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ゆー君とかお姉  作者: げこ◆A3nDeVYc6Y
かお姉と合唱部員の謎
1/8

かお姉と合唱部員の謎(1)

いわゆる登場人物紹介回です。

 午後4時過ぎ。学校から帰宅して、自室の扉を開く。

「ゆー君おかえりー」

 学校指定の鞄を肩から下げた僕を聞き慣れた声が迎え入れた。

 また勝手に入って……。そう思いながらベッドの方を見ると、膝だけ曲げた状態で仰向けになっている幼馴染みの姿があった。

「おじゃましてるよー」

 首を少し持ち上げて目線を合わせてから、部屋の奥側に設置している枕にぱたんと頭を落とした。いつも学校に行く日には三つ編みにしている髪がぱさっと広がる様子を見て、また学校に行かなかったんだなと思った。

 人の部屋に上がり込んで、さも当然のようにくつろぐ。毎日同じように振る舞われ、繰り返される行動に慣れてはいるけれど、反論はしておかないといけないだろう。……あと、ロングスカートの重みで大切な所は見えていないけれど、思春期男子の部屋でそのポーズは如何なものかと思う。

「かお姉、どうして今日も僕の部屋にいるのさ?」

 部屋に入って学習机に鞄を置いて、幼馴染みに聞いてみる。

 僕の部屋に勝手に入れたのはきっと、居間にいた母さんの仕業だろう。まったく、それならそうで先に言っておいて欲しいんだけど……。っと、そうじゃなくて、今僕が聞きたいのはかお姉が外出をした理由だ。

 本業は大学生だけど、学校の中にも外にも友人や恋人と呼べる人がいない。そもそも外出をすること自体が嫌いというようなかお姉が大学に行かず、隣家である僕の家にだけ出かけるというのには理由があるはずだ。……と言っても同じようなやり取りを何度もしている僕にしてみれば、その答えは明白なのだけど。

「お母さんと喧嘩した」

 ああ。やっぱり。

「また?」

 呆れながら言う僕を、頬を膨らませたかお姉がじとっと睨んだ。毎日繰り返される予想通りの言葉には、質問をした身ではありながら辟易してしまう。

 かお姉と僕は隣同士の家に住む幼馴染みだ。

 かお姉は本名を斎藤花穂と言い、年齢は18歳で今は大学1年生。今現在中学校1年生の僕とは随分と歳の差があるから、世間一般では幼馴染みとあまり言わないのかもれないけれど、僕が幼い頃から毎日のように遊んで慣れ親しんだ相手だというところで納得されたい。

 ちなみに名前が花穂なのにどうして「かお姉」なのか、というのは些細なこと。

 かお姉と初めて出会って仲良くなったのは、僕の家族が引っ越しをした頃だった。

 それまでは小さな子ども連れの家族や老人が多く住んでいるマンションで暮らしていたのだけれど、僕が幼稚園に入るのを機に両親は一戸建てに引っ越すことを決心したらしい。引っ越しをした日に両親の後をついてご近所さんへの挨拶をしに回った時、お隣の斎藤さんの家からまずおばさんが出てきて、僕の姿を見てかお姉を呼んだ。もちろんその時におばさんはかお姉のことを名前で「花穂」と呼んでいたし、しぶしぶといった様子で出てきたかお姉も僕の両親に正しく「斎藤花穂です」と名乗った。ちなみにこの頃かお姉は小学校5年生。

 引っ越ししたばかりの土地で、大人ばかりを見て不安だったのかもしれない。少し歳が離れているとは言え、子どもの仲間を見つけて嬉しかったのかもしれない。もしくは、その時既にかお姉に惹かれていたのかもしれない。

 仲良くなりたいという気持ちで、僕はかお姉の名前を呼ぼうとした。

「かおねえちゃん」

 本当は名前にお姉ちゃんを付けて「花穂お姉ちゃん」と呼びたかった。だけど上手く言えずに「かおねえちゃん」と呼んでしまった。ようするに、ただ単なる僕の言い間違え。

 ――でもそれがきっかけで引っ越しの挨拶をしている間中ずっとふくれっ面をしていたかお姉も笑顔になって、それから僕に構ってくれて今に至るという所だ。

 その時のことを振り返って話題に出すことがあるのだけど、かお姉がふくれているように見えたのは、かお姉も僕と同様に人見知りをしていて「知らない人を相手に挨拶することが不安だったから」だとか、そのあと期限が良くなったのは「後ろに隠れていたゆー君がひょいと出てきて、きちんと名前を呼べなかった様子が可愛かったから」だとか、そう返されたことがある。当時から魅力を感じていた年上の異性から気に入られるのは嬉しいけれど、男なのに「可愛い」と言われるのはやはり不本意である。

 僕としては、同じ人見知りとは言え大学生になった今でも「よく知った相手でないと話が出来ない性格だから」と言い訳をしては一向に交友関係を広げようとしないかお姉と一緒にされることに不満があるし、名前だって小学校に入った頃にはちゃんと発音できるようになって「花穂ちゃん」とか「花穂さん」と呼んでみようと挑戦したこともあるのに「いつもの呼び方が良い」なんて変なこだわりを持たれるのもちょっと微妙な気持ちになる。

 ちなみにかお姉の人見知りは特殊だ。どんな人見知りでも同じ相手と会話を繰り返すことで慣れることができたなら、少しずつでも話せるようになるはずで、その点はもちろんかお姉も同じ。

 だけどかお姉の場合はそれが行き過ぎてしまって、話せない相手にはとことん話せないのに、話せる相手となればとことん我儘に話す。その態度は会話だけに収まらず行動にも出てしまうというのだから、むしろ内弁慶と呼ぶのがふさわしいのかも知れない。

