#103 守るための魔法
テトラがミリアに魔物素材のいろいろについてを矜持している傍ら、エアハルトはルカの隣に腰を下ろした。
テトラがこうして教える役割を担ってくれたおかげで、エアハルトは随分と楽をできている。本来ならば、このタイミングでエアハルトがテトラにこうして教えるはずではあったが、その場合、同時に周辺の警戒を行わないといけなくなっていた都合、労力が嵩むこととなっていただろう。
「エアはすごいね。魔法だけじゃなくって、普通の武器も使えるんだ」
「ん? ああ、俺はな。……ほら、追われる身だから、いろいろと自衛の手段は必要だったから」
ルカが言っているのは、つい先程に行っていた、エアハルト戦いについてだろう。基本的には、この洞窟内ではルカのスキルアップを並行で行いたかった都合、ルカを中心に戦って行く予定だったのだが。ミリアから「魔法を使わない、普通の冒険者の戦い方も知りたい」と、そう言われてしまったために、エアハルトが実演することとなった。
「ルカも知ってのとおり、魔力は継続的な補給で理屈上は継戦が可能だけど、そんな単純な話ではないんだよ」
「ああ、うん。それは、そう」
ルカも体感したことがあるからわかる。魔力は食事の摂取により強引に回復させることができるが、それを続けていくと、お腹の感覚は満腹なのに、脳の印象として飢餓感を覚えるというとてつもないギャップに襲われる。
その結果、かなりの気持ち悪さに襲われることになる。
「だから、そういった長時間の戦闘が想定されるような場合に備えて、いちおうある程度の武器で戦えるようにはしているんだよ」
「なるほどねぇ……」
「それに、別な理由もあるぞ? それこそ、以前戦ったゴーレムなんかがその代表例だ」
「ゴーレム……あっ」
言われて、思い出す。そうだ、魔法がほとんど通用しない相手もいるんだ。
そういう場合は、物理的な、実際の武器で戦うこととなり。こちらの場合でも、やはりこうして魔法に頼らず戦うということは有用になってくる。
「もっとも、ゴーレムのような魔法が通用にしにくい相手でも身体強化なんかは有用だから、さっきまで説明していた継戦状態なんかよりかはずっと戦いやすいんだけどな」
実際、エアハルトが丸腰でゴーレムと戦うとなれば、そのあたりに落ちている石に補強用の魔法を掛け、自身の筋力を身体強化で底上げした状態で殴ればなんとかできる。
「まあ、そういう判断をできるようにするためにも。知識ってのは大切なんだよ」
危機に陥ったとき、それに類似した状況での対処法を知っているかどうかで、戦い方が大きく変わる。
ルカの戦い方で言うなら、この洞窟の地面では植物が育ちにくい、という環境的な要因に対して、以前の遮りの魔窟での経験を活かして自身の身体から生やすという選択肢を取った。これは、経験によるものだ。
一方で、アリグレートの体勢を崩すために土塊を使う、という方法が最初思いつかなかったのは、経験が不足していたが故だ。
これ以降、同じような場面に遭遇したときであれば、ルカは自分の手札から使えそうなものを選ぶ、という判断ができるだろう。
「そうなんだね……」
ルカはそう納得しながら、グーパー、と。自身の手を、開いて閉じてを繰り返していた。
そんな様子を見ながら、エアハルトは、彼女に問いかける。
「……ルカも、そういった戦い方もできるようになりたいのか?」
「ふぇっ!? え、ええっと……」
エアハルトのその問いかけに、ルカは思わずしどろもどろになってしまう。
彼女の今の感覚としては、わからない、というのが最大だった。
必要なのならば、できるようになっておくべきだろう、と。けれど――、
「まあ、やれて損ということはないだろうが。だが、まあ。ルカには向かない戦い方だろうな」
「……えっ?」
エアハルトのその言葉に、ルカは首を傾げる。
「お前の戦い方は、基本的には守るための戦いだ。……もちろん、例外はあるが」
実際、ルカは基本的にとどめを刺すような魔法を使わない。それは、エアハルトが教えていないから、という理由もあるが。それ以上に彼女がセーブをしてしまうからという理由が大きい。
事実として、現在ルカが使える魔法を駆使してとどめを刺すことができるかといえば。可能だった。例えばより強力な焔花を出して、それで燃やすということも可能だ。あるいは網蔓で締め上げてしまうこともできるし。いや、もっと単純に土塊は自由な形を作ることができるために、それこそ貫き通す形や、あるいは押し潰すような圧倒的物量で倒し切ることもできるだろう。
だが、ルカはそこまでをやろうとすることはほとんどない。……唯一と言っていいレベルで存在したのは、ファフマールでのグウェル戦だ。あのときの彼女は魔力の暴発ということもあって、想定よりも過剰な魔力を注ぎ込んだがゆえに、圧殺せんかと言わんばかりの土塊を発動させていた。
「もちろん、魔法と同じく、通常の武器も、扱い方によって守るためにも使える。だが、イメージがそのまま形となる魔法と違って、通常の武器はそのままそこにそれがある。そのものの性質を伴って」
例えばそれこそ、ルカが傷つけない思わない限り、魔法による傷害はかなり困難になる。その直前で、魔法が自身に制限をかけるからだ。
だが、例えばナイフは、持っている人間が傷つけたいと願っていなくとも、それを使って相対していれば、自身の意志に反して傷つけてしまうことがある。
もちろん、魔法ではそれがありえない、というわけではないのだが。可能性として、魔法のほうが圧倒的に起こりにくい、という話なのだ。
「余程広い範囲を守ろうとでも考えない限りは、ルカのその魔法で十分に手が届く。なら、その魔法をより守るために活用できるよう、練習を積むほうがいい、と。俺はそう思う」
「そっか。……でも、継戦状態のときは、あんまり良くないんだよね?」
「……? まあ、それはそうだが」
「じゃあ、もしも、私が賞金をかけられて、狙われちゃったときには継戦しなきゃいけないときもあるんじゃないの?」
ああ、なるほど、と。ルカのその疑問を理解して。そして、エアハルトはそんな彼女の頭をくしゃくしゃっと少し乱雑に撫でてやる。
「安心しろ。ルカが俺のことを放って出て行きでもしない限り、俺がお前のことを守ってやる」
ルカが戦わないようにする。それが、エアハルトの役目だ。
ぎゅっと手を握りしめながら、改めてそれを確認する。
「だって、俺はお前に拾われたんだ。……その恩返しはまだ終わってねえよ」
エアハルトがニッと、そう笑いかけると、ルカはどこか照れくさそうにえへへ、と笑っていた。
ちょうど魔物の解体と指導が終わったのか、テトラがエアハルトたちに向けて「おーい!」と、大きく手を振っていた。
「さて、そろそろ時間もいい頃合いだろうしら今日は帰ろうか。素材を売却するつもりなら、持って帰るからこの麻袋に入れておいてくれ」
エアハルトが格納から引き出した袋をミリアに投げつけると、はーい、という元気な声が帰ってきて、せっせと素材を詰めていた。
「……そろそろ、帰るんだね」
「ん? ああ、そうなるな」
そもそもの目的が、ミリアの勉強とリフレッシュ。それが達成された今、長居する理由もない。
ミリアとしては、試験が近い現状、必要以上の滞在はむしろストレスになりかねないだろう。
「まあ、旅行ならまた来れるさ。なんなら、別の場所にだって」
「うん、そうだね!」
どこか惜しく感じつつも。それも旅行の楽しみのひとつだろう、と。
ルカは、ひとつ、丁寧に。大切に。心の中に入れておいた。




