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#101 沖へ

「ねえ、エア! 楽しいね!」


 全力、というその言葉が似つかわしい様子で、波打ち際で遊んでいるルカに、エアハルトはそう反応する。


 浜辺にミリアとテトラを置いて、こちらに合流しに来たエアハルトだったが。先程までミリアと遊んで、そのミリアが疲弊して帰ってきたというのにまだこれかと、少し感心する。


「しかし、さっきから浅瀬ばっかりだが。向こうの方には行かないのか?」


「ふぇ? え、ええっとね? あっちは足がつかないから」


「うん? ……ああ、なるほど。そういうことか」


 エアハルトはルカの言っていることを理解する。

 ルカは、それこそ魔力の影響もあって、身体強化込みなら成人男性よりもずっと高い運動性能で動ける。身体強化をせずとも、体格の割に大人の女性程度には、いや、あるいは最近はトレーニングの成果もあって、身体強化抜きで大人の男性と同等の運動能力があるだろう。


 だがしかし、体格は子供のそれそのままである。いちおうルーナの話ではまだ成長の見込みはある、とのことだったが、そもそも身体の成長自体、一朝一夕に起こるものではない。

 それ故に、遠浅の海とはいえ割と少し深くなったところまで行くと、ルカの口や鼻のあたりまで。あるいは場所によっては頭が埋まってしまうまでになる。


 なら、泳げばいいじゃないかと。エアハルトも一瞬そう思ったのだが。ルカはエアハルトと出会うまでは実質的な監禁状態で生きてきて。そして、エアハルトと出会ってから、水辺という水辺にほとんど来ていない。

 唯一と言っていいレベルが、以前の旅行で訪れたゼンノの湖だろう。

 だがしかしあのときはあくまで中継として訪れていたということや、直後にウェルズによる襲撃があったことなどもあり、湖に訪れてなにかをする、ということはなかった。


 つまるところが、ルカは水中で何かをする、ということが初めてであり。

 泳ぎ方などはわからないのだ。


(まあ、これに関しては農村部出身の人間について、ほとんど同じく言えることではあるが)


 実際、エアハルトも昔は泳ぎ方などは全く知らず、魔法使いとして追われる身になってから、移動手段のひとつとして身につけたのだ。

 地域によっては川辺などで遊んでいる場合もあるが、その大抵の場合はかなり浅い川なことが多い。


「ルカ、ちょっと失礼するぞ」


「えっ? ……うひゃあっ!」


 エアハルトはそう断りながら、ルカの身体を持ち上げる。体格のとおり、随分と軽いその身体をそのまま自身の前へと持ってくると、驚いた様子のルカが少しだけ暴れる。


「なにかしようってわけじゃねえよ」


「そ、それはわかってるけど……」


 冷静になったのだろう、しゅんとおとなしくなったルカの様子を見て、ホッと一息つく。

 先述のとおり、ルカの力はかなり強い。見た目の割に、暴れる力は尋常ではない。

 もちろん、エアハルトのほうがずっと強いので抑え込むのは容易なのだが、それはそれとして動かれるのはかなり面倒だった。


 一方のルカはというと、突然にエアハルトから抱きあげられたことに最初は驚いていたものの、今はなんとか落ち着きを取り戻しており。


(……あれ? でもこれって、今の状況って)


 別なことに気づいてしまった彼女は、カアアッと顔を真っ赤に染めて。全く違うその理由で、再び冷静さを失っているのだった。

 ただまあ、今度のそれは動きが沈む方向に向かってしまったために、エアハルトに気づかれることはなかったのだが。


「それじゃ、行くぞ」


「……行くって、どこに?」


 ルカはコテンと首を傾げながらにそう尋ねる。

 エアハルトはその質問に対して、あえて応えずに、小さくフッと笑って。


「って、ひゃあっ!」


 首より下が、全て水に浸かって。それでもなお、足が届かない。そんな感覚がして、ルカは思わず声を上げる。


「動くな動くな。むしろ力を抜け。そっちのほうが浮きやすい」


「浮くって、……えっ?」


 沖へと向かって移動を始めたエアハルト。それによって、ルカの足がつかなくなったのだ。


「あ、そっか。エアのほうが大っきいから、足がつかなくっても平気なのか」


「いいや、ちょっと前から俺も足がついてないぞ?」


「……えっ?」


 ルカにとって、水の中で身体が浮かぶという感覚はあまり想像しにくいのだろう。実際、なにもしなければ身体のほとんどが沈んでしまうし、その感覚に間違いはないのだけれども。


