#109 魔力欠乏の原因
「なかなか目を覚まさないねぇ」
ゼーレが、眉をひそめながらにそう言う。
これは、正直あまり良くない状況だった。
魔法使いがひとりならば。いや、この人数なら、ふたりくらいであれば、なんとか連れ出しながらに脱出もできただろうが。しかしながら、ここに横たわっている魔法使いの数は5人。仮にひとりがひとりを背負って連れ出したとしても足りない人数だ。
エアハルトやガストンが合流すれば不可能ではないかもしれないが、彼らがこちらに合流してきていないあたり、陽動や警戒に必要以上にリソースを割かれてしまっているのだろう、
で、たるならば。気絶状態の彼ら彼女らを連れ出せないのであれば、魔法使いたちが意識を取り戻すのを待つほかないが。そうなると、必然的に待つ時間が発生してしまう。
長時間の待機をすればするほど、当然だが、侵入がバレる可能性が高まる。だから、待つにしてもできるだけ早く起きてほしいものなのだが。
チラと横たわっている魔法使いたちの様子を見る。
完全に、魔力と体力とが欠乏している状態だ。異常と呼ばざるを得ないレベルでの魔法の行使がそこにあったのだということが理解できる。
コイツラが目覚めるでもよし、エアハルトたちの手が空いてこちらに合流できるでもよし。そのどちらでもいいから、状況が好転すればいいのだけれども。
そんなことを思いつつ、警戒を張り巡らせているゼーレが、その探知に引っかかる反応を発見する。
魔力の量は、明確に少ない。自身の持つ契約にも関係性がないことは明らかだった。
つまり、これはエアハルトたちではない。そんな人物がこちらに近づいていることがわかる。
ゼーレは急いで「シッ!」と、全員に静かにするように指示して、そして周囲を見回す。
隠れられる場所などはほとんどない、殺風景な部屋。
なにあってくれればらくだったのだけれど、と。そんな悪態をつきながらに、仕方なく、ドアの裏手へ。
ここならば、万が一誰かが入ってきたとしても、開くときには扉が遮蔽となって、死角になる。
そのあとはどうするかは、咄嗟のこと過ぎてまだなにも考えられていないが。
「ったく、なんで俺らが犯罪者どもの様子を見に行かなきゃならねえんだよ」
「まあまあ、それが仕事だからな。それに、魔法使いとはいえども、無力化されてるから」
どうやら話を聞く限り、男の乗組員ふたりがこの部屋に向かってきていることがほぼ確実だった。
「ああ、たしか魔力を吸収する手錠だっけ? それのおかげでこの船が進んでるんだろ? まあ、魔法使いみたいな犯罪者なんだから、それくらいは世の役に立ってくれないと困るよなあ」
その発言に、ミリアが立ち上がろうとして。それをテトラが抑える。
しかし、抑えているテトラのその表情も、ひどく苦しそうなものだった。
手錠。たしかに、ついていたが。まさかあれが拘束具以上の意味合いがあったとは、と。ゼーレは、態度には出さないまでも、驚く。
そして、合点する。彼らの言い方。魔法使いが無力化されてるからと言うその発言。それを鑑みるに、おそらく、自分の魔力限界を超えて魔力を奪われ続けている。
魔法使いが魔法を行使できなくなる状況は、魔力が欠乏するほかほとんどありえない。で、あるならばあの魔法使いたちは全員、常時魔力欠乏になるレベルで魔力を吸い取られていることになる。
そうして無理矢理に過剰な魔力が吸い取られ続けた結果、彼ら彼女らは死の縁の魔力を吐き出し続けたのだと。
なるほど、だからこそ、彼らの体力がいつまで経っても回復しないわけである。ゼーレは、合点する。
次第に足音は部屋の前までやってきて。そして、止まる。
どうやら予想通り、この部屋に入ってくるらしい。
「ルカ、やれるか?」
「……うん」
入ってこられてしまう以上、なんとかする他ない。
