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#120 弟子の事情

「すごい、が。……少々まずいな」


「そうなの? もしかして、メルラ、あんまり良くない存在?」


「いや、メルラ自体はなにも悪くない。だが、メルラの力を悪用しようとする輩が、必ずいる」


 予知魔法は、一種の魔法使いの夢とも言える魔法だった。

 それゆえ、彼女のことを研究したがる魔法使いは多いだろう。……いや、それならばまだいい。

 軽く彼女の扱う未来予知の魔法を見た感じだと、エアハルトの知りうる領分では、到底その魔法を扱えそうではないということがわかった。で、あるならば研究されようとも、メルラ以外が予知魔法を使えるようになることはないだろう。


 だが、最も厄介なのは、彼女をうまく利用しようとする輩である。

 メルラが街の皆を守ったように。極論で言うならば、メルラの力であれば、盤面を完全にコントロールすることができる。特に、今の彼女であればかつてよりも魔法を自在に扱える。だから、より正確に未来を掴むことができる。


 そのため、やりようによっては、一方的に襲撃したり、もっと規模を大きく取れば、戦争を仕掛けることだって容易になる。


 無論、うまく使えばとてつもなく有用な力である。だからこそ、その力は諸刃の剣となり、牙を剥くこともある。


 エアハルトは、その力の危険性をメルラに説く。

 彼女は理解しているのか、していないのか。微妙な反応を見せながらに、少し考えてから。そっと口を開く。


「ねえ、おししょー。おししょーのしたいことは、なに?」


「俺、か?」


「うん。おししょーのしたいこと」


 エアハルトはその質問に少し考えてから、そうだな、と。切り出して、


「人間と魔法使いの関係を修復したい。お互いの間にある軋轢、溝を取っ払って。互いに理解し合える世の中を作りたい」


「わあ、とっても難しそう」


 メルラはいつもは眠たげな目を、まんまるに見開いてそう言った。


「それは、予知をしたのか? それとも、ただの感想か?」


「両方、かな。うん。今のうちは、無理。……でも、不可能ってわけじゃない」


「……そうか」


「具体的なことはまだ私にもわかんないけど、でも、まだ鍵となるなにかが足りてない。……それが手に入れば、どうにかなるかもしれない」


「弟子から、随分とありがたいお言葉をもらったものだ」


「でも、よくない予知もある。……制限時間が、ある」


「制限時間?」


「うん。まだ未来のこと過ぎてよくわかんないけど、人間と魔法使いの溝が、より深まりかねないなにかが、ある」


「そうか。なら、急がなきゃな」


 それから、エアハルトとメルラは修行をしつつ、メルラのいう、鍵となるなにかを探すため、各地を転々としていた。

 ときおり彼女の予知の力を駆使して、魔法使いが襲撃しようとするのを防いだり。あるいは、警備隊からの追手を巻いたり。と、ふたりで旅を続けていた。


 しかし、2年が経つ頃。エアハルトとメルラとの旅が、終わりを告げることとなる。






「まさか、メルラが魔法使い連合に入るとは、あのときは驚いたよ」


「私も、できるなら入りたいとは思わなかった。でも、それが一番都合が良かったから」


 魔法使い連合の応接間にて、エアハルトとメルラは過去を懐かしみながらにそう話していた。


「だって、こうしてぽやぽやと寝てても、誰も咎めないし」


「制限時間を、伸ばすためだろ?」


「……ありゃ、バレてたのか」


「あたりまえだろ。俺はメルラの師匠だぞ。……俺の、やりたいことのためだろ?」


 たしかにメルラは昔からぽやぽやとしてはいた。エアハルトと出会ってからも、出会う前からも。

 だが、それはそれとしてしっかりと考える人間ではあった。そして、大切な人のために、自分を犠牲にすることをもいとも容易くできる人間でもある。


 旅の途中、魔法使い連合の連中と出会った際。エアハルトは彼らから連合への参加を要求されていた。

 いつものように面倒くさそうにしながら、その要求をかわしていたのだが。隣にいたメルラが「じゃあ私が入る」と、そう言ったのだった。


 エアハルトは驚いた。が、メルラに「なにか、考えがあるんだな?」とそう言うと、彼女はコクリと頷いた。

 だから、エアハルトは彼女を送り出した。


 このとき、メルラは勧誘してきた魔法使いたちの未来を見ようと魔法を行使した。

 そして、察知した。彼らこそが、エアハルトへと差し迫っているタイムリミットそのものであると。


 だから、メルラは魔法使い連合の中に、ある種エアハルトのスパイとして潜り込むことにしたのだ。……無論、エアハルトにそれを相談することはなく、自分自身の判断のみで。

 メルラの魔法、未来予知があれば。まず、魔法使い連合の幹部には確実になれる。そして、予知魔法の性質上、内部からコントロールすることが容易である。

 これを駆使すれば、エアハルトとメルラが懸念しているタイムリミットを、先延ばしにすることもできる。

 彼に伝えなかったのは、言えば絶対に反対されるから。エアハルトが、メルラの自己犠牲を良しとしないから。


「すまないな、メルラ。俺のせいで、ここに所属することになっちまって」


