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#12 大罪人は森で下準備をする

「近くにした理由、もうひとつあってな。ルカがすごい懐いているようだったからな」


 エアハルトは笑いながら、ミリアは硬い表情のまま。


「最初は若干、いや、かなり苦手がっていたのに今じゃすっかり懐いちまってるだろ? 数日しかなかったのにさ」


 ミリアの口元がピクリと動く。瞬きの頻度も増す。心なしか顔が少し上を向く。


「それを見ててよ、やっぱりお前はいいやつだし、信用できるなって思ってよ。……てか、さっきまでの俺の言い方マズかったな。今思い返したら、まるでお前のことを都合のいい人間みたく」


 別にそんなつもりで言おうと思ったんじゃかったんだがな。エアハルトは謝る。


「まあ、なんていうか、アレだ。お前には俺は嫌われてるかもしれないけど、俺はお前のことを信頼してるし、好きではあるぞ」


「ばっ、なっ……」


 唐突に言われたその言葉。「好き」。ミリアの脳内ではそれが反復される。それが人間的に好きという意味であるとわかっていても。たるいは友達的に好きとという意味であるとわかっていても。

 それでも、ミリアにとっては。


(ホント、マジで、大っ嫌い)


 ミリアは俯いた。

 今すぐにエアハルトの外套をぶんどって、顔を隠したがるくらいに、彼女の顔は紅潮していた。






「よし、ここでいいな」


 エアハルトは一人、森の中で立っていた。その目の前には、周りの木々とは違った色をした樹木。


「ヌラヨカチの木、まさかこんなところで見かけるとはな」


 エアハルトはその木の肌を撫でながらそう呟く。僅かに周りより明るい色をした皮に触れると、特徴的な匂いが放たれる。


 ヌラヨカチの木。その木と皮の間から放たれる匂いは、多くの魔物が嫌いとする。

 農業都市と呼ばれる、この国の食糧生産のかなめとなっている都市の多くは、このヌラヨカチの木、その変種であるヌレヨカチの大樹という、もはや梢も見えぬほどに巨大な樹木のふもとに形成される。


「まあ、これがあるなら楽だ」


 ヌラヨカチの木は、ヌレヨカチの大樹と比べると大きさや魔物が近寄らなくなる範囲は狭い。が、小さくても家1件程度なら、それなりに成長したものなら小規模な集落1つくらいなら守ることができる。

 植生は不規則で、一説では妖精、或いは精霊と呼ばれる、人に好意的とされる魔物(ヌラヨカチの香りに耐性がある)によって植えられているという説もある。


「じゃ、とりあえず」


 持ってきた大きな革袋から、鉄塊をいくつか取り出す。そしてその1つを手にとって、


「《アイロン》」


 その言葉に応えるようにしてエアハルトの手の中の鉄塊はグニャリと様子を変えた。

 そこでエアハルトは別の鞄から取り出した透明の水晶玉を鉄の上に置く。


「形成せよ、《標識針マーキングニードル》」


 うねうねと動いていた鉄は、段々と棒状に。一端を鋭く尖らせ、一端を丸め、形作られていった。

 そのうち置かれていた水晶玉は呑み込まれ、かと思えば丸まった端にポコリとその姿を表した。

 出来上がった針、標識針マーキングニードルを地面に置くと、エアハルトは次の鉄塊に手をかけた。


 標識針マーキングニードルは金属と何かしらの珠とを組み合わせて作り上げる魔道具だった。その効果は、標識針マーキングニードルで囲まれた範囲に魔法をかけ続けることができるというものだった。

 それも、標識針マーキングニードルは指定された魔法しか使えない代わりに、地脈と呼ばれる大地のエネルギーを直接吸収して、壊れるまでずっと効果が継続される。


 また、標識針マーキングニードルは使う金属と珠によって、耐久力と魔力とが変わる。


 別に標識針マーキングニードルを作る上で、そのあたりのゴミの中から漁りだした金属だったりを使っても問題はない。ただ、やはり純度の高い金属である方が耐久力は高くなる。鉄は比較的安価な割に耐久力が高くなりやすい。

