#122 大地から生まれる妖精
「エア!? 生首が、なんで!?」
「生首……いや、まあ、現状的には間違ってないんだが」
ルカのその表現に、エアハルトは思わず笑いそうになったのを堪える。
たしかに、地面から頭だけが飛び出しているその様は、彼女の言うとおり、生首があるように見える。
ただし、生首とは言っても死んでいるというわけではなく、
そして、その当の生首こと生えてきた頭は、状況が把握できていない様子で、キョトンとしていた。
いや、ただ単になにがなんだか、さっぱりわかっていないだけかもしれない。現状の様子も、周りがなにを言っているのかすらも。
「安心しろ、ちゃんと地面の下にまだ身体があるから」
エアハルトがそう言いながら、生首に向かって歩いていく。緑色の髪を携えた彼? 彼女? はそんなエアハルトの様子をじっと見ていて。エアハルトはすぐそばにしゃがみこんで、ぽんぽんっと優しく頭を触ってから「出てこられるか?」と、そう尋ねる。
生首はジッとしばらく考え込むと、ずももももっ、と地面を盛り上がったかと思うと、そこから腕が2本出てくる。
その腕をピッと真上に向けたかと思うと、そのままの姿勢で停止してしまう。
「……どうやら、引っこ抜いてほしいらしい」
「ふぇ? わ、わかった!」
エアハルトがルカの方をへと視線をやりながらにそう言うと、ルカは少し慌てながらに近づいて。そして、両の腕を掴む。
大丈夫? と、尋ねると、コクリと頷きが返ってきたのを確認して、ルカはそのまま垂直に引き上げる。
「わあ! かわいい!」
地面の中から現れたのは、少女。身体の端々から蔦が伸びては身体に巻き付いていたり、葉っぱや生えていたり、花が咲いていたりと、普通の人間ではないことは明らかではあるが……大まかな姿形自体は人間のそれに近い。
……まあ、人間でないこと自体は、地面から生えてきている時点で明白だったりするが。
「大地から生まれる植物の妖精、アルラウネだな」
「アルラウネ! ……でも」
「でも?」
「エアは見ちゃだめーっ!」
そう言って、ルカがアルラウネにぎゅっと抱きつき、姿を隠す。
そんな彼女に触発されるようにして、妖精や精霊たちまでもが徒党を組んで壁を作ってくる。
「まあ、これはお前さんが悪いさね」
呆れた様子で、ゼーレがエアハルトにそう言う。
その言葉に少し考えたエアハルトは、なるほど、と。合点して。
「……ああ、そのことか。でも、別に気にするほどのものじゃないと思うんだが」
「種族は違うし、生まれたてだから本人にはその自覚がないだろうが。……ルカからすると、そういうわけにもいかないんだろう」
アルラウネは、今、生まれたばかりで。
蔦や葉っぱなどで隠れている場所もありはするが、詰まるところが、裸なわけで。
「じゃあ、一旦俺は離れとくから。その間になにか着せてやってくれ」
ひとまず、エアハルトは家の中に入っておくのだった。
生まれてきたアルラウネはルカと体格が近かったということもあり、彼女自身の服を着せてあげて、ようやく改めてエアハルトが対面していいお許しが出た。
「そういえば、アルラウネってどんな子なの?」
「それこそ、本人に聞いてもいいとは思うが。……まあ、生まれたてであまりうまく説明できないか」
チラとアルラウネの方を見ると、彼女はコテンと首を傾げてから、にぱーっととても良い笑顔を返してきた。うん、どうやら話の流れをまだ理解できていないらしい。
「さっき少し話したが、アルラウネは大地から生まれてくる、植物を司る妖精だ」
ただし、種族としてはかなり特殊。大地を循環している生命であり、妖精や精霊の中でもその生態が特異。
出生方法にしても「大地から生まれる」という言葉そのとおりで、同一種族から生まれることも可能ではあるが、今目の前にいるのアルラウネのように、地面から生えてきて生まれることもある。
