始まりの秋空は、体に沁みる
随分前に書いたものを少し編集して、投稿。
更新未定
締めは苦手。
山城亮介はフリーターである。
高校卒業以来、続けている24時間営業の飲食店と、単発の引っ越し業者の手伝いで生計を立てていた。
収入は月々25万ほどと低収入だが、家賃の低いアパートで一人暮らしをするくらいはなんとかできる。世間体はあまりよくないものの、俺はこの「フリーター」という身分が気に入っていた。
なんといっても、趣味の時間を自由に取れるのが最高だ。
定職にはいずれ就かなければとは思ってはいるが、なかなか踏ん切りがつかない部分もあって、一度も就いていない。
現在、仕事中のファミレス、『マーベルス』の店長には、たびたび社員になれと言われていたが、やりたいことがあるので、と断ってしまった。とはいえ、店長の如月さんはまだあきらめていないらしく、今でも時折言ってくるのだが。
オーダーされていた最後の料理を作り終え、一段落ついたところで、チラリと壁にかかっている時計を確認する。もう少しで、本日の仕事は終了。そろそろ引継ぎのバイトの子も来るだろう。
料理に使う仕込みが少なくなっていたので、帰る前に補充だけはしておこうと、食材を冷蔵庫から出していると、不意に話しかけられた。
「亮介、おまえ明日から三日間休み取ってるけど、なにすんの?」
バイト仲間の黒木啓司だ。こいつが新人の頃に教育係を受け持って以来、歳が近い事もあって、バイト仲間の中では割と仲良くやっている。
「ただの法事だよ。実家にも顔を出せって言われてるし、往復に一日くらいかけるとして、二日くらいは久々にゆっくりしてくるつもり」
「なんだーつまんないの。やることないんだったら、いっしょに遊びに行かないか? 亮介の休みの最終日でいいからさ」
そういえば黒木とはあまり遊んだことがなかった気がする。たしか前回は、彼女と別れて傷心だから、遊びに付き合え、とか言って誘ってきたっけ。
「……まさか、また失恋したのか?」
「……ソンナワケナイジャナイカ」
図星か。声は固いし、目も泳ぎまくってる。
こいつ、チャラそうな見てくれとは裏腹に、初心で異性とまともに話せないんだよな。大学デビューで髪を金髪にして、ピアスまでつけたってのに、いまだ一度も恋は実っていないらしい。
「おまえ、これで今年に入ってから何人目だ? 今度はいけそうな気がする! とかいってたじゃねーか」
「……5人……かな。友達としてならいいって……もう何回聞いたか覚えてないよー。なにがダメだったんだと思う?」
そんなこと聞いてくんなよ……。まあ何となく理由はわかるんだけど。
「……お前なぁ――」
と、言いかけた時、横から違う声が割って入ってきた。
「おまえに足りないものは、異性を振り向かせるための努力だ」
「店長!?」
そこにいたのは、ぴしっとしたカジュアルなスーツに身をつつみ、腰まである艶やかな黒髪を揺らしている長身の美女。何を隠そう、彼女こそが今日は不在のはずの、このレストランのオーナー兼店長だった。
腰に手を当て、こちらを睨んでいる。実際に睨んでいるわけではなさそうだが、ツリ目がちなせいでそう見える。
「振られたからと言って、すぐに諦めてたんだろう? つまり、お前の気持ちはその程度だったということだ。黒木、おまえはまだ恋に恋い焦がれているにすぎん。打てば当たるなんて気持ちで恋愛をするな。」
「!?」
どうやら店長の言葉は黒木にクリーンヒットだったようだ。俺の横でフルフルと震え、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「コホンっ。とまあ、偉そうなことは言ったが、私も恋愛沙汰には疎いほうだ。アタックをかけても降られてばっかりでな。お前はまだ若いのだから、少しずつ経験を積んでいけばいいさ。な、山城」
「……そうっすね…………」
きっと言い過ぎたと思って、フォローを入れたつもりだったのだろうが、最終的にこちらに振るのはやめてほしい。
よし。話題を戻そう。
「あー、黒木? 予定だと、三日目の朝にはもうこっちに戻ってるし、次の日のバイトも夕方からだから、大丈夫だぞ」
そう、顔をうつ向かせていた黒木に言うと、
「っ!? マジか! ならその日、一緒にレンちゃんと行く予定だった遊園地に行こうぜ! ペアチケットもう買っちゃっててさ」
といって、すぐさま元気を取り戻して、ファンキーなネズミが有名な、とある遊園地のチケットを取り出す黒木。ってか、バイト中ずっと服に忍ばせてたのか……
