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#104 変な魔力

 夜。変な気配に、ルカは目を覚ました。

 周囲をぐるりと見回してみると、気持ち良さそうな表情で眠っているミリアと、寝相の悪さからか、ベッド端より頭から落ちているテトラとがいた。


 そんな二人を起こさないように、そっとベッドから降りると、静かに服を着替えて廊下に出てみる。


 夏場ではあるものの。夜ということもあり、程々に過ごしやすい空気の中、ゆっくりと歩いていると。ルカの視線の先に、ひとりの人物がいた。……いや、正確には人ではないのだけれども。


「……起きてきちゃったか」


「ゼーレさん、どうしたの?」


 エアハルトと契約を結んでいる精霊であるゼーレが、人の形を取りながらにそこに立っていた。まるで、待ち構えていたかのように。


「まあ、なにをしていたのかと言われれば、あんたのことを待っていた、というのが一番正しい言い方になるのかねぇ」


「私を待ってた? あれ? 私、ゼーレさんと会う約束してたってけ?」


 自身の記憶にないことに、ルカはコテンと首を傾げるが。ゼーレは「ああ、違う違う」と、そう言うと。


「別に待ち合わせをしてたとかじゃあねぇよ。どっちかというと、来てもらわないほうが仕事が少なくって済んだってもんだから」


「ええっと、どういうこと?」


 ルカがそう聞くと、ゼーレはめんどくさいという感情を全く隠さないままに、エアハルトのせいだよ、と。そう言う。


「アイツが、ルカが起きてきたらなんとかしておいてくれって、そう言ったから。こうしてここで待つハメになったんだよ」


「私が、起きてきたら?」


 まるで、こうしてルカが起きてくることが想定されていたかのようなその物言い。現に起きてきてしまっているのだけれども。少し、不思議に思う。


「はははっ、なんでそんなことがわかったのか、みたいな顔をしてるねぇ。まあ、ルカにゃまだわからんかもしれないけど、私やエアハルトからしてみれば、そうなるだろうな、というのはそんな難しい予想ではなかったよ」