 更に人付き合いについての好き嫌いもかなり激しくて、この人は苦手だと1度認識すれば顔を合わせることさえ嫌い、相手から歩み寄りを見せたとしてもそっけなく返してしまう。そんなことを繰り返すものだから周りから人が寄ってくることも無い。

 そこに加えての、おじさんが所持する大量の蔵書が決定打になっていると思う。「ジャンル構わず目の前にある本はすべて読みたい」という超内向的な趣味もあって必要時以外には外出しない出不精になってしまった。……幸い、食生活だけはバランスよく取れているようで健康的な身体つきはしているけれど。

 そんな人見知りの上に出不精、そしてかなり我儘な幼馴染みのお姉さんは自身の生活についておばさんと衝突することが多く、喧嘩をしては僕の部屋に避難することを繰り返しているのだ。

「それにしても、大学生の女の子がお母さんと喧嘩して逃げる場所が隣家に住む中学生男子の部屋っていうのはどうなのさ?」

 心の底から呆れているわけではないけれど、それで良いの? という確認の気持ちで聞いてみる。かお姉だっていわゆる年頃のお嬢さんなんだから、同世代の友達の1人や2人いないと大変なのではないかと心配になる。

「いいんですー。私にはゆー君がいるから」

 急に身体をがばっと起こして、断言されてしまった。

「大学って休んだ時のカバーは先生にしてもらえるの?」

 たぶん、そんなことはないんだろうけど。そう思いながら問いただすと「うー」と唸り声だけが返ってきた。きっと今日のことも後々になってから困るのだろう。

 ――幸か不幸か、まだ小学生だった頃から既に孤立していたかお姉は、自分の言うことを純朴に聞いてくれる年下の幼児に出会ってしまった。その幼児であるところの僕が、かお姉を実の姉の様に慕い、懐いてしまい、ずっと一緒にいてしまったために人見知りが改善されなかった可能性もあるのだと思えば、やはりこの出会いは不幸だったのかも知れない。

「……そんなこと言ったって、急に友達はできないもん」

 今度は三角座りのように脚を両腕で抱えて、かお姉が続ける。

 僕と出会ってからのかお姉は、プライベートな時間のほとんどを僕に費やしていた。小学校の授業が終われば僕と遊ぶためだけにすぐに帰宅。うちの母さんに用があって幼稚園まで迎えに行けないとなれば、代わりに迎えに来てくれるというほど。本当に僕しか交友相手がいない生活を送っていた。

 その分、うちの母さんからのかお姉に対する評価はかなり高く、さらには今以上にかお姉を甘やかそうとさえする。それでもかお姉は流石にうちの母さんとは喧嘩を出来るほど我儘にはなれないらしく、2人の関係はとても良好である。……むしろ仲が良すぎて困ることもあるけれど。例えば今日みたいに僕の部屋へ勝手に入らせるとか。

「そう言うゆー君は? 中学校で友達できた?」

 嫌味を言ったお返しに痛いところを突かれた。

 ――幼稚園でも小学校でも、同じクラスであるとか出席番号が前後であることを理由に僕と話をしようとしてきた子達はいた。それこそ小学校の一年生という時期は顕著だ。有名な歌にもあるように、本当に友達を100人作ろうとする子がいるもので。

 実は僕も、そうなれば良いなと思わなかったことは無い。今現在だってかお姉との会話で答えに窮している辺りでは特に、友達がいたら良かったのにと考えることもある。けれど、かお姉がプライベートな時間を僕としか過ごしていないと言うことは逆もまた然りである。

 お迎えが来る幼稚園はまだしも、小学校に上がれば、家に帰ってかお姉と遊ぼうという気持ちだけで真っ直ぐ家に向かっていたのだ。僕と仲良くなろうとしてきた子や集団下校の子達と一緒に帰ることはあったし、家に呼んだこともあった。

 けれど、幾日かした後に来なくなるのだ。

 僕は家の中でかお姉と2人で本を読んでいられればそれで良かった。でも、他の子達はそれでは満足できなかったようで、途中で我慢できずに「外に遊びに行く」と言って家を出て行ったり、僕と2人になったタイミングで「あのお姉さんはいつもいるの?」と聞いてくる。

「うん。毎日遊んでるんだ」

 質問をされたら誰でも正直に答えると思う。それは小学生の頃の僕も同じだった。

 けれど、周りの子はその返答を聞いた瞬間に変な顔をして帰って行く。次の日に学校で会ってからも微妙なリアクションからぎこちなくなって、そのうち話すことも減ってしまう。

 小学校の高学年にもなれば、ひょっとしたら僕の考え方が珍しいのかもしれない。そう考えたこともあったけれど今までずっと過ごしてきたやり方を変える気持ちにもならず、来る者も去る者も拒まないスタイルを貫いた。

 そして中学校に入った今。1か月が経過しても部活動をするつもりもないし、このスタイルが理由でクラスメイトと馴染めなかったり、友人が出来なくても構わないとさえ思い始めている。

「まあ、簡単に出来れば苦労はないよねー」

 自身のこれまでを振り返ってみても、これからを考えてもその道は容易ではないと思った。幸い、父さんが「中学生の男子には必要だから」なんて言って無理やり持たせてくれたスマホのおかげでクラスメイトが入っているグループチャットには参加できているから緊急の連絡を受けることはできるし、流れてくる雑談から適当な会話には付き合える程度に情報は入ってくるのだけど。

「あ、そういえば」

 先ほど想起したクラスメイトという言葉から、僕の頭に記憶された1つの事象が思い出された。

「今日、こんな話を聞いたんだけど――」

 僕は自分で撒いた種によって発生してしまった嫌な空気を払拭するために、クラスで耳にした噂話をかお姉に披露することにした。

 

     ○     ○     ○

 

 

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