ちなみにレンちゃんっていうのが今回振られた相手らしい。
「お前ら、男二人だけで行くのか?」
「だって、店長言ったでしょ? 経験を積めって。だから、現地でナンパして相手を見つけようと思います!」
……あ、こいつ馬鹿だ。店長が言ってたことをちゃんと理解してない。だが、ツッコんだら負けな気がするから、何も言いたくない。
だから店長お願いです、こいつをどうにかしろみたいな視線を向けてこないでください。
「はあ……。黒木、もうわかったから、その話は終わりにしろ。お前の終業時間はまだ先のはずだ。仕事に戻れ。」
黒木はそういわれると、はっとしたような顔になり、すぐさまホールに出ていった。
あいつまさか仕事中だってことを忘れてたわけじゃ……「山城。」
「あ、すみません。俺もすぐ仕事に戻りますね。」
そういって、仕込みの続きをしようとしたが、店長に手で制された。
「いや、今日のおまえの勤務はもう終わりだろう?」
時計を見れば、確かに時間は過ぎていた。いつのまに……
ホールを見れば、引継ぎの子もすでに来ていた。
「この後、時間はあるか? シフトのことで話があるんだが」
「わかりました。引継ぎだけしたら、すぐにいきます」
そう返事をすると、店長は外で待っていると言い、この場を去っていった。
俺はすぐに、近くにいたスタッフに簡単な引継ぎをしてから、手早く着替える。
外、ということは十中八九、車で待っているということだろう。
今日の晩飯の心配はしなくてもいいかもしれない、などと思いつつ、スタッフ達に挨拶をすますと、退店した。
思っていた通り、車の中で待っていた店長と合流すると、近くの別のレストランに場所を変えて話をすることになった。
よくあるチェーン店で、ありふれているような定食を二人分頼むと、「さて、」と店長が話を切り出してきた。
「おまえ、そろそろ毎年恒例の季節病が出るころじゃないか?」
流石に、見抜かれていたか。
俺は、彼女の店で4年ほどバイトをしてる。そのため、自身の事情もある程度は話していたし、秋になれば、少しシフトを減らす。これは毎年のことだった。
「やっぱり、その話だったんですね。薄々予想はしてましたが」
「お前のその病気は、スタッフルームで気軽に話せる内容でもないからな。そうか、今年もまた発症したんだな。」
「どうやったら治るかなんて、医者にもわかっていないんですから。命にかかわることがないだけましってもんですけどね」
それを聞くと、店長はやれやれといったふうな感じで、傍らに置いてあったバッグから、ノートパソコンを取り出して、起動させた。
「わかった。なら、シフトは去年と同じようなシフトでいいのか? 夕方からの出勤が多くなる形だが。」
「はい。それでお願いします。なんかあったら、その都度伝えますよ」
カタカタ、カタカタとキーボードを叩く音をしばらく聞いていると、料理がやってきた。結構早い。
周りを見渡せば、お客さんの人数はかなり少ないことがわかった。
「やはりこの時間帯は、どこのファミレスも入客が下がるものだな」
「バイトの身としては、ありがたいですけどね。夜に向けて仕込みをできるし」
夜はスタッフも少ないから、仕込みができていなかったら、急な入客に対応できず、地獄を見ることもあるのだ。
「やはりまだ、うちに入社する気はないのか? 私は結構お前を評価しているし、言ってくれれば即採用してやるぞ」
さらっと、まだとか言ってくるあたり、いずれ俺を入社させることへの本気度が伺える気がする。
「残念ながら、まだそんな気はないですね。もうしばらくはフリーター生活を満喫しようと思っているので」
それに、今やってる勉強も形になってきたし、もう少しこのまま頑張りたい。
「……そうか。では最後だが、おまえの有給がずっとたまっている。明日からの三連休はもちろん有給にしているが、追加で四日。計一週間くらい休んでも構わんぞ?ただでさえ、あまり休んでいないんだ。」
「……すみませんが、遠慮しておきます。一週間も休んじゃったら、休み明けのブランクがつらいんですよ」
その後、店長との話は、仕事の話から、世間話に移り変わっていき、食事が終わると、すぐにレストランから出た。
車でアパートまで送ってもらい、そのまま帰宅したが、よくよく考えると、デートっぽかった気がしないでもない。
いまさらながらに、ちょっと気恥ずかしい。
そんなことを思いながら、部屋に一つしかない窓から見える、秋の空を眺めていた。