#102 少女の戦い方
翌日。ミーナガルの街から少し離れた位置にある、海沿いの洞窟、群青の横穴にて。
「ぎぃやああああああっ!」
テトラが、それはそれは大きな声を出しながらに駆けてきて、エアハルトの後ろに隠れる。……そんな声出せたんだな、と。エアハルトが少し呆れ気味に。
ほぼ同時、ドシン、という重々しい音が鳴り響きながら土埃が舞う。
「怖いんならルカの後ろで控えていろって言っただろうに」
「言われましたけど、言われましたけどお! でも、ルカちゃんって、見た目は小さな女の子じゃないですか! そんな子が自分の前に立って戦ってて、あろうことか守ってくれてるだなんて考えたら情けないっていうか、いちおう私、曲がりなりにも警備隊の一員なのなら、むしろ守ってあげなきゃって思ったっていうか!」
言い訳を早口でつらつらと、普段の彼女からはあまり想像できない饒舌さで語っていた。
「警備隊っつってもお前、非戦闘員だろ? 戦闘に関しては一般人となんら変わりないんだから無理するな」
「で、でも……」
「それに、ルカはお前の100倍以上強いから、心配するな」
さて、と。エアハルトはそう言いながらに、視線を移す。
そこには、先程テトラに向かって腕を振り下ろした、ワニのような見た目の魔物。その巨躯に、じっと視線を向けているルカが対峙していた。
「それじゃあ、授業の時間だ。本来なら、ある程度は自分でやってみて、気づきを得てからにしたいところだが、今回は後ろに二人が控えているからな」
下手な不安や恐怖を与えないように、と。エアハルトがそう言う。
「その魔物の名前はアリグレイド。魔力を有している魔物ではあるものの、その一方で魔力の扱いは下手で、なおかつ知性も低い」
そのため、その攻撃のひとつひとつが大振りで、見極めのしやすいものがほとんどだ、と。エアハルトはそう補足する。
「その代わりにアリグレイドが獲得したのは巨大な身体と、過剰な装甲だ」
アリグレイドはワニのような見た目の魔物ではあるが、普通のワニと比べて決定的に違うのは今エアハルトが挙げたふたつであり、そして、最大の長所だった。
大振りな攻撃でかわしやすい、というのは事実として。では、一度でも当てさえすればいい、と。それを実現したのがアリグレイドだった。
その巨躯から放たれる大振りの攻撃は、アリグレイドの体重の重さも相まって尋常ではない破壊力を有する。
先程テトラがいた場所の地面が抉れているのがその証拠だ。
そして、その大振りの攻撃を一度当てるために、持久戦に持ち込むだけの素養が必要だった。
身体の大きさががそのまま持久戦力につながってはいたものの、それだけでは守りが不安であったアリグレイドは、守りを固めるように進化をした。
苦手な魔力の使用。言い方によっては宝の持ち腐れとも言えるそれを、アリグレイドはただただ自身の持つ鱗に集めるようにした。
乱暴な魔法の使い方ではあるが、これが十分な効果を持つから厄介である。その結果、アリグレイドの鱗は鋼にも負けず劣らずの硬さを有する。
「加えて、ここ群青の横穴は海に面した洞窟だ。満潮時には海水が流入してくることもある。つまりは、地面には塩分が染み込んでいる」
ここまで言えばルカは自分で判断できるだろう、と。……もし危なくなればエアハルト自身が介入すれば、怪我をする前に処理ができる。
その信頼の元、ここから先についてはルカの自力での判断に任せることにした。
「植物召喚の地面由来の発現は難しい、ってことだよね」
ルカは、かつての遮りの魔窟でのゴーレム戦を思い出す。あのときの地面は魔力を拒む床であったために、うまく植物召喚が使えなくて。
植物が育ちきるまで、魔力を流し込み続けて、初めて花を咲かせることができた。ただ、それは非効率的な方法で。
「《植物召喚:網蔓》ッ!」
ルカは、自身の腕から蔓を伸ばし、絡み合いつつも適度に緩んた蔓は、そのままアリグレイドの身体を捕まえる。
「このまま……って、うわあっ!」
