#118 魔法使い連合の知り合い
そこに立っていたのは。以前、ゼノンの街でルカとエアハルトと対峙した、ヴェルズだった。
「……案内は俺が付きます。ここが嫌いな先輩がわざわざ来たってことは、余程の用事なんでしょ?」
どうやら、魔法使いたちの襲撃がないのは、ヴェルズが止めてくれているかららしかった。
「まあ、起こらないに越したことがないことを、止めに来た」
「……無駄だと思いますけどね。上はやめる気がサラサラないみたいですし。むしろ魔法使い側の戦力として加勢してくれって言われると思いますよ?」
呆れつつ。そして、心配するようにヴェルズがそう尋ねる。
「無論、そのときは断る。俺は事が起こらないように立ち回るし。万が一に起こったときには、どちらの立場からでもなく、終わらせるために尽力する」
「孤立陣営、ですか。一番きつい立ち回りですよ?」
「わかってる。だが、そうしないと、正解にはたどり着けないと思っているから」
「……相変わらずですね」
ヴェルズは、呆れつつも。しかし、全く信じていないというわけでもない、といった様子でエアハルトの言葉を聞いた。
「頑張ってください。応援をするわけではないですが、かつての後輩からの、せめてもの言葉です」
「……ああ、ありがとう」
ヴェルズからの言葉を、エアハルトはしっかりと受け止めておく。
彼としては、エアハルトに味方になってほしい、という気持ちがあるのは確かだろう。だが、ゼノンでお互いの主義主張をぶつかり合わせた結果、それが叶わないということを理解している。
だから、そんな言葉だけを。せめてもの自分の立場を伝えるという意味で、エアハルトに投げかけたのだろう。
「……一応聞いておきたいんですけどちなみに、どこからそんな情報を仕入れてきたんですか。正直、俺らとしても秘密裏に行っている以上、結構問題なんですけど」
無論、それが置きかねないことをエアハルトが知っていることはウェルズも把握していたが。まさか、もうすぐ起ころうとしているということまで、彼が知っているとは思わなかった。
「まあ、俺の方にも、特殊な情報網があるからな。もちろん、詳しくは言えないが」
「そうっすか。……まあ、いいですけど」
ウェルズも、このあたりを不用意に話すことが、自身や協力者の身の安全に関わることを知っている。だから、深くは追及しない。
まあ、これについては。現状のエアハルトの情報網に、ルーナや、そこから起因する派閥に警備隊が、間接的にとはいえあることもあって、話すわけには行かないという事情はあるが。
そんなことを話しているうちに、連合の敷地の中央にある、屋敷へと到着する。
案内はここまでです、と。ウェルズはそう言いながら、背を向けてどこかへと立ち去る。
「ありがとな、ヴェルズ」
「……別に、ここで面倒なやり合いが起こるほうが不利益だと思っただけです」
ウェルズは、ややぶっきらぼうにそう言うと。そのまま森の中に消えていった。
なんだかんだと素直じゃないのは、相変わらずなようであった。
「さて。それじゃあ俺も、ここに来た目的を果たすとしようか」
目の前の建物に目を遣りながら、エアハルトは大きく息を呑む。
ここでの立ち回りが、ここから先の運命を大きく揺るがしかねない。返して言えば、大きな分岐点にもなりうる、そんな場面。緊張が走り、自ずと身体に力が入る。
エアハルトが館のドアに手を合わせ、そのまま押して開く。
扉の向こうには、ふたつの影があった。
「やあ、久しぶりだね。待っていたよ。君が来ることはメルラから聞いていたから」
「……………………」
やけにフランクに話しかけてくる金髪の青年と、その隣で、人の丈程ある巨大な枕に抱きつきながらフヨフヨと中を浮かんでいる亜麻色の髪の少女。
少女は依然として目を閉じたままで、規則正しい呼吸をしている。
「ローレン、それからメルラ。久しぶりだな。メルラは、起きてるよな?」
「……ん、起きてる」
メルラは眠りながらに浮遊魔法を(そっちのほうがよく眠れるからという理由で)使えるようになっているから、パッと見では起きているか寝ているのかがわからないが、さすがに起きていたらしい。
「いやあ、エアハルトがちゃんと僕のことを覚えていてくれたとは! 嬉しいなあ! 勝負しよう!」
「ローレンの負け。だから暑苦しいのはしなくていい」
「そうなのかもしれないけど、勝負からしかわからないことも成長もある! さあ! やろう!」
「……いずれにしてもあとで。この時間じゃないと、連合にめんどくさいのが帰ってきちゃう」
血気盛んに勝負を挑んでくる自称エアハルトのライバルであるローレンに、メルラは勝敗の断定をして、サッサと話を進めようとする。
