#106 テトラの自覚
とはいえ、夜も遅く。また、ひとまずの警戒であればエアハルトとガストロの二人がいるだけで十分である、ということもあって。ルカは獣化したゼーレの付き添いの元、一度宿へと帰ることになる。
行きと同じく彼女の背に乗せてもらいながら、高速で夜の街を駆け抜けていく。
「私は、3つ目の作戦の都合、送り届けたら直ぐに港の方に戻らなきゃだけど、もう出てきちゃだめだからね?」
「う、うん……」
こっそり抜け出して様子を見に行こうかな、なんて。そんなことを考えていただけに、釘を刺されたルカは冷や汗を流す。
どうやらその考えも全部お見通しだったゼーレには、ケラケラと笑われてしまう。
そうして、宿のそばまできて。ルカがゼーレから降りると。それとほぼ同時、少し離れたところから声がする。
「ルカちゃん! どこに行ってたの!?」
どうやら目を覚まして、ルカが隣にいなかった、ということに気づいたミリアとテトラが彼女のことを探してくれていたようだった。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと、散歩に行ってて」
「そっかぁ。それなら仕方ないねぇ。……いや、仕方なくはないか」
テトラが自問自答するようにしてそんなことをつぶやく隣で。ミリアは少し考える。
「……ねえ、ホントにただの散歩?」
「ふぇ!? う、うん。そうだよ!?」
ルカは慌ててそう取り繕うも。しかし、自身に嘘が向かないことはよく承知であり。そして、それは隣にいたゼーレについても同じくであった。
ゼーレは小さくため息を付きながら、その様子を眺めていると。ミリアが、少し踏み込んで追求してくる。
「ルカちゃんがいないってわかってから、アイツの部屋も確認しに行った。いなかった。……それに加えて、ルカちゃんが外出してて、ゼーレちゃんと一緒に帰ってきて。これで、なにもないってのは流石にないでしょう」
エアハルトだけの外出なら、まだわかる。
だがしかし、ルカまで居なくなっているのが不自然すぎるのだ。それも、帰ってきたのはルカだけ。
そもそも、ルカが一人で夜間に散歩にいくようなタチかといえばそんなわけもなく。エアハルトに付いていったかと言っても、そういうわけでもない。
なにかある、というのはどう見ても明らかではあった。
「ねえ、ルカちゃん。言えないのなら、言えないって言ってくれたらそれでいいから」
ミリアは、そう伝える。
なにもなかったのなら、なにもないでそれでいい。
ただ、伝えられないだけでなにかあるのなら、それはそれで伝えてほしい。
なにも知らないままで、わからないうちに誰かが傷ついているのは、嫌だ、と。
「……ゼーレさん」
「まあ、別にいいんじゃないかね? 口止めされてるわけでもないし」
強いて言うならば、この場に警備隊の人間がいる、ということがありはするものの。しかし、ここまで行動を共にしているのだから、もはや誤差と言ってもいいだろう。
まあ、当の本人はというと、まさか自身が最後の懸念事項であるだなんてことは全く思いもしていないような様子だったが。
「まあ、最初に言ってたとおり、私は今から港に戻るから。……その話をするなら、せめて部屋に入ってからにしな」
ミリアにも、追及はその後にしてやってくれ、と。そう声をかけておいて。
つまりは、そういう話なのだと、暗に伝える。
「わかった。……それじゃ、とにもかくにも一旦部屋に戻りましょう」
ミリアが先導する形でそう言って、ひとまず、三人で部屋に戻ることになった。
「ええっと、つまり、どういうこと?」
ルカの説明に、テトラが頭を傾げる。
「ご、ごめんなさい。私の説明が下手くそで」
「……いや、これに関してはテトラさんの頭が回ってないだけな気が」
現に、ミリアは理解できているし、と。そう言う。
まあ、テトラは先程にミリアから叩き起こされたばかりなので、まだ寝ぼけている最中なのだろう。
「とりあえず、その、変な魔力……死にかけの魔力? ってのがあって、それがここの近くで発生してるのね?」