「じゃ、じゃあ、沈んじゃう!?」


「沈まねーよ。ちゃんと泳いでるから」


 現在、立ち泳ぎを行いつつ沖へと進んでいくエアハルト。泳ぎという概念にあまり感覚がついてこないルカは、案の定首を傾げてしまう。


「まあ、難しいことは考えずに。……こうやって遊びで泳ぐってのは俺も初めてだが、存外にいいものだろ?」


 基本的に、今まで泳ぐことになっていたのは原則逃げるときだったため、こうしてのんびりと水中に身体を預ける、ということをしてこなかったが。夏の気温で火照っていた身体が、程よく冷やされ。また、柔らかに包み込んでくる水の感触が、なんとも言い難い気持ちよさだった。


「うん、そうだね。……ちょっと、怖いけど」


「まあ、そのうち慣れるさ。それよりも、たしかルカ、水中メガネ買ってたろ? 身体なら支えておいてやるからつけてみな」


 エアハルトに言われるままに、ルカは水中メガネを装着する。そして、水面に顔をつけてみな、と。


「えっ」


「そのための水中メガネだぞ」


「でも、息ができなくなるんじゃ」


「少しなら息を止めてられるだろ? その間だけつけるんだよ。苦しくなったら顔を上げて息をすればいい」


 大丈夫だから、と。エアハルトにそう諭されて。

 ルカはえいやっと、覚悟を決めて顔を海につけてみる。

 そして、水中メガネ越しに見えたその景色は、ルカの目を思わず見張らせる。


「エア! すごいよ!」


「ああ、知ってる。だから見せたんだよ」


 ぷはぁっ、と。大きく息継ぎをしながら、ルカは興奮気味に語る。


「あのね! 水が透き通ってて、そこの砂まではっきりと見えて! それで、お魚もいたの!」


「おう。おう。それで?」


 随分と感動した様子で、エアハルトが相槌を打ちながらルカの話を聞いてやる。

 うん、うん、と。そう頷きながらの話は、随分と伸びて。


「もっと大きい魚もいるのかな?」


「そういうのは、ずっと沖合に行かないとかな」


「行けないの?」


「行けないことはないが、あんまり好ましくないかな」


 エアハルトの体力であれば、ある程度の沖合まで行くくらいなら問題はない。ルカを連れての二人分ということを加味しても、魔法使いとして底上げされた体力があればさほど難しくはない。

 だがしかし、どちらかというと時間が課題になる。遠くまで行けばもちろんその分時間はかかるわけで、更には行きの時間の分、あるいはそれ以上に帰りには時間がかかりかねない。ミリアやテトラを待たせることになるし、彼女たちだけを置いていくというのもあまりよくないだろう。


 エアハルトがそう説明すると、ルカは少し残念そうにそっかぁ、と言う。


「まあ、船でもあるなら話は別だが」


「船?」


「そう。水の上に浮かぶ乗り物で。……ほら、ちょうどあっちにある、アレだ」


 エアハルトがちょうど遠巻きにある客船へと、ルカの視線を向けてやる。

 それにルカはへぇ、と感心した様子を見せて。


「あの上に乗れば、遠くの海にも行けるんだね」


「そうだな」


「それにしても、船って魔法が使えるんだね。それとも、魔法で浮いてるの?」


「……うん?」


 エアハルトは、少し耳を疑った。船が水の上に浮いているのは別に魔法の力ではない、のだが。


 ふと、気になってエアハルトも少し探知魔法を使ってみる。


「…………いるっぽいな」


 おそらくは、これと勘違いしたのだろう。

 エアハルトは、その船に在る、魔法使いのその気配に。すこし、なにか引っかかるものを感じて。

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