#107 幽霊船の正体
案の定というべきか、想像どおりというべきか。翌朝になってもエアハルトたちが戻ってくることはなくて。
つまり、それが意味することは、未だその謎の魔力の正体について突き止められていないか、あるいは、見つけはしたものの、解決までに至っていないか。ということであった。
「それで、港の方って言ってたわよね?」
ミリアがそう尋ねると、ルカがコクリとうなずく。
ルカの先導の元で、ミリアとテトラとが一緒に、昨日の現場へと向かっていく。
昨夜は屋根伝いに移動していったがために細かな道などは把握していないものの。しかしその一方で、だいたいの方角と、それから魔力の気配とを伝っていくことで。なんとなくの場所であれば察知することができていた。
そうしてしばらく歩いていると、ちょうどエアハルトたちが道の隅っこでジッとしているのを見つける。
昨日一緒にいた、ガストンも隣にいるのがわかる。
おーい、と。そう声をかけようとして、そこでルカの動きが止まる。そういえば、先程からエアハルトが魔法を使っている様子がある。
ついでに、後ろにいるふたりは、エアハルトたちの様子に気づいていないようである。
いつか、こんな様子をどこかで見たことがあるような気がする。そこにいるのに、見えているのに、気づけていない。
ああ、そうだ。コルチの街のダンジョンから出てくるとき。エアハルトは隠密用の魔法を張っていた。
あのときもちょうど、今のミリアやテトラと同様に、兵士たちがそこにいるはずで、見えているのに、聞こえているのに、知覚ができない。
厳密には、知覚に対して、障害がかかっているような。そういう状況に陥っていた。
と、いうことは。
しー、と。エアハルトが、ジェスチャーで、あまり騒ぎを立てるな、と。そう伝えてくる。そういえば、あのときもひとりの声を皮切りに、周囲に一気に広まっていっていた。
つまり、ここでルカが声をかけてしまうと。あるいは近づいていくだけでも、周囲に対して認識阻害の魔法の効き目が弱くなるかもしれない。
それこそ、今でこそ気づいていないミリアとテトラだが。彼女たちはルカの行動に対して注目している状態なので、効果が切れるだろう。……まあ、この二人に関しては切れても問題がない、という側面はありはするけれど。
「ったく、世話が焼けるねえ。ほら、三人とも、こっちだよ」
ふと、後ろの方から声がしたかと思うと。人間の姿に変化したゼーレがそこに立っていた。
「あれ、ゼーレさん。どうしたの?」
「まあ、直前でルカは気づいたみたいだし、ふたりにはそもそも見えてなかったろうから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。あいつらが隠れるのの邪魔になるから、ある程度離れたところに行こうか」
「えっ、ということは、この辺に居――」
「ほら、黙った黙った。邪魔になるからさっさとあっちに行くよ」
ミリアのその口を塞ぎつつ、ゼーレは路地裏へと三人を連れて行く。
もがもがっと少しバレつつあったミリアだったが、そこにつく頃には多少落ち着いていて。離されてもそのまま静かにしたままでいた。
「それで? なんでこんなところに来たのさ。昨日、ルカから事情は聞いたんだろう?」
ルカだけならまだ来るのも理解はできるが、と。そう言いながら、ゼーレは呆れたような視線を向ける。
明らかに、この場は危なくなる可能性が高い。そんな場所に、明確に戦うことができないミリアと、一応の所属は警備隊ではあるものの、非戦闘員であるテトラとが来るのは、たしかに危ないことこの上ない。
「ええっと、それは……」
「……私が、お願いしたんです」
ミリアがなんと説明しようかと悩んでいると、その隣で少しうつむきつつ、テトラがそう言い放つ。
ほう、と。少し面白そうにしたゼーレは、彼女の続きの言葉をも待っていた。
「私は、つい昨晩に。その話をする、その時まで。ずっと、勘違いを。……いえ、偏見を、持ち続けていました」
それは、正直この国に暮らしている以上、仕方がない偏見ではあり。そして、だからといって、誰を責められるというものでもない。強いて言うなれば、制度を呪うことになるだろう。
だがしかし、それが揺らいだ彼女には、ひとつの可能性が見えてきて。それを確かめたく思って。
