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#10 少女は市場で興奮する

 ミリアは驚いていた。まさか、まさか――。


「わああ! 野菜がいっぱいー!」


 まさか、ルカがここまで()()に喜ぶだなんて。


 ここは、この城塞都市クラテスの東部に位置する、東クラテス市場。そのまんまの名前である。

 クラテスで一番の規模を誇るこの市場には、そこいらに露店が大量に並んでおり、野菜はもちろん、家具、おもちゃ、工芸品や武器なんかも売っていたりする。

 昨日、ミリアが代理で売った、魔物の皮なんかもおそらくどこかに売られている。


「これはグレイ小麦で、これがマールコーン、エンビ豆ね。ここは穀物のお店なのかな?」


「よう、嬢ちゃん。よく知ってるなあ」


「あ……、えと、本で読んだの」


「そっかあ、そんな歳から勉強なんて、偉いなあ。よし、この新鮮なマールコーン、1個やるよ。今朝、近所の村で取れたばっかりだから、生でも行けるはずだぜ」


「え、あの、ありがとうございます……!」


 露店の店主は気さくな声で「いいってことよ!」と言い、ついでにミリアのことも呼んで「ほら、おっきい方の嬢ちゃんも」とマールコーンを差し出した。


「遠慮すんなっての、ほらほら」


 受け取るか否か、ミリアが迷っていると店主はマールコーンをグイグイと押しつけてくる。ミリアは少しためらいながら、それを受け取った。


「食ってみ? うまいぞ」


 店主がそう促す。ミリアが横を見てみると、既にシャクシャク音を立てながら黄色いつぶつぶに貪りついているルカがいた。

 包葉ほうようを剥いてみると、キレイに揃ったマールコーンの粒があり、ミリアもルカに倣ってそれに齧りついてみた。

 今朝取れたというのは本当だろう。みずみずしくって、ほんのり甘かった。


「おいしい」


「そりゃ、よかった。ちっさい方の嬢ちゃんも気に入ってくれたみたいでなによりだ」


 店主がそう言うと、今まで一心不乱に食べ続けていた口を止めて、ルカは「うんっ!」と元気よく言う。


「これ、本当においしい。すみません、このマールコーン、4つ買います」


「4つね。800ギルだ」


 財布からお金を取り出しかけていたミリアは、その言葉に首を傾げる。


「1000ギルでは?」


「800でいいよ、オマケだ」


 店主はニッと笑った。


「え、でももう貰っちゃってるのにその上なんて……悪いですよ」


「いいのいいの、俺が好きでやってることだからさあ」


「……ありがとうございます」


 ミリアは、差し出された手に800ギルを置いて、


「あ、これはお礼です」


 次いで200ギル分の小銭を乗せた。


「……嬢ちゃんも強情だねえ」


「よく言われます。ありがとうございました」


 マールコーンを入れた紙袋を受け取り、ミリアはペコリと頭を下げた。






「ミリアさん、見てみてあそこ!」


「ルカちゃん、待って、ちょっと待って」


 ゼエ、ハア。割と息が上がっているミリアが、しかしルカが引っ張るその腕には抵抗せずに引きずられていた。


(いや、待って、一応さ、一応私も農村出身ではあるよ。あるけどさ……!)