「う、うん」
「それで、このまま放置してるとその人……魔法使いが死にかねないから、とりあえず救助をしようとしてる、と」
「そうなるね」
ミリアが軽く纏めたその内容に、ルカが肯定して。
そして、テトラがほぇー、と。間の抜けた声を出す。
「……みなさん、優しいですね」
「えっ?」
「あっ、いや。助けることに対して疑問を持ってるとか、そういうわけじゃないんですけど」
ルカの反応によって、自身の失言に気づき、ぱっちりと目が覚めたテトラは慌てて訂正をする。
「たぶん、エアハルトさんたちと今まで一緒にここまで来たけれど、心のどこかでは、まだ魔法使いっていうひとつの大きなくくりで考えてたんだと思う」
それは、あまりにも大きく、そして深く、根強く染み付いてしまっているくくり。
魔法使いは、大罪人である。悪である、という、そういうくくり。
しかし、少しずつその考えが揺らぎつつあったテトラの中で、やっと、今、ひとつの答えが出つつあって。
「当然といえば、当然だけど。魔法使いにも、いろいろいるんだな、って」
私が今までであってきた魔法使いたちは、軒並み悪い人ばっかりだったので、と。
まあ、テトラの所属のことを考えると、それも仕方がないことだろう。警備隊のところに訪れる魔法使いは、すなわち捕縛された魔法使いなわけで。その過半数は悪事を働いていたことだろうし、あるいは特段そういうわけではなかったとしても、捕まった人間がなにも抵抗しないなんてことはあり得るわけもなく。
必然的に、テトラの中にある魔法使い像は、悪いものになってしまっていた。
「……私が、今まで出会ってきた魔法使いたちなら、きっとこんな場面に出会ったら、おそらく逃げ出してます」
それは、ある意味では当然の判断ではあった。
死力を賭した魔力の使用など、厄ネタでしかない。無論、それはすなわち見捨てることと同義にはなってしまうが、その魔法使いが行っているナニカに巻き込まれる可能性もあるし、あるいは警備隊なんかに追いかけられている状況下のような可能性もあるわけで。そうなれば、完全に巻き込まれ事故になる。
今回に関しては海上ということもあって、警備隊なんかの可能性は低い……とはいっても、船を使ったチェイスが行われている可能性などもなくはないが。
しかしそうなると、今度は正体不明の魔力を使い続けているわけで。どちらにせよ、かなり危険極まりないことには変わりないわけで。
「もちろん、エアハルトさんやルカちゃんがイレギュラーな魔法使いってのはわかってますけど。それにしても、優しいなって」
こんな優しい子が魔法使いだなんて、と。困ったような笑顔を浮かべながらにテトラはそう言う。
万が一にルカが指名手配されるようなことがあれば、追いかけなければいけなくなる、と。
「私たち一般人には、魔力が観測できないから、そもそも択が発生しない。だからこそ、これは魔法使いだからこそ、発生する択なんです」
そして、そんな中で。即決で助ける、と。そんな判断をしているエアハルトやルカたちの、その判断に。テトラは感心をしていた。
ルカに関しては、ただその想定がなかっただけかもしれないけれど。しかし、エアハルトに関しては間違いなく、その考えが頭の中にあるはずだろう。
しかし、それでもなお、助けるという判断をした。
人それぞれだというのに、そして、エアハルトはそういう人物だということを薄々理解していたというのに。
それでも驚いてしまった、ということに。まだ自分の差別意識が抜けていないということを自覚する。染み付いたそれが、まだ抜けきっていない、ということを。
だからこれは、自分の意見を取り戻すためにも。
自分で見て、判断をするために。
「ねえ、ルカちゃん。……もしものときは、守ってくれる?」
「え? う、うん」
「……そっか」
ルカのその返答を聞いて、テトラは小さく頷いた。
「明日、私も一緒に探す。その、死にかけてる魔法使いって人を」