曰く、大地に還ったアルラウネの精が再び植物として生まれ直して、アルラウネになるのだとか。
「基本的にはアルラウネとして生まれ直すために都合のいい場所で発生することが多いんだが」
偶然というかなんというか。ここは尋常でない魔力を保有するエアハルトがいて。それだけにとどまらず、しばらく前からはゼーレを筆頭として精霊や妖精が頻繁に訪れるようになっていた。それらにより魔力が十分な土壌が出来上がっており、加えて、菜園を行っていたこともあり土の栄養などの状態も良く、アルラウネにとって様々都合が良かったのだろう。
いや、それだけではない。なんなら、これら以上により強い影響を与えていた可能性まであるのが――、
「ルカ、お前がいたからだ」
「ふぇ? なんで? だって、私、エアやゼーレさんみたいに魔力多くないよ?」
実際、ルカが扱える魔力量はたしかにちゃんと訓練をしている都合、それなりの魔法使いくらいにはできるようになっている。が、精霊のゼーレや、そのゼーレからしてみても規格外であるエアハルトなんかに比べれば微々たる差ではある。
だが、たしかに魔力量も重要ではあるが、それだけが重要なわけではない。
「ルカ、これは直感的に考えてみてほしいんだが。炎が多いところと水が多いところ、どっちにアルラウネが生まれやすいと思う?」
「えっ? それはもちろん、水が多いほうじゃ……あっ、そうか」
そう。もちろんただ純粋に魔力が多い、というのも重要にもなるが。その魔力がどう傾いているのか、というのも同様に重要になる。
そして、ここにいるルカは、自然系統の植物魔法を得意としており、それにとどまらず、魔法使いとしては非常に珍しく、植物魔法に経験値が偏っている。
正直、エアハルトから見てもルカほどに植物魔法を修練し、扱えるようになっている魔法使いなど、数えるほどしか見たことはない。
エアハルトが実際に見たわけではないものの、森人の召喚が可能な魔法使いなど、他に早々例を見ない。
そんなルカがいるからこそ、アルラウネも引き寄せられてきた可能性が高い。
まあ、たまたま運が良かった、というのもあるとは思うが。
実際、今回は環境がよく整っていたから、という事情がありはするものの。普通の集落の畑に生まれることもあれば、森の中で生まれて、たまたま近くを通った精霊に起こされたりしていたりもする。
その他にも、魔法使いの中にはアルラウネが生まれてくるようにと努力している人がいたりするが、意図的にそれをして成功している例など、ひとつかふたつくらいしか聞いたことがない。
「ちなみに、そのアルラウネはまだ生まれたばかりだから、経験は浅い。だが、妖精というだけあって、実力は間違いない。だから、どうするかはルカが決めるといい」
「ええっと、つまり、お世話するかどうかってこと?」
「……まあ、おおまかに言えばそれほど違いはないんだが」
魔法使いには、アルラウネが生まれてくるように研究をしている人物もいる。ただ、それは研究肌ということもありはするが、それ以外の理由のほうが強い。
アルラウネが生まれるとき、基本的には起こしてもらった相手や近くにいた者たちを信用する。
だからこそ、ある意味では生まれたてのアルラウネ相手であれば、確実に、安全に、契約を結べる。と言い換えることもできる。
無論、生まれたてなために経験値が浅く、ルカが言うように育ててあげる必要性はあるが、妖精や精霊との遭遇可能性やそういった存在と結ぶ契約の難易度から考えると、わざわざ研究する理由になるほどのメリットがある。
「契、約……」
「別に無理にとは言わないし、そのあたりはルカのしたいようにすればいいがな」
エアハルトから言われたその言葉に、ルカは、生まれたてのアルラウネの顔をじっと見つめながらに考えた。
アルラウネは、なんだかよくわからないけれども、顔を合わせてもらったことが嬉しくて、ぺかーっと笑っていた。