「ミリアちゃん、何でそんなに詳しいのよ! ホントに本読んだだけなの!?」


 ピタッと、急に止まったからか、ミリアは少し転びかける。


「……? 読んでただけだよ?」


「ホントに?」


「うん。その本しかなかったから」


「どんな本?」


「色んな植物がたくさん載ってる本。家にはその一冊だけあったの」


 どういうことだろうか。ミリアは大きな違和感を感じた。

 いくら農村であったとはいえ、植物図鑑があるのは珍しい。図鑑はとても高価だ。中々手に入るものではない。

 それなりの規模の村で、共用のものがあればいいくらい――そのレベルだ。

 それが家にあった、となると。やはり違和感だろう。


 けれども今は、と。浮かんだ疑問を頭の中に押し込め、ミリアはルカの引っ張る方向に再び足を向けることになる。


「ちょっと、ちょっとだけ待ってよ!」


 完璧に、ミリアはルカのペースに飲み込まれていた。






「おかえり、ミリア、ルカ」


「ただいまー……ん?」


 片足の靴を脱いで、ミリアが顔を上げると。


「あー、うん、エアハルト帰ってたのねー。おかえりー……いや、ごめんて」


「別に一緒に街に出かけてたくらいで怒らないっての。靴買いに行ってたんだろ?」


「うん、まあ」


 市場にも行ったんだけど、と。ミリアは言うかどうか迷っていた。そんなことを考えているうちに、エアハルトはしゃがんでルカと目線を合わせる。


「で、どんなの買ったんだ?」


「これ。なんか、靴って凄い違和感だね。足が包まれてるような、締めつけられてるような」


 右足を軽く浮かせて、ルカが靴を主張した。真っ黒な靴に、小さなリボンが1つだけくっついている。


「まあ、今まで履いてなかったんなら仕方ない。そのうち慣れる」


「うん!」


 ルカは元気良く返事すると、その場で棒立ちになった。


「ルカちゃん、どうかした?」


「ううん、ただね、どこで靴を脱ぐのかなって」


 ルカは自分の足、エアハルトの足、ミリアの足とを代わる代わる見回しながらそう尋ねた。


「あー、そうか。靴履くのは初めてか」


「初めてじゃないよ、行くときにミリアさんの靴を履かせてもらった」


 それを初めてと言うんじゃなかろうか。そんな言葉を飲み込んでエアハルトは続けて訊く。


「それじゃ、どこで履いたか覚えてるか?」


「えっとね、んっとね……ここ、かな?」


 ルカが自分が立っている場所から僅か前方、少しだけの段差があるところを指さした。


「そう。その段差を境目にして脱いだり履いたりすればいいんだよ」


「へー、そうなのか」


 トテテッと二、三歩前に進み、そこに靴を脱いでフローリングに上がる。


「ルカちゃん。脱ぐときはこうやって揃えて脱ぐのよ」


 ミリアがそう言いながら踵と爪先が揃うようにして靴を脱いだ。


「こうしておけば、次に履くときに履きやすいでしょ?」


「そっか、わかりました!」


「いい返事です!」






 そういえば。ルカはそう切り出した。


「どうして街ではエアのことを名前で呼んでなかったの?」


「そうだった、そうだった。教える約束だったね。……っていうかエアハルト、アンタ自分のことについて話してなかったの?」


 そうだったと言う彼女だが、その顔には「やっべ、完全に忘れてた」と書かれていた。


「自分のことって、何のことだ?」


 いや、それよりもまず、どういう経緯でそんなことになったのか。それについてをエアハルトは尋ねる。


「ルカちゃんが、私が街の中ではエアハルトのことを名前を使わずに、例えばアイツみたいな二人称で呼んでるのを不思議がったから」


 ふむ。顔を少し上にあげてエアハルトは考えた。


「つまり、俺の名前を呼ぶことのリスクをルカが理解していなさそうだったから、もしかしたら俺が指名手配中の罪人だってことを知らないんじゃないか、と?」


 こくり、とミリアが頷く。


「残念ながら、もう既に教えてるんだよ。てか、会ったその日に教えてる。ただ、なんでか知らないけど、コイツは俺のことを魔法が使える一般人みたいに接してくる。というか、むしろ魔法が使えることを罪と思ってないのかもしれない」


「え……」


「だって、初めて魔法見せたときも目を輝かせてたし、なんならこの間魔法を教えてくれって頼まれたし」


 目をまんまるにしてミリアは唖然として棒立ちになっていた。

 ついでに相変わらず話についていけてないルカもキョトンとしてその場に立ちすくしていた。


「う……そでしょ? え、待って。魔法使いが罪人ってことを知らないって、もはや世間知らずで済まないかもしれないレベルよ?」


「まあ、今までずっと外界から隔絶されてたと言っても過言じゃないわけだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないな」


 むむむ、ミリアは頭を抱えた。そんな中、ルカは自身の質問の回答がまだ来ていないことを思い出し、催促した。


「え? ああ。なんで呼ばなかったのかってことね。エアハルトはちょっと理由あって皆に嫌われてるの。だから、他の人に名前を聞かれると、ちょっと不都合なの。わかった?」


 ミリアがそう回答すると、頷きながらの元気な返事がした。

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