身体強化で筋力を補強して、網蔓を引っ張り、行動不能に。ルカが考えていた工程はこうだった。
鱗による高い防御力があるのなら、まだ柔らかい可能性が高い腹の側を狙おう、と。そのためにひっくり返そうと捕まえたのだが、
「ゴーレムのときとは、段違いに、力が強い……!」
「そりゃあ、ゴーレムとは段違いの身体の大きさだからな。加えて、あくまで魔力で岩石を動かしているゴーレムと違って、こいつらはこの巨躯を自身の筋力で動かしているわけだ。その力にうち勝とうとするのなら、生半可な力では無理だぞ」
「ぐぬぬ……おとなしく、しなさーいっ!」
当然、アリグレイドからしてみれば文字通り命に関わる事態なので、おとなしくするわけもなく。
双方から尋常ではない力で引き合いを行われた網蔓は、ついにその力に耐えきれずな千切れてしまう。
力をかけていたルカは、思わず尻もちをついて倒れ込んでしまう。
「ぐぅ、……いったい、どうすれば」
「まあ、ルカのやろうとしている方法もあながち間違いではない。だが、今のルカの実力を鑑みて言うなら、少し力押しすぎる、力に頼りすぎているやり方かな」
「むう……」
事実、エアハルトが同じやり方を行えば、成功するだろう。
しかしそれは、エアハルトがより頑丈な網蔓で、より強い力で引けるからであり、今のルカの力量からでは困難ではある。
体勢を立て直しつつ、ルカが歯をかみながらにそう言う。
ジッとアリグレイドへと視線を向けているルカに、ゼーレがそっと横に移動してやる。
「ったく、エアハルトはどうにも迂遠に言うねぇ」
「自分で気づけるなら、それに越したことはないだろ?」
「それはそうだけど、初心者にはちょっと厳しいんじゃないかな?」
クククッ、と。そう笑ってみせるゼーレに、エアハルトはあえてなにもいわなかった。
それを遠回しであるとはいえ、許可であると受け取ったゼーレは、ルカの後ろに回り込んで。
「ルカの、植物魔法の腕に関しては、私も十分な素質があるとは思ってる。実際、相当なもんさ。でも、それに固執する必要性もないのさ」
最近、いろいろ練習は広げていただろう? と。ゼーレはそう言う。
ルカは、その言葉にジッと考えを回す。
植物魔法の他に、自然属性の魔法に親しい水属性の魔法による、水やり。地属性の魔法による、耕し。そういったことをルカは練習も兼ねて行っていた。
網蔓での力比べが通用しにくいのであれば、このあたりでサブプランを考えろ、ということだろう。
水属性は、正直あまり通用しなさそうな気がする。ワニのような魔物、ということだが、生息域なんかを考えても水に対しての耐性を持っていると考えるのが自然だろう。
ならば、
ルカは地面に手を付き、イメージを膨らませる。
下から剣で突き上げるような、そんなイメージで。そして、
「《土塊》ッ!」
ルカがそう言うとほぼ同時、魔力によって生み出された岩の塊が、アリグレイドの下から生まれる。
やや尖ったそれは、そのまま比較的柔らかなアリグレイドの身体を突き上げ、少々の傷を与えると同時、その体勢を崩させるに十分な力を与える。
「今なら、なんとかできるんじゃないかね?」
「あっ、そうか! 《植物召喚》!」
そのまま、網蔓を伸ばしてアリグレイドに絡みつかせる。
体躯の都合、重たくはあるものの、それでもなお、先程よりかは随分とやりやすい。
ドシンッ! と。大きな音と、そして少しの揺れとともに、アリグレイドの巨大な身体がひっくり返される。
もがきはしているものの、身体に絡みついている蔓が邪魔をして、うまく動けないらしい。
「エア! これでどう!?」
「うん、上出来だ」
ルカは、直接討伐するに適した魔法をあまり覚えていないし、得意でない。
だからこそ、こうして戦闘不能にすることこそが、ルカにとっての戦い方だった。
それをわかっているからこそ、エアハルトはこれ以上を要求しない。むしろ、これでこそルカらしいとも、そうも思う。
あとはエアハルトに任せる、と。ルカがそう言うと、エアハルトはそのまま、アリグレイドに止めの一撃を入れた。