 ちなみに次点では銅が挙げられるが、野営用など、持ち運びを重視するとアルミニウムも便利だったりする。

 ただし、アルミニウムの場合はあまり流通していない上に、精錬前のボーキサイトは安価であるが、精錬後はそれなりに値が張る。ボーキサイトで買い付けて精錬してもよいが、精錬にかなりの魔力を要する。


 珠については、これについても純度、そして大きさなんかも作用する。別の物質が混同していなかったり、大きかったりすると、やはり強い魔法を扱うことができる。

 また、エアハルトは水晶玉を用いていたが、ガラス玉なんかでも可能である。ただ、ガラス玉はよく割れてしまうので注意が必要になる。ただ、珠については取り替え可能なので、例えば野営用の標識針マーキングニードルなんかにはガラス玉が用いられることが多い。よっぽどのことがない限り、一晩で壊れたりはしない。

 ゴミから取り出した金属も、野営用に使い捨てとして用いられることが多い。


「よし、これだけありゃ十分かな」


 エアハルトは目の前に転がった、四、五十くらいはありそうな針を見た。


 標識針マーキングニードルは、広い範囲に魔法をかけようと思うと沢山の量が必要になる。ケチると魔法が薄くなり、効果を示さなかったりする。

 ちなみに最低量は3本、線で結んだ中が範囲となる。


 大地よ――。と、エアハルトがつぶやくと、ゴゴゴッとあたりが少し揺らめいた。


「久しぶりだな、この感覚」


 雷を得意とするエアハルトだが、一通りは使える。グッと身体に力を込めて、目の前の針に全神経を集中させ、


「《制限付き反重力(フロート)》」


 すると、針たちはふわりと浮かび上がり、エアハルトの目線近くまで。


「《移動ヴェクタ》」


 勢いよく針は動き始めた。エアハルトはその間ずっと難しい顔をしていた。

 チッ、エアハルトは静かに舌打ちをした。次いで「腕が落ちたな」と自分を貶した。

 針の1つが木にぶつかった。幸い、損傷はなさそうだった。

 また難しい顔に戻り、しばらく。やっと終わったのか、エアハルトは「ふう」とため息をついた。


「《重力グラビティ》」


 その言葉が、今度は浮いていた針たちを地面へと刺した。


 エアハルトは再び鞄を弄り始める。次は何をするのかと。


「疲れた」


 取り出したのは、サンドイッチだった。なお、ミリア作、ルカ手伝いのものである。






 軽食兼小休憩を済ませ、エアハルトは再び作業に戻った。

 標識針は、刺しただけでは効果を示さない。領域を指定して、魔法を記憶させる必要がある。


「まずは、これだな。《領域制圧ドミネート》」


 数が多いのと、そこまで広くないとはいえそれなりに距離をとったためか、エアハルトの魔力が一気に持っていかれる。

 しかし、エアハルトは全ての針が反応したのをたしかに感じた。


「それじゃ、続きまして《指定:隠れ家(ヒドゥンエリア)》」


 これまた、魔力がごっそりと。ついつい追加の軽食に手を出しかけるが、エアハルトは首を振る。

 せめて、これをやってからでいいだろう、と。


 そう思いながら、つぶやいたのは。風よ――。

 辺りには弱くそよ風が吹く。それを確認し、小さく「よし」と言った。


「我が意志に従い、真空のやいばとなれ。《鎌鼬エアスラッシュ》」


 刹那、周囲にあった木々は、たった1本を除き、根元あたりで切り倒される。

 ザ、ザザザ。葉同士が少しずつ擦れ合い始める。倒れ始めた。

 ある木はあちらへ、ある木はそちらへ。そしてある木は。


「ふむ、なるほど。やはりたまには使っておかないとな」


 やはり精度が落ちている、と。エアハルトは自身に向かってきた木に向かってそう言った。

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