#117 大罪人と因縁の場所
「ルカ。留守番できるか?」
「えっ? うん、大丈夫だけど」
家に帰ってきてから、しばらくの日が経った後。エアハルトがそんなことを突然に尋ねる。
ルカはコクリと頷きつつも。しかしなぜ突然にそんな話になったのか? と。少し首を傾げる。
精霊騒ぎのあと、しばらくの間は付近に警備隊が集まることもありはしたが。ミリアなどの働きかけもあったりして、そういった噂も鳴りを潜め、今ではどちらかというとしばしば研究体質の人間を見かける程度で、周辺環境もかなり安定してきている。
「まあ、このあたりについては問題はないんだが。すこし、気になる話を聞いてな」
「なにかあったの?」
「……まだ今のところは、なにも起こってはいない」
エアハルトのその言い回しは、まるでこれからなにかしらが起こると言うことを把握しているかのように見える。
「お、なーにふたりではなしてるんだい?」
エアハルトとルカのその会話に、ぴょこっと割り込むようにしてゼーレがやってくる。
「ゼーレも留守番を頼めるか?」
「うん? まあ、私は構わないけど。それを言うなら今回はルカも休みなんだね?」
「ああ。確認をしに行きたいというのが理由だが。しかし、あそこはあまり、いいところじゃないからな」
「ふーん。……あんまり、いい話ではなさそうだね」
「そうだな。俺も、できるなら行きたくはない」
それなら行かなければいいのに、と。ルカはそう思いはしたものの、口には出さなかった。
それでもなおエアハルトが行くというのであれば、そうしなければならないなにがしかの理由があるのであろう。
「……気をつけてね? ここが、エアの帰ってくる場所だから」
「ああ、もちろんだ。わかってる」
くしゃくしゃっと、エアハルトがやや乱雑気味にルカの頭を撫でてやる。
少しばかり痛いけれど、これはこれで悪くはない。
それじゃあ、行ってくるから。と、エアハルトがそう言って、森の外へと行ってしまう。
ルカも、本当はついていきたい気持ちもなくはなかったけれど。エアハルトから留守を任されたのだから、しっかりとその任務を遂行しなければならない。
「……あんまり、いい予感はしないねぇ」
ポツリと、エアハルトの背を見送ったゼーレが、そうつぶやく。
「なんだかんだで、エアハルトはしっかりと付き合う相手を見ているだろう?」
ゼーレのその言葉に、ルカは少し記憶を掘り起こす。
たしかに、基本的に彼が好意的に付き合いをしている人物については、大抵の場合ちゃんと話ができるし、無論、悪い人に遭遇することも少ない。
敵対しているはずの警備隊の人物であるマルクスやテトラであったとしても、基本的にはキチンと話ができている。
一番微妙だったラインで、ヴェルズだろうか。しかしそんな彼であっても、きちんと問答は成立していたし、彼の主義、心情に基づいて、わかりあえたかはともかくとして、対話自体は成立していた。
「そんなアイツがあんまり行きたくないってことは、そういうところが通じない。まともに話ができないやつに会いに行くのかもしれない。……当然の話ではあるが、その手の奴らはなにを言っても聞かないし、頭でっかちに物事を無理やり押し進めるから、問題を引き起こす」
厄介事に巻き込まれなければいいけど。と、ゼーレはそう言いかけて。しかし、そこで引き止まる。
いや、巻き込まれないためならば、わざわざ渦中に飛び込む必要性もない。エアハルトが億劫に思いながらも、自分からその足で向かっていくとあうのは、合理性に欠く。
じゃあ、なんで? わざわざ厄介事に巻き込まれるようなことを。
いや。そもそもの前提が違うのか。エアハルトはまだなにも起こっていないと、そう言っていた。つまり、これから起こる可能性については十分示唆しているし、そしてそれについてを察知しているということになる。
つまり――、
「厄介事を回避するわけでななく、そもそも厄介事が起こらないように対策しに行った?」
正直、バカがあるいは狂気というほかないだろう。