この場でまともに戦えるのはゼーレとルカのふたり。対して、こちらに向かってきているのも、ふたり。
で、あるならば、おそらく対処はできる。なんなら、構成上、こちらは不意打ちの形を取れるのだかららしい有利まである。
ただし、反面不利なところもある。不利、というよりかは、正確に言うなれば達成しなければいけない勝利条件の違い、というべきか。
ルカとゼーレは、彼らに声を発させてはいけない。叫び声がでようものなら、聞こえた乗組員たちがこちらにやってきてしまう。それは、なんとしても防がなければいけない。
「ルカ、いい? あなたの魔法では人に対して十分な火力を出しづらい。必要なのは短期決戦。だから、私が一撃で仕留めに行くから、ルカはカバーと、これから捕縛をお願い」
小声で作戦の共有をして。緊張が、張り詰める。
ガチャリ、と。ドアが開いて。息を殺して。しばらく。
「まあ、見回りっつっても、こいつらがどうなってるかー、だけだけどな」
男たちが部屋の中に入ってきて、魔法使いの様子を見に行く。
軽く見たところ、それなりに武装はしている。まあ、無力化されてるらしいが、それでもなお魔法使いを相手取るのだから最低限の警戒、というところだろう。
まあ、ゼーレやルカからしてみれば、その警戒は万が一がある場合には、随分と軽すぎる気もするが。
「いつもどおり、横たわってるだけだな。うん、問題ない。帰るぞ」
「おう、それじゃあ――」
振り返ったふたりの男。その視線に、人の姿を見つけ、ピシャリと身体が固まる。
侵入者の発見。それも、よりによって機関部である。
まずい、誰かに知らせないと――、
そう思いながらに、しかし、突然のことに、どうするべきかと頭の中が混乱する。
武器を構えようと手が浮つき、救援を出そうと、声を出しかけて。しかし、それぞれがそれぞれに対して、中途半端であるが故に、どうにもうまく動けていない。
そんな状態であるがために、
「悪いな。誰か呼ばれるとこっちは困るんだ」
ゴスッ、と。鈍い音を立てて、その脳天に叩き落された拳。
そのままふたりの身体はゆらゆらと静かに崩れ落ちる。
そうして、ルカの召喚した植物によって身体をぐるぐる巻に捕縛される。
「これで大丈夫、かな?」
「うん、上等だろう。……さて、それじゃあ」
思ったよりもあっさり解決したが。まあ、魔法使いでもない一般人に対して、不意をついて攻撃したのだから、まあこうなるだろう。
ゼーレは気絶している男の身体を軽くまさぐり、そこにあるであろうものを探した。
「お、たぶんこれかな」
お目当てのものを見つけた彼女は、それを引っ張り出す。
ジャラジャラという音を立てながらに、金属の輪にまとめられた大量の鍵。
「鍵?」
「ああ、手錠のな。アイツらの話を元に考えるなら、あの手錠を外す必要がある。……まあ、思っていたよりも鍵の数が多いが。4人で手当たり次第やっていけば、なんとかなるだろ」
元々は魔法を使ってなんとか壊すつもりだったのだが、魔力を吸収する仕組みのある手錠とのことだ。あまり効果を示さない可能性がある。
それこそ、ルカが経験した遮りの魔窟の壁面のように、魔力を受け付けない仕様のようななにかがあるやもしれない。
ならば、都合よく鍵を持った人間が来てくれているのだ。ありがたくそれを使わさせてもらおうじゃないか、と、
ゼーレはそう話すと、輪を壊して鍵をざっくり4人で分ける。
それじゃあ、やっていきますかねぇ、と。そんなゼーレの言葉を号令にして、それぞれ、ひとつひとつの鍵が合うかどうかを確かめていく。
地道な作業が、静かな空間の中で行われていく。
「お、ビンゴ。外れた」
どうやら、1つ目が外れたらしかった。上機嫌で鼻を鳴らしながらにゼーレは、もう一人の手錠に取り掛かり始めた。




