれない。だからルカとゼーレは留守番を――」
「待ちな」
エアハルトがそう言いかけたところで、いつの間にかやってきていたゼーレが、話を止める。
「私も行く。留守番が手薄にはなるが、そっちのほうが早い」
「だが――」
「時間がないんだろう? 特にルーナをこちらにつれてくることになった場合、帰りは私がいたほうが圧倒的に早いはずだ」
「……それも、そうだな」
たしかに、それはそのとおりだろう。
そして、わざわざ彼女がこうして言ってきているあたり、ある程度察しているのだろう。
「わかった、俺とゼーレで行ってくる。ルカ、ひとりでの留守番になるが、大丈夫か?」
「大丈夫だよ! それにひとりじゃないし!」
「ああ、そうだな。アルがいるもんな。……アルも、よろしく頼むな」
生まれたての子に頼むのも少し変な気もするが。とはいえアルラウネは十分に強い。
「……それじゃあ、少し急ぐか。ゼーレ」
「ああ。了解さね」
森の中。闇のなかに潜むようにしながら、エアハルトとゼーレはコルチに向けて移動していた。
「……どこまでわかってる」
「どこまで、って?」
そんな中、エアハルトが静かに尋ねると、ゼーレはからかうような口調でわざとらしくそう聞き返す。
「俺がやろうとしていること。今、この世界で起ころうとしていること」
エアハルトのその質問に、ゼーレは少しだけ考えてから、真面目な様子で返す。
「そこまで深くはわかってない。けど、エアハルトがルカに話したくないようなことが起きようとしてること。それのために、エアハルトがバカなことをしようとしてるってことはわかってる」
「……そうか」
申し訳なさそうな物言いをするエアハルトの様子に、ゼーレは少しため息をつく。
どうやら、ルカと同じく、ゼーレについても可能な限り巻き込みたくなかったらしい。
優秀というのも、ある意味考えものなのだな、と。そう思う。
「まあ、詳しい話はコルチで聞かせてもらうよ。どうせ、ルーナに説明するときに話すだろう?」
「ああ、わかったよ」
「それじゃあ、早いところ、コルチに向かおう。二重の意味で、急いだほうがいいだろうからね」




