#123 少女と契約
契約、という行為に。ルカ自身興味がないわけではなかった。
噂のこともあり、この隠れ家を訪れてくる妖精や精霊たちがルカに対して契約を持ちかけるというチャレンジをしてくることもあるので、その度に魔力でのやり取りをして、相手の嘘や目論見を看破した上で結局結ばない、ということならそこそこの頻度であった。
とはいえ、これに関してもどちらかというと、妖精や精霊が「ルカという少女には契約での誤魔化しが効かないらしい」という噂から始まった力試し的なところもあるので、ある意味では契約を結ぶための行為ではないともいえる。
「……?」
アルラウネは、真っ直ぐな瞳でルカの顔を見つめていた。
当然ながら現在のアルラウネの側からしてみればルカの噂なんてものは知らないし、力試し云々も興味がないことだろう。
エアハルトが言っていたように、生まれたてのこのアルラウネからしてみれば、結ぶ契約はただ純粋に、契約するためのものになる。
そういう意味では、ルカにとっては初めて行う契約となりうる。
その事実に。ルカは少しだけ怖さを覚える。
別に、アルラウネに恐怖があるとか、契約自体に恐怖があるとか、そういうわけではない。
いや、見方によっては契約に対して恐れを抱いていると捉えることもできなくはないが。
むしろ、契約自体については、ルカも興味は持ってはいる。
それこそ、エアハルトとゼーレが結んでから、ある種の憧れのような感覚を持ってはいる。
だが、それと同時に。ルカが気を揉んでいるのは、かつての森人のことだった。
ファフマールの市街地にて、グウェルと対峙することになったルカが生み出した、魔法生物。
共に戦ってくれて、グウェルからも、契約で呼び出した森人だと勘違いされたくらいには、ルカと森人との関係性が、契約の様相を成していたのだろう。
そして、その森人は、ルカを守るためにその身を焼いた。
……エアハルトからも、その後で、植物召喚で生み出した植物は長い命を持たないと言われた。だから、あそこで森人がルカをかばっていなくとも、そう長くは生きていなかったという。
だが、その木の身体が燃えていくのは、辛かっただろう、痛かっただろう。……熱かっただろう。
そう、思ってしまう。
だから、ルカがこのアルラウネと契約を結んでしまったら。
ルカ自身は戦いの場に身を投じるつもりはさらさらないが、しかし、魔法使いという立場の都合、ルカの意思とは裏腹に、戦わなければならないことがあり得る。
そんなときに、自分はこのアルラウネを巻き込んでしまうのではないか、と。そう、考えてしまうのだった。
「ねえ、エア。別にこの子と契約を結ばないといけないってわけじゃないんだよね?」
「まあ、それはそうだな」
「……そっか」
それならば、無理に契約を結ぶ必要もないだろう。他の妖精や精霊たちと同じように、友達になって、一緒に過ごせれば、それで――、
ルカがそう解釈して、飲み込もうとした、そのとき。
はあーっ、という。大きなため息をゼーレが漏らす。
「むっずかしく考えすぎなのよ、ルカ」
「……えっ?」
「どーせ、戦いにこのアルラウネを巻き込むのが嫌とか、そういうこと考えてるんでしょ? 前に聞いた、森人のこともあって」
「うっ……」
図星な指摘に、ルカは思わず顔を歪ませる。
「身を挺して守る、ってのは文字通り命を懸ける行為よ。だから、生半可な気持ちじゃやれない。返して言うならば、そんなことまでやる必要は、本来ないのよ」
そして、それは契約を結んでいる相手であっても、だ。
もしも契約の内容としてそのあたりを縛っているのならばやらなけらばならないだろうが、それこそ契約でそのあたりを取り決めなければいいだけの話である。
「そのあたりは植物召喚であったとしても、契約であったとしても一緒。まあ、強いて言うなら植物召喚由来の生命は短命って違いはあるけどね」
