入国①
「もうすぐ目的地に着くよ? スパー。起きて顔を洗って歯を磨いておいてね」
スパーと呼ばれた長く艶やかな紫色の髪を持つ女性は、運転席の少年では無く正反対の窓の外の景色を見ながら言った。
「誰がこんな運転で眠れるのかしら?」
辺りの緑色の森の中一本だけ茶色で引かれたボコボコの獣道を走るクルマの中で男女二人が会話している。
「あはは」と、少年は苦笑する。
「あと、このクルマに洗面所は付いているかしら?」
「無いね」と、少年はまた苦笑する。
数分、獣道を追うようにクルマを走らせていると前方に二つの分かれ道に行く手を阻まれた。
「あれ、困ったな。分かれ道に出ちゃったよ? どっちに行く?」
少年は少し困った顔でスパーを見て進路を聞く。
「もしかしてラーク……どっちに進めばいいのかわからないの?」
「ち、違うよ? どっちに行けば次の国にたどり着けるかわかってるんだけどね。一応、一応スパーに確認を取ろうと思っただけだよ。」
ラークと呼ばれた運転席に座る白髪の少年が否定を強調するようにスパーに向けて両手を振っている。
「本当にわかっているのかしら? じゃあ、一応聞くけどラークはどっちへ行こうとしてるの?」
スパーは少年の顔を一切見ずに声だけで質問する。
「えっと……右?」
首を傾げながら疑問形で話す。
「本当に? 本当に言ってるの? それ」
窓の外をずっと見ていたスパーの顔がようやく、喋っているラークを向いた。
だが、その顔はまるで滑稽な物を見ているような眼差しだった。
「えー……左!」
スパーの方を向きながら身を乗り出して言った。
「本当に左でいいの?」
スパーがラークを見る眼差しがだんだんと疑惑に染まって行く。
ふと、スパーがクルマの前方を指差して言った。
「そこの看板に書いてあるじゃない……」
「あ、ホントだ……」
ラークは看板を見つけてポカーンと口を開けていた。
「これがいわゆる『口に穴が開く』ってヤツだね!」
自身げにことわざを披露してみせるラークを尻目にスパーが
「……? それって『開いた口が塞がらない』の事?」
理解し難いを完全に再現したような顔でラークを見つめている。
「そうそう!それだよ!」
一人で悔しそうに納得しているラーク。
一方、スパーは呆れたように額に手をあてがう。
「で、結局どっちに行けばいいかわかったのかしら?」
ため息をつきながらもう一度問う。
「えーとね……うーんと……」
「早く答えてくれない? 私は待つことがあまり好きじゃないの」
なかなか答えの出ないラークにイライラしているようだ。
先程から指先二の腕の上でが忙しそう上下している。