かお姉とゆー君の日曜日(2)
情報提供パート(前半)です。
「お前、きらさきの噂は知ってるか?」
江川くんはテーブルの向こう側から顔を近付けて、更には声を潜めて確認してきた。ようやく本題に入ってくれたようで嬉しい。
「きらさき……それって何かの名前?」
しかし僕の知るところではない名前が出て来たので、まずはそこの説明から求めることにした。
「そこからか……。きらさきってのは2年の女子だ。割と可愛い外見で珍しい名前だから学校でもちょっと有名人なんだが」
そう言いながら江川くんはテーブルに置かれた紙ナプキンを一枚引き抜く。
「ちなみに名前の漢字がややこしくてな……悪い、ペン無いか?」
どうやら漢字の説明をしようとしてくれたらしい。ペンと言えば、僕は手帳とセットでボールペンを常備しているけれど、どうせその紙質では綺麗に書くことは叶わないだろう。
「口頭での説明は難しいの? 個人的にはそういう人がいるってだけで話は充分なんだけど」
まどろっこしくなって、話の続きを促す。どうせ知らない人で、今後呼ぶことも無いだろう名前なら女子AでもKでもなんでも良い。手帳を差し出して漢字を書かせるなんてこともしない。
「あー、ん、そうか。念のためと思ったんだ。じゃあ説明だけ。空に浮かぶ”雲”に英語の”英”、あと山偏の”崎”だ。頭の中で組み立てておいてくれ」
なるほど”雲英崎”ね。確か”雲英”だけでも珍しい名前だったはず。しかし江川くんが放つ言葉の歯切れが悪いことに気がかかる。
「で、本題な。その雲英崎にはあだ名があるんだが、それも知らないか?」
江川くんの言葉に首肯で答える。その人物自体知らないのだから、あだ名なんて知る由もない。
「そうか……。こういうあだ名はあまり口にしたくないんだが」
しかし僕の無知が江川くんには都合が悪いらしい。どうやら江川くんはなるべくこの話をしたくないようだ。それが発言の切れが悪い原因なんだろうね。
「……ビッチ」
「え?」
しばらくの沈黙の後、江川くんによって静かに漏らされた言葉に耳を疑った。
「ビッチって呼ばれてるんだよその2年生は」
もう一度、言い聞かせるようにしっかりと口にしてから江川くんは忌々し気な表情を見せた。どうやら彼はこういった悪口が苦手なようだ。
「それはまた……根拠のない風評被害だったりするの?」
ひとまず僕は彼の気持ちを汲んで話を拾いに行く。もしも風評被害でそういった呼び名をされているのならば、許せない気持ちはわからないでもない。
しかし、江川くんは僕の言葉に答えを返さない。ひょっとして……。
「その、どうしてそう呼ばれているのかとか、誰が呼び始めたのかとか、そういうのがわからない感じなの?」
先ほど江川くんの放った「僕が得意」という言葉。それが不思議の究明なのだとしたらと考えた。いや、そもそもの話として僕が学校で目立っていることなんて”不思議を漁っていること”くらいなんだから、そう考えるのが妥当だろう。
「や、そう話を急かさないでくれ。どう話したらいいのか、俺も難しいんだ」
全校生徒300人程の中から犯人と原因を見つけるなんて、それはとても難しい話だぞ。そう思って気負い始めた瞬間にその行いが無為であると告げられた。そうだ、江川くんはこの件をセンシティブに感じているのだ。ならば、そのタイミングは江川くんに任せなくてはいけない。
「……理由は、ちゃんとあるんだ」
何度目かの深呼吸を超えて、江川くんは話し始めた。その瞳には覚悟を決めたような、そんな炎が見えた気がする。
「雲英崎は俺たちが1年生として入学してきた後、その短い期間で既に3人の男に交際を持ち掛けているんだ」
それは、なんとまあ……。
「勘違いしてくれるなよ? ちゃんと1人1人別のタイミングになっているから二股だとかそういうのでは決してないし、それぞれと1週間以内に別離しているから肉体関係がどうって話もない……はずだ」
話し始めの言葉に衝撃は受けたけれど、江川くんのフォローによってそこまで酷い人ではないのだろうと思えてきた。ただ、江川くんにも完全にフォローしきる自信が無いようで、説明の最後の方には声が小さくなっていく。
「3人のうち1人は俺らのクラスの地田だ。あいつ『キスもしてない内に別れられた』なんて愚痴ってやがった」
かと思えば雲英崎さんの元交際相手への不満を忌々しそうな表情で並べていく。江川くんの雲英崎さんへの好意は並々ならないものだと窺える。
「挙げ句の果てには『あんな殺人女と一緒にいたらこっちまで陰キャに思われるからな。こっちから願い下げだわ』とまで言いやがった。周りから何人かが嗜めるようなことを言ってくれたから我慢したが……」
「江川くん質問、いいかな」
一頻り文句を言った後、そのまま静か話を続けなくなってしまった江川くんに気になる点があって、僕は挙手をすることで意思表示をする。江川くんが小さく「ああ」と声を出しながら頷いたのを見て、確認をする。
「僕が思うに、雲英崎さんがした行為っていうのはそれーーつまり、今年の1年に声を掛けたってだけじゃあないよね?」
僕の言葉で江川くんは眉間に皺を寄せた。どうやら言葉選びが悪かったようだ。「いや、そうじゃないとしたらあまりに胸が悪いからね」と付け加えることで、雲英崎さんのことを悪く言いたいわけではないと意思表示をする。
そこで僕の気持ちをわかってくれたらしく、江川くんは表情を緩めた。
「……どうやらお前は本当にこういうのが得意らしいな。わかった、全部話す。その上で、協力して欲しいんだ」
そうして先ほどとは別の意味合いで表情を固めた江川くんの言葉を、僕は固唾を飲んで待つことにした。
後半も近日中に。