 ケラケラと軽い笑い声を出しながら、ゼーレがそう言う。

 そして彼女は、ニイッとこちらに笑みを見せながらに、


「なあ、ルカ。お前さん、なんで今回起きてきた?」


「……えっ?」


 ゼーレのその問いかけに、ルカは思わず声を上げる。

 なぜ起きてきたのか。その理由は、明確で。しかし、不思議なものだった。

 変な感じが、したのだ。小水の気配とか、周囲の人物の寝言やいびきとか、そういう理由ではないのはハッキリしているが。しかし同時に、なぜなのかはあまりわからない。

 そんなことを考えながらにルカが首を傾げていると、クヒヒッと笑いながら。


「今のルカの気持ちを表現するなら、なんか感じたけれど、なにかはわからない、といったところかねぇ」


「えっ!? なんでわかったの!?」


 わかりやすくビックリしているルカに対して、ゼーレはもう少しからかってやろうかと、そう思ったものの。

 あんまりやりすぎるとエアハルトから怒られそうだ、と。このあたりで収めておく。


「まあ、わかりやすく言うなら、私やエアハルトも感じたんだよ。その、なにかを」


「そう、なの?」


「ああ、そうさ。だが、ルカとは違って、それが何なのか、は理解してるけどねぇ」


 そう、なんだ。と。どこか悔しそうな表情をするミリア。自分だけが仲間はずれだったからか、あるいは、自身の力不足を感じたからか。

 まあ、その理由の如何については、ゼーレにとっては、どうでもよかった。


「エアハルトからは、それを感じたルカが起きてくるんじゃないかと思って、そんなお前さんを止めるように、と言う目的でこの仕事を言いつけられたんだけれども」


 ゼーレはそんなことを言いながらに、悪い笑顔を浮かべながら、


「別に、ルカのことを頼む、としか言われてないから。細かく、どうしろ、とは言われてないんだよねぇ」


「……えっ?」


「そう。だから、聞こうじゃあないか」


 クヒヒッ、と。そう笑いながら。ゼーレは尋ねる。


「どう、したい?」






「しっかり、掴まってなよ?」


「う、うん!」


 ゼーレが狼の姿に変化して。……とは言っても、本来の姿はどちらかというとこちらなのだけれども。

 その背中に、ルカがしがみつく。ふわふわの毛並みが、全身で感じられる。

 しっかり掴まれ、というその言葉のとおりにぎゅっと抱きつくのだが。魔法使いの力でそれをやるので、ちょっと苦しい。

 まあ、自分の言ったことだ、と。そう思いながらにゼーレは「それじゃあ行くよ」と。


 直後、ふわりと身体が浮いたかと思うと、いつの間にやら建物の屋根の上に。

 柔らかな着地をしているので、おそらく魔法を使っているのだろう。

 そのまま次へ、次へと飛び移っていく。


「すごーい!」


「全く、振り落とされないように気をつけなよ?」


 感心しているルカに、ゼーレがため息混じりにそう言う。

 まあ、ルカも未熟とはいえ魔法使いなので、大丈夫だろう。それに、師があのエアハルトなのだ。未熟は未熟でも、下手な魔法使いよりかはある意味で優秀な側面もある。


「それじゃあ、エアハルトじゃないけど。ちょこっと授業の時間だねぇ」


「……えっ?」


「なんだい? なんで、ルカが起きたのか。ルカが感じたなにかの正体がなんやのか、知りたくはないのかい?」


「あ! それは」


 ――知りたい。ものすごく、知りたい。

 わからないことがあるのは、少しもやもやするし。エアハルトがどうしてルカのことを、隔離しようとしていたのかも、気になる。


「くひひっ、それじゃあ始めよう。まず、なんだけれども、ルカ。正直、なにを感じたのかの見当はついてるかい?」


「ええっと、うーんと、……魔力?」


「おお、よくわかってるじゃあないか」


「でも、なんかへんだったの」


 ルカが感じたなにか、というのは。確かに魔力だった。それは、なんとなくルカも感じていたのだけれども。

 しかし、それにしては変なところが多すぎて。それに対して、ルカはずっと疑問に思っていた。


「そもそも、ただの魔力であればそこまで気にすることもない。ルカがわざわざ起きることもないし、エアハルトがこうして様子を見に行くこともないだろうねぇ」


「そう、そうなの」


 エアハルトからは、この街にも魔法使いがいるという話は聞いていた。曰く、隠れるようにして暮らしているので、よほどのことがないと魔法を大体的に扱うことはないだろうけれど。そんな存在がいるのだから、魔法を検知した程度では、変には感じない。


 けれど、そんなエアハルトやルカたちが、魔力を検知して。そしてそれが、変に感じた。


「まあ、早い話で言うと。今回のこの魔力は、異常だね。本当に、嫌な魔力だ」


「……えっ」


「この手の感知に一番敏感な精霊(わたし)が言うんだから、間違いないよ。……まあ、まさかこれに気づく魔法使いが、二人もいるとは思わなかったけど」


 二人、というのはエアハルトとルカのことだろう。


「正直、魔力としての本質はほとんど普通と変わらない。だからこそ、普通の魔法使いでは気づかない」


 もしかしたら、今までにもこういうことが何度かあったのかもしれない。けれど、この街にいるという魔法使いが今まで気づいていなかったわというのはそういうことだろう。


 たっ、たっ、と。そのまま街を駆け抜けていく、その先には、いつの間にやら、港があった。


 そこに降り立つと、エアハルトと。そして、人がもう一人。

 気配的に、おそらく魔法使いだろう。


「……ルカ、来ちまったのか」


 ゼーレに対して、ジッと視線を向けるエアハルト。それに対してゼーレは飄々とした様子で「止めろとは言われてないからねぇ」と。


「ええっと、それで。なにがどういうことなの?」


 この場で、唯一状況をはっきりと理解できていないルカがそう尋ねる。

 そんな彼女に教えてあげるようにして、エアハルトか沖の、その先へと指で指し示す。

 暗闇の、その先に。どこか、ゆっくりと、ゆらゆらと。揺れている、ナニカ。


「くひひ、あそこにあるのが、幽霊船、とでも言おうかねぇ」


「ゆっ、幽霊船!?」

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