かお姉とゆー君の日曜日(3)
江川くんからの情報提供パート2
言い切ってから、また自身の頭の中で情報を整理しているのだろう。江川くんはゆっくりと話し始める。
「俺と雲英崎は、ちょっと面識があるんだ。幼馴染みとかっていうのは、たぶん違う」
なんでも、江川くんと雲英崎さんは小学生の時分に地域交流の集まりで何度か会話をしたらしい。
家の方向が同じで、帰り道に遭遇すれば話かける。年を経て、雲英崎さんが中学生になっても、その姿を見かければ挨拶をしていたそうだ。それくらいの親しみを雲英崎さんに対して持っていたんだね。
「憧れ、なんだろうな。年下相手にも分け隔てなく楽しそうに話してくれたのが嬉しかった。割といろんなことを知っててな、俺が小学校の低学年の頃にはなぞなぞなんかで遊んだんだ」
そんな思いを傾ける相手がいることに僕は共感できるし、そんな相手が酷い名前で呼ばれているならなんとかしてあげたい気持ちというのもわかる。
おそらく、だけど江川くんがさっきまで醸していたうざったいチャラさはこの話を僕にするためになんとか気持ちを鼓舞しようとしていたんだろう。
「でも、ある時期から同い年らしい男子中学生と一緒に歩くようになったんだ。流石に俺もそんな状態で声をかける勇気はなかったよ。青春っぽさっていうか、そういう何かを感じたから」
へー、それが出来るのにさっきかお姉と僕の間は邪魔したんだね、ふーん。と思ったけれど、今は黙って聞くことにした。
「ただ、今年と一緒で一週間毎に相手は違っていたんだ。俺と雲英崎の家は結構近くてな。ある時期は毎日のように姿を見かけることもあった。その度にやきもきした気持ちを持ったもんだが、その気持ちも今となってはどういうものだったのかいまいちわからなくなっちまったな」
遠い目になって「相手のタイプも一貫性がなくて、細いのもがっしりしたのも……これは今年も一緒だな。野球部ルーキーの後で漫画部の地田みたいな暗い奴が声をかけられたって言ってたもんだから周りも驚いてたな」なんて話す江川くん。その様子が物悲しくて僕まで感傷的になってしまいそうになるけれど、違うそうじゃない。
「江川くんすごく申し訳ないんだけど、本題を」
想像するに、これまでと同じように話しかけることができないこと、ほかの人と歩いていること、その相手の種類が多いことで何の悲しみなのかわからなくなったんだね。「そうだったな。悪い」とつぶやく江川くんの顔も見ていられない。
「ある日1人でいるところに出会ってな、つい言ってしまったことがある。『雲英崎はモテるんだな』なんて、今考えても何故聞いたのかわからないが。そうしたら雲英崎は面食らった表情で言ったんだ『違うよ。全員私が声をかけたんだ』って。今年になって悪名のことを知ったけど、その当時の俺も思ったんだ。周りからの見られ方は気にならないのかって。その気持ちを察したのか、雲英崎は『私は、わかってもらいたいだけなんだ』と続けた。……俺は、その真意がわからないんだ」
なるほど。雲英崎さんが男子に交際を申し込み続ける意図、という訳か。
「一度ミスをした手前、本人に確認なんてできる訳もなくてな。でも、あの人が悪いように言われるのはやっぱり嫌なんだ。そう思っていたら宗倉からお前のことを聞いてな。どうにか、助けてもらえないか」
正面から、まっすぐに頭を下げられてしまっては断りづらい。なんて言うのは僕のセリフじゃあないかもしれないけれど。
「……ひとまず、考えてみる。けれど、今聞いただけの情報じゃあすべてはわからないかもしれないから、いくつか教えてもらえないかな」
僕の返答に表情を明るくした江川くんには申し訳ないけれど、僕は1人では解決できない未熟者だ。だから、彼の見えない場所で推理をしてもらう口実を出す。
「雲英崎さんの言葉『わかってもらいたいだけ』って言ってたけれど、そこに理由があるかもしれない。たとえば、周りの人の理解がない――たとえば家族間の会話が上手く行っていないとか」
「それはなさそうだ。去年に会った時に雲英崎の母親とも出会っていて、2人の会話に違和感はなかった、と思う」
憶測でしかないのだろう、おぼつかない語り口では確証が持てないのだけど……うん、そうしたら調べものに移ってもらおう。
「今年、いや去年の分も。雲英崎さんが声をかけた生徒の名前がわからないかな? できれば聞き込みがしたいんだけど」
ひとまず彼から離れる口実が欲しいだけだから「聞き込みは自分でやるからね」とだけ付け加える。
「あー、1年はわかるが、2年は無理だな。わかり次第SNSででも連絡しよう」
「お願い。じゃあ、僕は人が待ってるから」
それだけ伝えて、僕は自分が飲んだものの代金を置いて逃げるようにその場を離れた。
〇 〇 〇
さっき離れてからとっくに1時間近く経過してしまっていることに気付く。さて、かお姉になんと言ったものか。
そして軽率に「また後で」だなんて言って離れてしまったけれど、かお姉は外での連絡手段を持っていないから現在地がわからない……。
かお姉の大好きな書店も、以前利用したことのある衣料品店も、休憩のできそうなスペースを回ったけれども見つからない。
もういっそのこと館内放送をお願いしようかと思い切って、インフォメーションに向かおうとしたそのとき。視界の端に見覚えのある後頭部が見えた。
それは薬品コーナーの奥まった部分。カウンターで仕切られた席に、座って接客をされている探し人の姿があった。
そのときにふと、思ってしまった。かお姉に化粧は、必要なのか? と。
相変わらずのやわらか謎解きです