「そうだね。……安心していい、現在、面倒くさい輩どもはメルラのおかげで外出中。だから、幹部級は僕らしかいない」
「エアハルトがあいつらのこと嫌いなの、知ってるから」
「……悪いな。そこまで気を遣わせてしまって」
「ああ! だから勝負しよう!」
「ローレン、それは後でにしてってさっき言った」
なにかとつけて勝負してこようとするローレンに、メルラがバッサリと会話を断ち切る。
仕方がないな、と。ローレンは肩を竦めながらに、エアハルトのことを応接間に招待する。
「さて、エアハルト。君が来た理由についてをいちおう聞きたいんだが」
「言われなくてもわかってるだろ? ローレン。俺がわざわざこんなところに来てる理由は」
「……まあね。僕は幹部だし、だいたいの魔法使い連合の事情は把握してる。どっちかというと、どうやってその情報を知ったのかという方が不思議ではあるんだが」
「いろいろあるんだよ、いろいろ」
先程ウェルズにしたのと同じように、エアハルトは適当に受け流す。
「まあ、ともかくだ。なんで来たのかがわかってるってことは、俺の言いたいこともわかってるんだろ?」
「うん。やめろ、あるいはやめさせろ、だろ? ……そうしてあげたい気持ちは山々なんだけど、残念ながら僕ひとりの力じゃどうにもできないかなぁ」
「ローレンならそうだろうな。だが、メルラならできるだろ」
「……………………」
未だに枕に抱きつきながらフワフワと浮かんでいるメルラは、エアハルトのその言葉に少しだけ身じろぎをして、聞いていることは示しつつも、しかし、答えない。
そんな彼女をかばうようにして、ローレンはエアハルトの視界に強引に入り込んできて、笑顔を作りながらに言う。
「可能か不可能かで言えば可能だろう。でも、あんまりそれをやり続けるというのも、メルラにとっても不都合なことは理解してくれ」
「……すまない」
エアハルトの謝罪に、ローレンはいや、いいんだよ、と。
ローレンとて、エアハルトの要求が自然なものであることは理解している。
「それに、今回のことについて。メルラは最初から反対の意見を出そうとしていない。……たぶん、うまく回避する手立てがあるんだと思う。ね? メルラ」
「……ローレン、うるさい」
「ほら! メルラもそうだって言ってる!」
「今のどこが肯定だったんだ」
ハハハッ、と笑ってみせるローレン。エアハルトはツッコミを入れるが、全く気にする様子のない彼の様子に、絶妙にやりにくさを感じる。
「まあ、そういうわけだから。来てもらって悪いけど、僕らからではどうにもできない、というのが答えになる」
「……いや、まあ、そうなるだろうとは思っていたから」
群を抜いての、魔法使い連合での穏健派でのこのふたりでこの答えなのだから、おそらく他の誰に言っても無理だろう。
「エアハルトは、止めるつもりかい?」
「まあな」
「無茶だとは思わないのか?」
「同じことをウェルズからも言われたよ」
「ウェルズ……ああ、君の後輩だという彼か。ちょっと暴走気味になるときもあるけど、いい子だよね。最近は少しだけ丸くなってきたし」
うんうん、と。そう頷きながら、ローレンがウェルズのことを思い出す。
「まあ、君がそうするというのなら、僕やメルラは止めない。他の幹部は君のことを誘おうとしてくるかもしれないけど、無視してくれて構わないよ」
「言われなくても、俺は俺のやるようにする」
「うん、それでこそ僕の好きなエアハルトだ。よし、それじゃあ勝負しよう!」
「……ローレンの負け。無駄。やらなくていい。あと、少しふたりだけで話したいから、出てって」
「おっと、ウチのお姫様からの御命令とあらば、従わないわけには行かないね。でも、エアハルト、しないって信頼してるけど、女の子とふたりきりだからって変なことしたらだめだからね?」
「しないが?」
「はははっ、わかってるさ! それじゃ、僕は一旦退室するから、おふたりで楽しんでくれ! あと、エアハルトは後で勝負しような!」
そう言いながら、無駄に元気なローレンが部屋から出ていく。
パタリと閉じた扉に、さっきまで大音量がいたのが嘘みたいに部屋の中が静かになる。
「えっと、変なこと、する? 私は別にいいけど」
「だからしないが?」
「ふふふ、冗談。……それよりも、久しぶり、おししょー」
「ああ、悪いなメルラ。顔は見せてやりたいとは思ってたんだが、あんまりここには来たくなくてな」
「知ってる。それでも、おししょーについていかずにここにいるって決めたのは、私だから」
眠たげなまぶたを上げながらに、メルラエメラルドの瞳でエアハルトのことを見る。
ふにゃっとした、力の抜けた笑顔を浮かべながらに、メルラは「おししょーの顔だぁ」と、そうつぶやいた。