そこに自由意志がある以上、命を懸けるかどうかは。いや、もっと広い範囲として、戦いに協力するかどうかは、あくまで本人の意思でしかない。
そして、かつての森人がルカを守ったことも、森人の意思だ。
無論、そこには森人自身が短命であるという自覚があったからかもしれないが。そうであったとしても、自らの考えで守ったのは間違いのないことだ。
「それこそ、契約の形態にもよるけど、契約由来の召喚ってそれに応じるかどうかは相手次第なのよ?」
エアハルトがゼーレを呼び出すときは大抵普通に対応してくれていたから忘れていたが、呼び出しが確実に成立するとは限らないのだ。
当然といえば当然だ。呼び出したときに都合がいいかどうかなんて、わからない。
「だから、協力するかどうかは本人次第なの。だから、そこまで難しく考えなくたっていいわよ。それでも気にするのなら、ルカ。あなたがもっと強くなって、呼び出してもなお、守れるようになりなさい」
「……うん、わかった」
ゼーレの言葉を受けて、ルカはきゅっと手を握りしめる。
「悪いな、ゼーレ」
「いいわよ。……あの子が未だに森人のことを引きずってるのは、わかってたし。いつかは向き合わないといけないとは思ってたからね」
ゼーレは、ルカが妖精や精霊から契約を持ちかけられているとき、いちおうの監督役としてその様子を見守っていた。だから、ある程度のことは彼女は見抜いていた。
遊び半分とはいえ持ちかけられていたものの、契約を結ばなかったことに。ルカ自身のそういった恐怖心があったから、ということについても。
ある意味では優しさからきているものではあるが。いつまでも、その意識を持ち続けるのは、辛いことだし、いざというときに足を引っ張りかねない。
だからこそ、いつかは乗り越えなければならない。
「まあ、乗り越えるにはちょうどいい機会だと思ったしね」
「そうだな」
エアハルトとゼーレが、覚悟を新たにしたルカの様子を見守る。
彼女は不安ながらに。しかし、しっかりと前を向きつつ、アルラウネと向き合う。
アルラウネはというと、相変わらずの笑顔をルカに向けていて。そんな彼女に、ルカは緊張した面持ちで。しかし、しっかりとした覚悟を伴って、言う。
「私と、契約を結んで!」
契約自体は、恙無く結ばれた。
アルラウネ側はもちろん、ルカの側にも恣意的に相手を利用してやろうという気持ちはないために、名目と実情ともに平等と言える契約が結ばれた。
「そういえば、名前をつけてあげなさいよ」
「名前?」
契約が終わったタイミングで、ゼーレがルカにそう言ってあげる。
「ほら、前にも言ったでしょう? 人間やフィーリルってのはあくまで種族の名前。その名前で呼ばれ続けるのは気持ちのいい話ではないでしょう? と。そして、それがその子にも同じく言えることだって話よ」
目の前の彼女は、アルラウネという種族ではあるが、アルラウネという名前というわけではない。が、現状名前がついていないために、アルラウネと呼ぶしかない状態である。
それではあまりにもかわいそうだし、そして彼女が自分の名前をアルラウネと勘違いして覚えてしまう前に、なにかつけてあげろ、という話だった。
「うーん、それなら、アル、はどう?」
「……アルラウネのアル、ね。すごく安直」
「だめかな?」
「いえ、別にいいんじゃない? 正直、ちょっとアルラウネって呼ばれる時間が長かったから、そっちのほうがこの子も理解しやすいかもだし」
実際、契約云々の話をするために、アルラウネ、もといアルが生まれてからかなりの時間が経っている。
そういう意味では、似ている名前のほうがいいのかもしれない。
……まあ、ルカとしては安直な他に、ちょっとした理由があったりするのだけれども。でも、そっちは恥ずかしいので秘密だ。
「それじゃあ、アル! これからよろしくね!」
ルカがそう言うと、アルはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねて喜んでいた。




