#108 幽霊船の真実
船内に侵入すると、嫌に暗い空間の中、じっとりと湿って重たい空気が充満していた。
「……いちおう、普通の貨物船、に見えるね」
「うん、それは、そう」
テトラのそのひとことに対して、ミリアがそう返す。
外見でも貨物船であったのだから、中に入り込んでも当然貨物船であることには変わりないはずなのだけれども。
事前に事情を聞かされていたからだろうか。そんな当たり前のことだというのに、確認せずにはいられなかった。
「ルカちゃん、その魔法使いってのは、どっちにいるの?」
「……こっち」
テトラから言われて、探知を行ったルカは、そのまま船尾の方向へと指で指し示した。
ゼーレはそんな彼女の言葉に、口は挟まずも肯定の態度を取る。
ふたりがそちらにいるというのなら、おそらく正しいのだろう。
あくまで今行っているのが不法侵入であるということを重々に理解した上で、他の船員にバレないようにと、貨物や機械などの陰に隠れつつ、慎重に移動をする。
ゆっくりと進んでいたルカが、交差する通路に侵入しようとした瞬間、グイッとゼーレによってその身体を引き戻される。
直後、目の前に大柄な男がひとり通って。その事実にルカはバクバクと心臓を跳ねさせる。
ゼーレの隠密魔法のおかげもあって、多少であれば認識阻害が通用するが、それでも至近距離は危険である。
気をつけるように、という彼女の視線にコクリと頷き返して。ルカは再び進行を再開する。
「……かなり、近くなってきた」
ルカがポツリとそうつぶやく。なにが、とは言わずとも。この場にいた全員がなんのことなのかはハッキリと理解していた。
件の魔法使いの所在について、だ。
ゼーレも同様に関している、魔力の濃度による知覚ではあるが、かなり距離が近づいている。
同時、これについてルカが感じ取れているとは思わないが、エアハルトも近距離まで接近している。この知覚に関しては魔力によるものもあるが、どちらかというと契約に依るところが大きい。
まあ、どちらにせよ。エアハルトも来ているのであれば、ここでアタリと見ていいだろう。
「この部屋、かな」
動力室と書かれたその部屋の前で、ルカが立ち止まる。
「動力室ってことは、この船が動くための機械が入ってる場所ってことだよね?」
「そう、なるな」
ミリアのその質問に、ゼーレが少し言葉をつまらせながらにそう答える。
「急いだほうがいい。ルカ。本当に、死にかけてる」
「……ッ!」
「反撃への警戒なら私がやる。治癒は使えるよな?」
「うん、できる」
手短にゼーレと工程を確認しあってから、ドアの前に立って。
そして一気に侵入をする。
「……どこっ!」
ぐるりと一周見回して。それらしき人影を探す。
暗がりであることもあって、視界が悪い。光球を用いて周囲を照らしながら、中に進み。
そうして、奥側に数人。鎖に繋がれた人の存在を確認する。
「ひとりじゃ、ない!?」
「こんなにいたのか。……いや、今はそれどころじゃない」
ルカとゼーレのふたりでその集団に駆け寄る。ルカは全力で治癒に専念。ゼーレも、警戒は解かずに、しかしながら手伝い程度には治療を開始する。
「あの! 私たちにできることは……」
「エアハルトから水薬を預かってる。体力の回復作用があるものもあるから、それを飲ませてやってくれ!」
ミリアがゼーレに指示を仰ぐと、彼女からカバンが投げ渡される。
中には、ガラスの小瓶に入れられた色付きの水。おそらくはこれのことだろう。
ミリアがテトラと分担しながらそれを飲ませようと、彼女の方を振り返ろうとすると。しかしながら、テトラはなにか遠くを見つめたような様子で。
「テトラさん?」
「あ、ご、ごめん。どうしたの?」
「その、これをあの人たちに飲ませるのを手伝ってください……!」
「わ、わかった!」
急遽執り行われた治療に対して、少しずつではあるものの、魔法使いたちの生命が安定してくる。
