かお姉と合唱部員の謎(2)
出題編(前)とルール説明です。
次回まで出題(状況説明)は続きますが、どういう謎なのかは今回のみでもわかるようになっています。
それは今日の昼休みにあった出来事。僕はいつもと変わらず、自分の席で1人きりの昼食を取っていた。……厳密に言えば教室にクラスメイトはたくさんいたし、僕の前にある2つの席では別の男子生徒も2人組で話しながら昼食を取っていた。あくまで、僕は誰とも話さなかったというだけ。
「そういえば和樹、昨日から部活だったんだろ? どうだった?」
「どうもこうもねえよ」
2人が話をしている中、2回目の話題転換が起きた。その時片方からの呼びかけに、和樹と呼ばれた男子はぶっきらぼうに返した。
彼、宗倉和樹は僕の出席番号1つ前の生徒だ。身長は高いけれど前髪が長くて目が隠れがちな上にいつも猫背になって歩いているから、なんだか自信がなさそうに見えてしまうのが特徴的だと思う。そして、もう1人の子は……別のクラスの子だから名前は知らない。平均くらいの身長で、短く刈り込んだ頭や、がははと笑いそうな大きな口が宗倉君と対称的に見える。
この2人、中学校に入ってこの1か月の間ずっと一緒に昼食を取っている姿を見ているので、かなり仲良しの友達なんだと思っている。ひょっとしたら僕とかお姉みたいに幼馴染みなのかもしれない。
「なんだよー。2年以上は女子ばっかの部活だって言ってたし、優しいお姉さんに囲まれて楽しかったんじゃないのか?」
宗倉君はどうやら女子部員が多い部活に入ったようだ。お友達はどうやらそれについていじりたがっているみたいだけど、当人からしたら面白くないことらしい。
「コンダ、お前は俺が何で部活なんかに入らされたか、全部わかってんだろが」
「なんだっけなー」
宗倉君の言葉を聞いていない風に演じるように、コンダ君がこっちに向けて身体をねじったので名札が見えた。どうやら彼は誉田君というらしい。少し珍しい漢字に思えるから、僕は初見ではきっと読めなかっただろう。
宗倉君がヘの字口で抗議をしているというのに誉田君は満面の笑みでからかい続けている辺り、2人は相当気心の知れた関係なんだと感じた。
「えっと? お前の姉貴さんが入ってる合唱部に今年は1年生の男子が全然入ってこなくて、それで姉貴さんからの命令で無理やり入部させられるって所までは聞いたな」
なるほど、宗倉君はお姉さんの命令によって合唱部に入ったらしい。誉田君、説明ありがとう。
合唱部か……そういえば入学直後のオリエンテーションにあった部活紹介で見たかも。その時は確か女子が5人に男子が1人だったかな? だとすれば確かに男女比は悪いように感じる……と言っても男女比がどうだとか、そういうことが関係あるのかも知らないけれど。
けれどその数を身内で賄おうとする部員がいる辺りから察するに、誉田君の言うとおり男子が合唱部に入るのは相当少ないんだろうね。それこそ女子生徒とお近付きになろうとするような下心ある思春期の男子くらい……なんて言うと偏見が過ぎるかな。
「いやー、家に上の兄弟がいるとか嫌だわー。絶対パシられんじゃん」
「お前なぁ! 人の身にもなれよ。無理やり部活に入らされるってだけでも嫌なのに……」
会話を続けるほど、愉快そうに表情を明るくする誉田君だけど、それに反比例するように宗倉君はどんどん暗い表情になっていく。……誉田君、そろそろかわいそうだから宗倉君の話を聞いてあげようよ。
「やー悪い悪い。なんだ、話してみろよ」
流石に宗倉君の異様な態度に気付いたのか、誉田君はからかい顔をやめて優しげな表情で話を聞き始めた。
「ああ……。とりあえず昨日、姉さんの命令通り音楽室に行ったらすぐさま練習に入らされて楽譜を渡されたんだ。ほら、この前の部活紹介で歌ってたアレ」
部活紹介ではJ-POPの曲を歌っていたよね。確か、10年くらい昔の曲。5人組の男の人で、綺麗なハモりの……なんだっけ。曲名はサビに出てくるから知っている。『星屑の街』だ。