 メルラの街を襲った魔法使いも、魔法使い連合の連中だった。だから、言ってしまえばメルラは自分が街を追われる理由になった組織に所属することになってしまっている。

 それは、メルラにとっては本意ではないだろう。


 だが、エアハルトの言葉に。メルラはふるふると首を横に振る。


「たしかに、私がここにいるのはおししょーのしたいことをサポートするため。でも、それは私がしたいから、ここにいる」


 かつて、メルラはエアハルトにしたいことを聞いた。それは、未来予知を試しに使ってみたいから、というわけではなく。


 ただ単純に、メルラがエアハルトの力になりたいと、そう願ったから。

 メルラがしたいことが、エアハルトのしたいことであったからに過ぎない。


「だから、私がここにいるのは、ただの過程。……あと、サボってても怒られないし」


 メルラの魔法の都合、彼女にだけはかなりの特権と措置が取られている。彼女だけほぼ常時眠っているような状態でも、なんら咎められることもなく、幹部であるはずのローレンが警護兼世話係で付き添っている。

 そうするほどに、魔法使い連合にとってもメルラの存在が重要なのだ。


「そうか。……まあ、サボるのはほどほどにしておけよ」


「そ、それは。ほら、私の魔法の都合で、体力が足りてないから」


「メルラの予知魔法はコントロールできるようになってから、体力管理できるようになっただろ? 俺が教えたんだからそこは誤魔化せないぞ」


「うっ……」


 常時魔力垂れ流しで、かつ、予知魔法が暴発していた関係で、かつてのメルラは常時魔力欠乏の状態だった。

 それが常態化していたがために、それが原因で生命活動が危機的になるということはなかったのだが、その代わりにメルラは体力が常に不足していた。

 彼女のぽわぽわとした性格は、そうした都合があったりする。


 が、それはエアハルトとの特訓で克服した。現在の彼女のそれについては、その時の癖が抜けていないだけである。


 まあ、その事情を知るのもエアハルトだけなので。魔法使い連合の中にいる間なら、構わないのかもしれないが。


「しかし、わざわざ時間稼ぎのために魔法使い連合に所属しているメルラがその時間稼ぎをやめたってことは、そういうことなんだな?」


「うん。たぶん、大丈夫なはず」


 未来のことは不確定。特にまだ先のことなので、ちょっとしたことで運命がズレるかもしれない。

 だから、メルラは断言はしない。だが、成功への道筋自体は、ある。


 あとは、それを手繰り寄せる。


「わかった。ありがとうな、メルラ」


「ふふん。だって私はおししょーの弟子。超優秀な魔法使いだから」


「ああ、そうだな」


 彼女の自称は、なんら間違いはないだろう。


「だから、あと少し、我慢する。ほんとはおししょーと一緒に行きたいけど、今はやることがあるから」


「そうか。悪いな――じゃ、なかったな」


「うん。それよりかは、別の言葉のほうがいい」


「ああ。よろしく、頼む」


「うん。頼まれた。……だから、全部が終わったら、また、一緒についていっていい?」


「ああ、構わないぞ。前と違って、今はちょっと人数が多いが」


「うん。知ってる。いい子を拾ったよね。……いや、拾われた、のかな? まあ、どちらにせよ、いい弟子を持ったね。それに仲もいい。姉弟子として、ちょっと嫉妬する」


 どうやら、ルカのことも把握しているらしい。この様子なら、ゼーレのことも把握していそうである。

 さすがはメルラといったところか。


「あと、これは私としてはアレなんだけど、そのときはローレンもついてくるかも」


「それは、予知か? それとも、ただの予測か?」


「……両方。ローレンはあんなだけど、いちおう幹部。私の魔力量に匹敵する。だから、私の予知に抗える」


 メルラの予知は優秀である一方、突破する方法もある。

 それは、契約魔法の乗っ取りと同様、それ以上の魔力をもってして抗うことだった。

 正直、メルラ相手では生半可な魔法使いではそれすら不可能ではあるが、曲がりなりにも魔法使い連合の幹部ともなれば、それが可能になってくる。


「ただまあ、あの性格だから、予測はしやすい。……自由になったらおししょーに勝負を挑みに行く。そして、私と一緒にいればおししょーに会えることを、ローレンは知ってる」


 ローレンが幹部でありながらもわざわざメルラの護衛なんてことをしているのは、無論メルラが魔法使い連合にとって重要な存在であるからという理由の他にも、ローレンがそういった事情で志願したということもある。


「正直、あいつは面倒くさくはあるんだが」


 根っからの戦闘狂。エアハルトがここに訪れるたび、手合わせすることを楽しみにしている狂人である。


「悪い人ではないから、困る。合理的だし、私たちの行動理念に理解を示してるから」


「……まあ、ローレンについては考えておく」


 なんとなく、ルカとの取り合わせが微妙そうだな、と。そう感じながら。

 いや、なんだかんだあれはあれで、奇妙な波長の合致を見せそうでもあると。そうも感ぜられた。


 ……それはそれで厄介だな。エアハルトは、小さく息をついた。

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