かお姉と合唱部員の謎(3)
出題編(後)です。
「で、俺は昨日の練習風景を思い出してまとめてみたんだ」
語り出すなり、宗倉君は長い前髪をぴんと指で弾いた。その時に一瞬だけ見えた瞳には自信が満ちているように感じる。ひょっとしたら彼にも名探偵の素質があるのかも知れない。
「なんだよ、もう誰が上手くないのかわかってんじゃねえの? じゃ、早く話せよ」
……悉く、僕と誉田君の思考はシンクロするなぁと思わされる。もっとも、謎は自分で解き明かしたい派の僕としては判断材料がもっと欲しいところだけど。
「まあな。ていうか、そもそも部活で2年の女子は3人しかいなくて、そこを考えたら自然とわかる気がするんだ」
なるほど。ではそのまま続けて、どうぞ。
「まず1人目……まあAさんとしておこうか。Aさんは音程をすごく大切にしてる人で、部活のある日には小型のキーボードを手提げ鞄に持って来てるくらいに練習熱心な人。キーボードは普段、音が不安な人に貸したり、みんなで歌う時に指標の音を出すのに使っているらしいんだけど、昨日は初めてで何もわかってない俺に付き合って練習してくれたりして優しい人だったな」
「3つの音が出来てない、って話だったよな? だとしたらその人は違うか……っておい、ちょっと顔がにやけてるぞ」
誉田君が茶々を入れると、宗倉君はハッとした表情で頬に手を当てた。実のお姉さん以外からの優しい扱いに男心が疼いちゃったんだろうね……ってそういう話じゃないよ! きちんと他の人の話も最後までしてくれなくちゃ。
「ごほん、2人目、Bさん」
気持ちを切り替えるためか、咳払いをして話を進める宗倉君。その調子で昼休み中に終わらせてね?
「Bさんはにこやかで、ムードメイカーみたいな人だな。自信満々に歌ってて、元気で明るい人。この人も優しくて、俺がわからないところを聞いたら『笑顔で歌っていれば良いからね』ってアドバイスをしてくれたり。そうそう、最初に自己紹介された時にも『お姉さんに任せなさい!』とか言っちゃって――」
「おう、なんだよお前。やっぱ良い目に遭って来たんじゃん」
少しずつ、誉田君の表情がやさぐれて行く。
うーん。客観的な僕から見ても、話せば話すほどに宗倉君の顔がどんどん緩んで行くように見えるから、君がそこまでネガティブに感じる要素は無さそうに思えるんだけど……。というかそういう青春的流れは少し飽きて来たかな。
「いや、最後の3人目がちょっとな……Cさん、はリズムがすごく的確で、音楽室の真ん中に置かれたメトロノームにも完璧に合わせてくるんだ。ただ……」
「そいつになんか問題あるのか?」
イニシャルで呼ぶのも抵抗感があるような口ぶりと、急にたどたどしくなる話し方になる宗倉君にモヤモヤする。もっとびしっとばしっと言っちゃって欲しいな。
「なんて言うかな。……周りに合わせる力があるかって言うとちょっと、って感じがするんだ」
なるほど、宗倉君は人を責める言葉を使うのが苦手らしい。さっきまでは褒める言葉がすらすら出てきたからすらすら話せたんだね。
「言葉にキレがあるって言うか。指揮をしてる音楽の先生にも指示が曖昧だと食い気味に質問するし。その上、昨日初参加の俺にも『予習して来なかったの?』ってキレて来て」
え、何それ怖い。
「さっき話した、明るめなBさんにも『うるさ過ぎて音に集中できない』って文句言ってたな。Bさんその時しょんぼりしちゃってかわいそうだったんだけど、でも曲の最後には笑顔で歌ってて。すげえなって思ったよ」
遠くを見るように顔を上げて話す宗倉君の瞳が、なんだか輝いて見える。これはうつつを抜かしていますねぇ。
「おい和樹。結局何がどうだって言うんだ」
脱線して何が何だかわからなくなってしまった話に誉田君がツッコむことで宗倉君が我を取り戻す。
そうだそうだ。僕は謎解きがしたいんだ! 早くヒントを出せ! 僕は君に直接問いただすことが出来ないんだよ?
「ああ、悪い……で、だ。結論を言うと俺はCさんが問題の女子なんだろうって思ってる」
「ほう。その心は?」
誉田君、それは何か違う気がする……けど、ひとまず宗倉君の答えを聞きたいな。
「姉貴の言葉をまとめると『質問をするけど勝手なこともする』『毎回練習に来る分指摘の仕方に困る』『3つの音ができない』ことが特徴なんだよな。俺が目を付けたのはCさんの指摘。的を射てるけども反感を買いそうな言い方をするのは自分勝手だと思えるし、その人が指摘をしているつもりだって考えたら周りから指摘もし辛いだろう? あとは、音に集中できないって発言からそうかなって。まあ、それを3つの音って言い切るのは難しいと思うけど……姉貴くらいになると判別がつくのかも知れない」
「あー、お前のね-ちゃん部長だもんな」
なるほど……宗倉君のお姉さんは部長なのか。そうなってくると、この推理で当たっているのかな。
「なるほどな……で? どうするんだ?」
え? どうする……とは?