「で、こちとらほとんど初めて聞く曲を覚える所から大変だっていうのに、低音だからって変な音歌わされるし。声変わりもまだ微妙だからあんま声出ねえし。しかも次までに予習と復習までして来いって言うんだぜ?」
「おう、なかなかハードだな。運動系の部活よりはマシかも知んねえけど、めちゃ頭使いそう」
「それだけじゃねえよ。姿勢とかも注意されるし、最初に準備体操と筋トレもあったし」
「げぇ、もうそれ運動系じゃんよ」
誉田君の感想に同感。文化系の部活動はなんとなく楽そうなイメージがあるから、ちょっと行ってみようかなって程度の好奇心で興味を持たれそうだけど。ひょっとしたらそういう実態があるから合唱部には人が寄り付きにくいのかもしれないね。……ちなみに僕は人前で歌うのが苦手だから、万が一の確率で誘われたとしても遠慮したいところ。
「で、昨日は家に帰ってからも姉貴にピアノの音だけのデータをスマホに入れられて聞かされてたし。しかもその後先輩の愚痴まで聞かされたんだぜ?」
「うへー……つれえな」
誉田君は舌を出しながら、心底嫌そうな表情を作った。うん。僕も傍から話を聞いているだけで、どんどん合唱部に入る気持ちが薄れていくよ。このまま話を聞いているのも辛い。
でも、宗倉君の舌はエンジンがかかってきたようで、もう止まらないとばかりに会話を続けていく。
「その愚痴ってのが先輩についてなんだけどな。なんでも女子の中に1人、練習は真面目に来るんだけど上手くない人がいるらしくて、その人の処遇に困ってるらしい」
「は? 練習熱心って言ったって、上手くならない人はいるだろ」
宗倉君の言葉に誉田君は真顔で返した。
うん、僕も真っ当な意見だと思うよ。芸術にしてもなんにしても、努力だけではなんともならない部分があるって感じることはあるし、間違ったやり方をずっと続けて身に付かないこともある。でも、どうやらそういうことじゃないみたい。
「その先輩は今2年で、中学に入ってから合唱に興味を持ったんだと。で、楽譜記号なんかはてんで詳しくないからよく質問をするらしいんだ。で、質問はするけど指示されてないことも勝手にするらしくて、それで周りと合わなくて他の部員からも不満が出てるらしい。やる気があって毎回練習に来る分、どう指摘したら良いかわからないってぼやくんだ」
なんともまあ……。参加しない不真面目な人よりも、真面目に参加する人の方が迷惑に思われちゃうパターンなのか。
「昨日、上級生の部員は全員いたから顔と名前はまあわかるんだけど、姉貴のヤツ俺にはそこをぼかしやがって……」
「なるほど。ムラムラするわけか」
誉田君、モヤモヤだよ。
「とりあえず『3つの音さえできてくれたら』って言われたんだけど、いまいちわかんなくてなぁ」
おっと。宗倉君は気付いているのかいないのか、誉田君の小ボケにスルーを決めた。
○ ○ ○
「3つの音……?」
僕の話にようやく、かお姉が食い付いてきた。良かった。危うく僕の長い独り言になるところだったよ……。
「3つの音が、できない……」
かお姉は僕の言葉を噛みしめるように繰り返し、続けて顎に指を添えた。
これはかお姉が考え事をするための儀式、いわゆるルーティーンだ。……僕の見つけた不思議は、今日も解決されるのかも知れない。
かお姉の家にある蔵書の中で、僕が特に興味を持ったものは探偵小説だった。自らの知識と経験を用いてあらゆる謎をすらすらと解いていく。そんな探偵の姿に感動した僕は、毎日のようにかお姉の家に入り浸っては、そのジャンルばかり読みふけっていた。
そして本を読むにつれ、僕もそうありたいと渇望するようになった。……しかし、頭脳も才能の1つ。どれだけ憧れても僕には探偵になれる器量はなかった。
でも、かお姉はそれを持っていた。
僕が学校で聞いたり感じたりした不思議な話をすると、かお姉はそれを聞いているだけで真相にたどり着いてしまう。もちろん、よく考えれば真相がわかるものや、過去に経験をしていればわかるような不思議もたくさんあった。けれど、僕が持ち帰った不思議に対する答えを出し続けるかお姉は、さながら安楽椅子探偵のようであると僕は思ってしまった。