先程、ゼーレがルカに説明したように。話が通じない相手は、なにを言おうとも自分が正しいと誇示して止まろうとはしない。それこそ、力技で無理やり止めでもしないとその歩みは止まらないだろうし、そこまでしたとしても、目を話した瞬間に動き出すかもしれない。
それを、まさか無理やりにでも止めようとしているというのだろうか。
「前から思ってはいたが、あの男は変なところで阿呆だな」
「でも。そういうときは、だいたい助けるためにしてるはずだから」
そう応えるルカの手は、少し震えていた。
ああ、これは私のミスだ、と。ゼーレは自省する。
驚きが根幹にあったとはいえ、思っていたことをそのまま口に出してしまった。それによって、隣にいるルカがひどく心配をするであろうことを失念して。
せっかく、エアハルトは心配させないようにと、事情を伏せながらに行ったというのに。
ゼーレは隣にいるルカの背をそっと撫でながら、ゆっくりと宥める。
「大丈夫だ。あのエアハルトが負けることなんて、そうないだろうし」
それこそ、魔法使いによってたかって襲われでもしたら危ういだろうが。しかし、それでも余程の人数差でも無ければ、基本的には優位に立ち回ることができるだろう。
それほどに、エアハルトは強い。
「それに、あいつは言ってただろう。ここに帰ってくるって」
そう。ここが帰るべき場所だというルカに対して、エアハルトは肯定で返したのだ。
だから、帰ってくる。と、そう伝える。
「そのためにも、エアハルトがいつ帰ってきてもいいように、しっかりとここを守ろう」
「……うん」
ゼーレの言葉に、ルカが少しだけ気持ちを持ち直す。
「そうだ。この間の芽。あれをしっかりと育てておいて、帰ってきたときに驚かせてやろう!」
「そういえば、エアもゼーレさんもあれについてわかってるみたいだったけど、あれはなんなの?」
「まあ、それについてはあとのお楽しみってやつだ。ただ、悪いもんじゃないどころか、こんなもの、見れるほうが珍しいくらいだから」
それこそ、エアハルトがパッと見で判断できなかったほどには、珍しい存在である。
しっかりと、ルカには驚いてもらおう。
「ここに来るのも、久しぶりだな」
侵入者避けの魔法が張られていたようだが、正直エアハルトにとってはこれくらいなんということもない。
本来ならば、しっかりと手続きをしてから客人として訪れるべきなのだろうが。しかし、思ったよりも事態の進行がよろしくないらしい。
魔法使い連合――魔法使い至上主義者の総本山。それが、エアハルトが訪れた組織だった。
エアハルトにとっては、あまり好ましくはない――無論、話が通じるやつもいるが、多くが人間に対する強い恨みを抱えており、世情の優勢を人間と魔法使いでひっくり返そうと言う意見に賛同するものが多い。
別にその考え方自体をエアハルト自身、賛同はしないが、同時に否定するわけではない。しかし、そのための手段が好ましくない。
例えば、ミリアやダグラスとエアハルトが出会うきっかけになったのは、ここの魔法使いが理由だったりする。……つまり、ミリアやダグラスたちの暮らしていた村を焼き払い、エアハルトと対立した魔法使いが所属しているのが。
そして、そういう派閥が。この組織の中では比較的マジョリティだったりする。
「正直、来たくはないんだけどな」
この魔法使い連合に於いて、エアハルトの扱いは少し特殊である。
魔法使いの敵、人間に味方する裏切り者、とするやつもいれば。
その反面、エアハルトの実力のみを判断材料に、ぜひとも入ってくれというやつもいる。
あるいは、血気盛んな魔法使いに。悪意なく突然襲われることもある。
「……まあ、今回は実質不法侵入だから、襲われるのに関しては構わないんだが」
しかし、それにしては魔法使いたちが攻撃してこない。
自分たちの領域に侵入者がやってきたというのに。
どういうことだ? と。エアハルトがそう考えていると、遠巻きに、見知った顔が見えてくる。
「……生きてたか、ヴェルズ」
「あの程度じゃくたばりませんよ、……久しぶりですね、先輩」