「ああ。次の練習の前に、本人に言おうと思ってる。『部長が困ってる』って」
なんとまた勇ましい……。さっきまで人の悪いところを言いづらく感じていた、優しい宗倉君はどこへ行ってしまったのか……。
「はー。お前ってホントねーちゃんっ子だよな!」
にかにかとした笑顔でからかう誉田君に、宗倉君が「違う、俺は練習の空気を悪くしたくないだけで!」と反論する。本当、仲良しなんだね君たち。
「それに!」
流れを切るためか、宗倉君が声を1つ張り上げた。
「部長って言葉を出すのは、俺が姉貴に利用されてるからだ。だから、俺だって利用しても良いだろう?」
なるほど、そういう考えもあるのか。
えーっと、さっきの話の中で「2年生の女子は3人」って言っていたから、宗倉君のお姉さんは3年生なのかな。だとしたらもうすぐ引退もするだろうし、後腐れも無いのかも……知れないけれど。
お姉さんへの家族愛を持っている事を疑われて憤慨する宗倉君を、張本人の誉田君が「まあまあ、俺もついて行ってやるから」なんて言いながら宥めている。
そんな様子を見て、僕は思ったんだ。
本当にそれで合っているの? って。
○ ○ ○
「なるほどね」
すべて話し切って「これで全部だよ」と付け足す僕を、かお姉が見つめる。その表情には、お疲れ様と投げかけるような優しさがあった。
「とりあえず、ゆー君の疑問は正解」
そして一言加えるや否や、先ほどまでは僕のベッドの上で起こしていた身体を再び倒してしまった。
ちなみにこの姿勢は思考終了の合図だ。かお姉曰く「もう考えるつもりも必要もなーい」とのこと。
「そうだよね、やっぱり間違ってるよ。問題解決のためにお姉さんの名前を使うなんて……!」
かお姉の肯定をいただいて、少し興奮した僕は語気を荒げてしまった。けれど、そんな僕を見つめるかお姉の視線が冷たく、むしろ死んでいるように落ちていて、びっくりした。
「なんだ……気付いてなかったの?」
「え? ちょっと待って。どういうこと?」
失望した。そう告げてくるようなかお姉の表情に狼狽する。
みんなが迷惑しているんだという苦情を伝えようとする宗倉君、と誉田君の考えは良くない。それは悪いことだ。
それ以外に僕は何に気が付いていない? え、ひょっとして宗倉君の出した合唱部員の不思議の答えが間違っている……の?
「とりあえず、今から答え合わせをします。が、大切な事に気が付けなかったゆー君にはお使いをしてもらいます」
僕が毎夜頭を敷くのに使っている枕を胸に抱えるようにした状態で、かお姉は言い放った。
「私の本棚にある『混声合唱ピース 星屑の街』を取って来なさい。話はそれから……あ、あとゆー君のママに夕飯を誘われてるから、お母さんに伝えてきて?」
途中までは毅然とした態度で命令していたのに、最後には緩い表情でお願いをしてくる。なんとも締まらない人だ。
とは言え、僕にはそのお願いを断る理由が無い。せっかく持ち帰った不思議が今日も解き明かされるのだから……。
しかし、かお姉の本棚は合唱の楽譜まであるなんて……。一体どんな本棚づくりをしているんだろう。
○ ○ ○
「ちょっとお隣までお使いに行ってくる」
母さんに告げて玄関を出た僕は、制服ポケットからスマホを取り出した。
クラスのグループチャットがあるアプリを起動して、宗倉君の名前を探す。……あった。
『突然ごめん。今日のお昼に誉田君と話していた内容を聞いてしまったんだけど、ちょっと気になったことがあって。聞いても良いかな?』
タッチパネルに指を滑らせながら文字を入力して、メッセージを送信する。普段はインターネットの検索程度にしか使わないから、少し手間取る。
『なに?』
送ってすぐに既読が付いて、少し待ってから返事が来た。短文の割に時間がかかったのは警戒されたのかもしれない。けれど、返ってこない事も考えられたから送られてくる分良かったと思おう。
『お姉さんが言ったっていう「3つの音」っていうのは、本当にそう言ってたのかなって』
『もしそれがわかれば、誰が問題の先輩なのかがわかるかも知れない』
一度送ってから、付け加える。自身でも考え、それが誰なのか真相を推理していた宗倉君なら食いついてくるはずだ。
『まじで』
『姉貴が帰ったら確認する』
かかった。
よし。あとはお使いを済ませれば万事解決、かな?
『遅くなるかも知れないけれど、わかったら僕からも知らせるね』
メッセージに返事を送っておいて、僕は「斎藤」と標識が付けられた隣家のインターホンを押す。
「すみません、隣の悠斗です。かお姉のお使いで来ました」
短めですが今回はこれで。
次回解決編です。