それから僕は周囲の不思議を集めてはかお姉に話すようになった。
これは言うなれば僕からかお姉への挑戦で、更には引きこもりがちなかお姉が外の世界に興味を持つようになれば、というご提案なのだ。
……ひょっとしたらかお姉は、ただ単に僕と遊んでいるだけと思っているかも知れないけど。
「……その子は本当に、お姉さんからそういう言われ方をしたのかな」
かお姉の声でハッとする。挑戦をした限り、僕はかお姉に情報提供をしなくてはいけない。
そういう言われ方、というのはきっと『3つの音』のことだろう。僕はもちろん当事者じゃないから、宗倉君の話を勝手に聞いていた範囲でしか答えられないど。
「うん、そう言っていたはずだよ。でも、ひょっとしたら宗倉君のお姉さんは別の言い方をしたのかも知れないけど。……そうだ、なんだったら確認してみる?」
僕は先ほど下ろした学校鞄からスマホを探す。今日聞いた宗倉君の話にスマホという単語が出てきたから、クラスメイトのグループチャットにも彼のアカウントが入っているはずだ。
「……ゆー君?」
そう思った矢先、かお姉の少し怒った声が聞こえて自分の失言に気が付いた。
「私が考えた不思議の答えは本人に確認したり知らせはしない。それがルールでしょう?」
鞄の内ポケットに入っていたスマホを見つけて取り出していた僕は、かお姉の言葉を聞いてそのまま右手をだらりとおろした。
僕とかお姉の推理ゲームにはいくつかルールがある。
『その1、僕が見つけた不思議について、聞いた話は漏らすことなく伝える事』
『その2、僕が憶測で勝手な付け足しをしたり、嘘をついたりしない事』
これは幼稚園児の頃から推理小説にかぶれていた僕が、推理ゲームをするならと提案をしたものだ。ミステリ小説に存在する「ノックスの十戒」のように、理不尽な謎にならないための推理のルールだ。
そして、あと2つ。
『その3、2人で考えてわからない場合は諦める。無理やり結論は出さない事』
『その4、不思議な出来事を推理したことは本人には伝えない事』
これはかお姉からの提案。 不思議なこと、わからないことについて究明したい僕の欲求に対して「自制心も大切だよ」と付け足されたものだった。
僕はかお姉に推理で期待を裏切られたことはないので、その3について特に何も考えてはいないけれど、その4については少し不満もあった。
「どうせ考えて推理をしたなら答え合わせもしたい」
そんな僕の感情を「不要な干渉は避けるべき」とかお姉が一蹴した。
「ゆー君はたまに、本人からしてみれば『気にしてはいけないこと』も気にしていることがあるの。そして、そういう求められていないことを推理するのは邪推って言うの。……人に聞かれたくないと思っていることについて、急に他の人から口出しをされたり、真相がわかったなんて言われたらその人は怖くなったり、不審に思ったりしちゃうの。わかるかな」
小学生の頃から言い聞かせられていることを、頭の中でもう一度反芻する。いつも僕と話す時はにこにこしているかお姉が、悲しい顔をして――それこそ、まるで探偵行為を憎んでいるみたいに言っていたことを思い出す。
「また謎に没頭してしまったみたい。ごめんなさい」
2人で決めたルールを破りそうになったことを謝り、右手で掴んだスマホを制服ズボンのポケットに差し込んで、もう使わないよと行動で訴える。こういう時、自分の考え甘さに気付かされる。
「ううん、覚えているなら良いの」
かお姉は優しい表情で首を横に振って、そして僕に確認を取った。
「……でも、もしその合唱部の子が話した内容がさっきまでのだけなら、結論を出すのはやっぱり難しいかな」
そうだ、合唱部の話はまだ終わっていないんだ。
「待って。実はまだ続きがあるんだ。その後宗倉君は、お姉さんと同期の先輩部員について、3人の話をしていたんだ」
○ ○ ○
続く