ひとまず、ひとしきりの治療が終わり。一旦は大丈夫だろうというところまで対処したあたりで。
「そういえば、エアハルトたちはどこにいるの?」
ミリアがそんな質問をぶつけてくる。それに対しては、テトラが簡単に説明してくれる。
「私たちがここに入ったのを確認して、他に同じく捕まっている魔法使いがいないかの確認と。それから、ここに他の船員たちが近づいてこないようにの警戒をしてくれてるみたいだな」
そういえば、治療を始めてからそこそこの時間が経っているというのに、足音すら近づいてきていない。どうやら、エアハルトたちが工作をしてくれた結果のものだったらしい。
ミリアが無事そうなのなら、良かった。と、ひと息つこうとしていた、そのとき。
「おかしい」
と、テトラがつぶやいた。
先程から、なにかをずっと考え込んでいた彼女だが。はっきりとそれを言葉に出したのはこれが初めてだった。
「なにがおかしいの?」
ミリアにその言葉についてを聞き返されて。一瞬同様を見せたテトラではあったが、ひとつ息を整えてから。
「あの、えっと。違和感が主にふたつあって」
ピッと、テトラは鎖に繋がれた魔法使いたちを指差す。
「魔法使いが、こんなところで捕まっているのが、おかしいです。……それも、そのうちのひとりには、見覚えがあります。最初は見間違いかと思ったんですけど、やっぱり、そんなことは、ない」
「対峙したことがある魔法使いってこと?」
テトラは、戦闘員でなないものの、警備隊の所属ではある。だからこそ、魔法使いと対峙したことがあっても不思議ではない。
だが、ミリアのその言葉には。半分だけあっている、という中途半端な答えが帰ってくる。
「会ったことなら、あります。けれど、出会ったのは、牢屋の外と中として、です」
つまるところが、捕縛された状態で、見たことがある、と。
「それから、脱獄をしたとか、そういう話を聞いたことはありません」
「……てことは、本来なら牢屋の中にいるはずの人物が、どうしてかこんなところにいるってこと?」
ミリアのその質問に、テトラがコクリと頷く。
ここにいる数人のうちの一人がそうで、かつ、全員魔法使いなのなら。全員がそういう立場の可能性まである。
「あと、疑問はもうひとつ。ここの部屋の名前って、なんだったか覚えてます?」
「えっ? たしか、動力室でしょ?」
「そうなんです、動力室。この規模の貨物船の動力室であれば、結構な大きさのボイラーが必要になってきます。あるいは、別な機会であったとしても、それなりに大きな規模のものが必要になってきます」
なのに、と。そう言いながらテトラは周囲をぐるりと見回す。
ミリアも、それに倣いながら同じように見回して。そして、ゾクリという違和感に気づく。
「そうなんです。本来動力室にあって然るべきの機械類が、一切ないんです」
動力室にあって然るべきの機械がなく。その代わりに、なぜか囚人であるはずの魔法使いが繋がれていて。
そうして、その魔法使いたちは死にかけになるまで魔力を搾り取られていて。
「……私は、自分の中の正しさが、なにかわからなくなってきています」
ミリアが行き着いた答えに。おそらくは、テトラも行き着いたのだろう。
「じゃあ、もしかして。この船の動力って」
「そうだとするなら、昨日の説明も理解ができます。……むしろ、その時点で少し疑うべきでした」
正体が貨物船だったとすると、昨日のルカからの話では、あまりにも移動速度が速すぎる。
つまり、普通の動力ではない。異常な動力を使用している。
「……ッ」
あまりにも残酷すぎて、そして、非道。
しかしながら、その現実は。魔法使いを捕縛する立場にいる警備隊のテトラに、重くのしかかってくるものだっただろう。
この船の動力が、囚えられた魔法使いである、というその事実は。