押し付けられた感情による差別ではなく、はっきりと、自分の意思で。
自分自身で見て、聞いて、感じて。そして、考えたもので。しっかりと、区別をしたい、と。そう思った。
「だから、ルカちゃんにお願いして、ここまで連れてきてもらったんです。情けない話だけど、もし、なにかがあったときは、守って、と。そうお願いして」
以前、洞窟で魔物と戦ったときには。無理にでも前に立とうとしていた彼女だったが。しかし、いろいろなものに触れて、わかった。
そう。あのときだって。自分はある意味では、ルカのことを見た目という偏見から差別していたのだ、と。
「そうかい。……それで、ルカ。お前さん、このふたりを守りながら戦えるのかい?」
「ええっと、その。が、頑張る」
「……だろうと思ったよ。まあ、それならなおのこと、私がこっちに合流してよかったよ」
「合流?」
昨日の作戦の内容を覚えていたルカが、ゼーレのその発言に首を傾げる。
昨日の話では、作戦の一つには必ずゼーレの存在が必要だから、多少はこうして離れるくらいなら問題なくとも、基本的には彼女はエアハルトたちと一緒に行動する必要があったはず。それなのに、大丈夫なのか、と。
「ああ、それなら気にしなくっていい。……ちょうど、一晩警戒し続けたこともあって、状況が変わってきてる」
ゼーレはそう言うと。ゆっくりと顔を上げて。そして、テトラの方へと視線を向ける。
突然なぜ、と。彼女は疑問符を頭に浮かべながらに考えていると。にひっ、と。笑ったゼーレによって、なんとも、運がいいことで、と。
「昨日は爆速で会場を移動していた謎の魔力源だが。どうやら、ゆっくりとこっちに向かって近づいてきている。速度は十分に減速しているから、おそらく、このままこの街へとやってくるはずだ」
「……えっ?」
「どういう目的化はわからない。けれど、ここに来るのであれば、待てばいいだろう、と。そういうわけさ」
にひひ、と。ゼーレはそう笑って。よかったな、と。テトラに言う。
「しっかりと、なにが起こっているのか。そこ目に焼き付けるといい。……まあ、私たちもまだなにが起こっているのか、ということまではわかっていないんだが」
だが――、ゼーレはそう言いながら。少し考えて。
けれども、そこまでやっておきながら、彼女は「やっぱりやめた」と。
「どうせなら、実際に見てからのお楽しみとしようじゃあないか。安心しな。そう時間もしないうちに、やってくる」
淡々と言ってみせるゼーレに。
たしかに、大きな魔力がこちらに向かって近づいてきている、その感覚が。ルカにも感ぜられていた。
「正直、冗談半分程度に、幽霊船幽霊船と、そう言っていたんだがなぁ……」
ゼーレは、呆れたようにして。そう言い放つ。
しばらくして、港へとやってきたのは。意外なことにもただの船。
どうやら貨物船なようで、その大きな船は水夫たちと、そして、港の男たちによって次々に荷物が降ろされていく。
「ただの、貨物船、よね?」
「私にも、そうにしか見えません」
ミリアが尋ねたことに、テトラがそう返す。
しかし、ルカとゼーレの視線は相変わらず鋭いままで、船の方を捉えていた。
「ねえ、ルカちゃん。本当にあの船に、魔法使いがいるの?」
「……うん。ほぼ、確実にいると思う。嫌な魔力がする」
昨日の夜に感じた、生気の混じった、危険な魔力。
その気配が、少し弱まりはしたものの、確実にそこからしているのがわかる。
「死にかけたから弱まったのか。あるいは、別な理由で弱めたのか」
例えば、街にいる警備隊に見つからないために、とか、そんなことをゼーレたちが考えていると、水夫たちの間を縫って、エアハルトたちが侵入するのが見える。
「ねえ、ゼーレさん。私たちも、なんとか入れない?」
「……四人か。まあ、なんとかならないでもない、かな?」
仕方ないか、と。ゼーレは少しため息を付きながら、自分たちに隠密魔法をかけてくれる。
魔法使いの使うものと違い、精霊用ではあるために機序や効果などには差はあるが。侵入するその時くらいまでなら、なんとかなるだろう。
「よし、それじゃあ。……いこうか」
ミリアがそう言いながら、四人は急いで、エアハルトたちと同じく、船の中に侵入していった。




