ホテル:スパー
私は何処かの国で見た甘いお菓子のような扉を押して開いた。
古びた洋館の扉のように錆びついているように見えるその扉は意外にもすんなりと開くことができたのだ。
どうしてツタを伸び放題のまま放置しておくのかしら……私なら絶対に切り落としてもらうところだもの。
など、自分とは関係のないホテルの外装のことを考えながらエントランスホールへ続く白い廊下を歩いていた。
ものの1分程でエントランスカウンターにはついた。カウンターには黒いパーティースーツを着た老年……いや中年の男がポツリと機械のように立っている。
ラークだったら話しかけるだけで時間がかかってたんだろうな、そう思いながら私はカウンターの男に話しかける。
「すいません、旅のものなのですが一晩だけ泊めていただけませんか?」
話しかけたが男は微動だにせずまっすぐ前だけを見つめている。
なにこの男、ホテルもそうだけど支配人まで気味が悪いとは思わなかったわ、と思いながらまたため息をつく。最近はなぜかため息をつく回数が増えてしまったように感じる。
数十秒間、男の目線の前に立ち塞がって見たのだが、やはり反応はなく……いや、違う。
今一瞬だが口で呼吸するところが見えた。ならば、この男は死んでないし機械でもない。本当に人間だ。小さい頃から人間観察の研究をしていてよかったと今実感した。
相手が人間だとわかった以上こちらに引き下がる理由なんてない。負けず嫌いで決めたことは意地でも実行する性格が今に出た。
「あの、聞こえてらっしゃすんですよね。返事くらいしていただけませんか?」
反応はない。
「この国は国民が非常に優しく過ごしやすい国だ、と行商人から聞いたのですがあなたの態度を見るからにあの行商人は国を間違えたようですね。」
反応がない。こいつには愛国心の欠片もないのか?
目の前にある呼び鈴をリンリンリンとわざと大きく音を鳴らした。
反応は見て取れない。やはり私の間違いか?本当にこの男は人間か?そうも思ってしまい、だんだん私も意固地になってゆく。
「いい加減なにか喋ったらどうです? 別にこの会話は盗聴なんてされてませんし、そもそもする意味ないですけど、拷問でもなんでもないですし、私はここのホテルに泊まりたいだけなんです。」
声を少し荒げ、発言するも健闘むなしく反応がなかった。
そう、先程もあったが私は他の人以上に諦めが悪い。始まると止まらないタイプだ。だからこそラークのフォローが必要なのだが、今ここにはラークはいない。しかし自分がここで引き下がるのも癪だ。だから私は意地でもこのホテルに止まってやる、そう決めた。