#119 師匠と弟子
エアハルトとメルラは、師匠と弟子の関係性だった。
出会いは、それこそ今から十年ほど前。未だ、メルラが子供の頃。とある街でのこと。
メルラは、生まれながらに魔法使いだった。
だが、それが街の中の誰一人として察知されることはなかった。
なぜならば、当時彼女は魔法使いでありながら、魔法を使うことができなかったから。
基本的には覚醒したての魔法使いであったとしても、力のままに魔法を行使することでベタ踏みの魔法を使うことができる。だが、彼女は諸事情により魔法を行使するに十分なリソースがなかった。
結果、誰にも魔法使いとしての。素質を見破られることなく、街の中で過ごすことができていた。
……だが、それは。街の中に魔力を察知できる人間がいなかったからだった。
エアハルトは、とある街が魔法使いに襲撃されているという話を聞いて、その現場に急行した。
そして、その街で見たのは、異様な光景だった。
たしかに、魔法使いによる襲撃は起こっていた。建物は破壊され、物品は盗まれ。やりたい放題な状態。
だが、住民に死者がいない。これほどまでに暴れていて、エアハルトが到着するまで時間が経っているはずなのに、住民が誰ひとりとして死んでいない。
なにはともあれ、幸運だと思いながら、エアハルトはすぐさま暴れている魔法使いを無力化させる。
「っなんで、人間の味方をする魔法使いが二人もいるんだよ」
そう、恨み言のように叫ぶ魔法使いに、エアハルトは首を傾げた。
ひとりは自分で間違いない。だが、この魔法使いの言い方としては、魔法使いがもうひとりいることになる。
エアハルトはその発言に疑問符を浮かべていると、ふらふらとあやふやな足取りでこちらに近づいてくる存在が、ひとり。
身体からは魔力が滲み出していて。まるで、魔力の扱いがまともにできていない、覚醒したての魔法使いのような状態の少女。
近づいてくる彼女にエアハルトは警戒しつつ、様子を伺っていると。彼女はどこか悲しげな目をしながらに、言った。
「おにーさん。私のことを、貰ってくれない?」
それが、エアハルトとメルラとの出会いだった。
メルラは、街の面々を守るため、エアハルトが急行するまでの間、必死で街の皆を誘導し続けた。
最初は、ただの小娘ひとりの発言だと、まともに取り合う人間はいなかったが。しかし、彼女の宣言した着弾地点と、実際に攻撃が為された場所とが合致していて。それに戦慄した街の人々は、やや半信半疑ながらにメルラの発言に従うようになった。
メルラは、頑張った。とても、頑張った。
街の人たちに攻撃が行かないように。傷つかないように。
ときおり逃げるのに疲れた人がいて。もういいやと自暴自棄になりかけていた彼に。もうすぐ助けてくれる人が来るから、と。そう励まして。なんとか、人を動かし続けた。
そうしてエアハルトが到着して、暴れていた魔法使いを取り押さえて。
結果、死者0人という、圧倒的すぎる戦果を彼女は成し遂げたのだった。
……だが、代償は大きかった。
そもそも、魔法使いの攻撃が当たる位置を予見していたり、エアハルトの到着を仄めかすような発言をしていたり。到底、人の所業とは思えない行為を、彼女は行っていた。
それに対して、疑わない人間はいない。
その上、暴れていた魔法使いが、メルラと対面して「なんでこんなところに魔法使いがいるんだよ!」と、そんな言葉を漏らしていたらしい。
――そう。魔力を検知できてしまう魔法使いには、メルラの存在は。特に、魔力の扱いに関して覚醒したての魔法使いと大差無い状態で魔力垂れ流しのメルラが魔法使いであることを看破するなど、造作もないことで。
その発言もあり、メルラが魔法使いであるとバレてしまった。……あるいは、少なくとも魔法使いであると疑われてしまっている。
守った結果、自身が排斥される存在になってしまったという、なんとも皮肉な話である。
だが、メルラはそれすらも込みで、街の人たちを助けた。
ここに、エアハルトがくることも同時にわかっていたから。だから、そのまま出ていけばいい、と。
「……いいのか?」
「うん。私は、ここには居れない」
街の人たちは、メルラのことを見ながら、複雑そうな顔を向けた。
たしかに、メルラは魔法使いだ。このままそれを知りながらに街に常駐させれば、自分たちもが罪人になってしまいかねない。
だが、彼女によって守られたというのも事実。そのふたつの事柄に挟まれて、やりにくそうにしていた。
そんな様子を見て。ある意味残酷ではあるが、彼女の言うとおりにするべきだろうと。エアハルトはそう確信した。
そのほうが、長期的に見て。お互いのためになることだろう、と。
「……わかった。付いてこい」
「うん。そうだ、おにーさん。なんて呼んだらいい?」
「なんでも構わない。名前が知りたいなら、ここではまずいからあとからになるが」
「んー、それじゃあ、おししょー、で」
「……勝手にしろ」
事実、エアハルトはメルラの現在の状態を見て、ここから離れたあとに魔力制御であるとかそういうことを彼女に教える必要があるとは思っていた。だから、師弟関係であることには間違いはなかった。
「それじゃあ、おししょー、これからよろしく」
「ああ。それじゃあ、行くぞ」
そうして、ふたりで連れ立って街から出ていこうとしたとき。
後ろから、声がした。
「メルラ!」
声の主は、ひとりの男と女。中年ほどの年齢の二人組で、様相を見るに、おそらくはメルラの両親だろうか。少し怯えながらに。しかし、一歩近づいて。
「えっと、ありがとう。……それから、その、気をつけてな。しっかり、食べるんだぞ」
その言葉は、とてつもなく苦しいものだっただろう。だが、分かつしかない運命だと、それを理解して。苦しいながらに。しかし、伝えようとしたのだ。
そのふたりを皮切りに、周囲の面々も感謝とはなむけの言葉を投げかける。――この場に、警備隊はいなければ、それを密告するような人もいない。証拠もない。これが、最後の機会だった。
ある人は涙を浮かべながら、ある人は拳を握りしめながら。
運命の残酷さを、噛み締めながら。
「うん。わかった。みんなも元気で」
それらの言葉を受け取ったメルラはそう短く返してから。エアハルトの隣へとやってくる。
「よかったのか、もう」
「うん。これ以上は、辛くなるから」
「……そうか」
未だ幼い彼女の、その年齢に不相応な覚悟を受け取ったエアハルトは、歩き始めた。
後ろからは、未だ、メルラへの言葉が投げかけられていた。
それから、メルラはエアハルトの元で修練を積んでいった。
魔力の扱いや、魔法の基本的な使い方。なぜか最初の頃は魔法を使えないでいたが、それでもしばらくする頃には、十二分に扱えるようになってきて。
そしてそれとほぼ同時。メルラの特異性についても、はっきりとわかるようになってきたのだった。
「おししょーでも、知らない魔法なの?」
「……ああ、少なくとも俺の把握してる範疇の魔法には該当しない」
メルラは、魔法使いの歴史上にただの一人も該当しない、固有の魔法を持っていた。
それは、彼女の生まれ育った街を守るために行使され続けた魔法であり。そして、その魔法をうまく扱えないでいたがために、その魔法にリソースを奪われ、今までうまく魔法を扱えなかった、原因。
「未来視か、あるいは未来予知。といったところか」
「ふふふ、私、すごい?」
「……ああ、すごい」
メルラの固有魔法は、未来を見通すことができる、魔法使いの歴史上、有史以来誰ひとりとして使い手がいたという記録のない伝説上の魔法、未来予知だった。




