七着目 「一末の休息」
夢を見た。
真っ黒と真っ白が入り混じったところに私は立っている。
そこにトーコが現れ、私を真っ直ぐと見つめる。その瞳には私が映っている。
トーコに触れようと手を伸ばす。
トーコも同じように手を伸ばす。
しかし景色は暗転し、夢は終わる。
「ここは……」
目が覚めるとリアはベットに寝かされていた。
かなりふかふかで、枕も気持ちいい。
「スク水は、ない……」
当然のようにスク水は脱がされ、替わりにパジャマが着せられていた。
もちろんこれでは能力を使うことはできない。
加えて、戦闘で負ったはずの怪我も癒えていた。
あの戦闘からどれくらい時間が経ったのかは分からなかった。
部屋を見渡すとふかふかのベット以外には本棚や勉強机などが並ぶ、
所謂学生の一人部屋のようなところだ。
生活感が少し感じられるこの部屋はどこか温かみも感じられた。
警戒しながらベットを降り、部屋の隅々まで見て回る。
見る限りどこもおかしなところはなさそうだ。
となると、そこにある扉か窓を調べるしかなさそうだ。
窓を開けると広大な花園が目に飛び込んできた。
耳を澄ませば川のせせらぎや鳥の囀りが聞こえ、まるでそこに一つの世界が広がっているようだ。
花の周りには蝶や蜂が舞い、蜜を集めている。川には魚が泳ぎ、空には鳥が踊っている。
「綺麗」
思わずため息のような甘美な思いが口から洩れる。
見とれていたのだろう。時間が分からなくなってきた。
「綺麗でしょう」
ふと声を掛けられ、現実に戻る。
見惚れていた。警戒心を保つことができなかった。
振り替えると、先ほど戦闘し、真美が倒したはずのカリンが立っていた。
もちろんスク水を着ているのでここで戦闘になればまず勝ち目はない。
だが、カリンから敵意というものは感じ取れなかった。
というよりも、もうすでに薄々感じてはいた。
ここは敵のアジトで、リアは連れ去られてしまったということ。
それなのに、殺されても、鎖に繋がれてもいないということは
つまりそういうことなんだろうと。
「どうして私がこんなところに、それも危害を加えられずにいるのかって顔ね」
「ええ、その通り」
「まあ、実のところあなたはついでといえばついでなのよ。そもそも私たちが欲しかったのはあなたのスク水なのですから。ただ、念のため一緒に連れて来たというわけです。それに私たちのガーデンに迎え入れたからには客人になるんですから、丁重に御もてなししなければならないでしょう?」
「私のスク水をどうする気?」
「このガーデンの管理に使わせて貰うのよ」
「管理?」
「甘美なる花の庭園の目的ってご存知かしら?」
「強いスク水を求めスク水狩りを行う」
「半分正解ですけれど半分不正解ですわ」
「というと」
「スク水狩りではないわ。スク水幼女を勧誘しているのよ」
「勧誘?しかし、学校を襲った」
「それはあなた方が徒党を組んでいたからよ。それにまだあの地域は管轄外だから」
「話が見えない」
「仕方ないわね、一から説明してあげるからついていらっしゃい」
カリンは部屋を出て歩いていく。リアもそれについて行き、話を聞く。
「リア、でしたかしら?あなたはこのスク水についてどう思う」
「どうとは、広義すぎて答えるのが難しい」
「それならこのスク水があの普通の世界にあって良いものだと思いますか?」
「それは……」
リアは言葉に詰まった。
スク水を着れば能力を得る。確かにこれは普通ではない。
透子と会った時も透子は力を暴発させ、一大事になった。
リアの能力で拡散は防いだモノの、リアがいなければ酷い有様だっただろう。
「言葉に詰まるということはそういうことよ。これはあってはならないモノなの。だから全て回収するのよ」
「全て、回収」
「そうよ。しかし、ただ回収するだけではいけないわ。奪われる可能性もありますから。だからこのガーデンに保管していますのよ。あなたも見たかしら?アジサイを」
「アジサイ。ええ、酷く覚えている」
「あの子を見たら皆がそういうわ。けれど、あの子の能力で、このガーデンはあるようなモノなの。この世界は先ほどまで私やあなたがいた世界とは違うところにあるの。言わば別次元ってところかしら」
「別次元ということは……」
「そうよ。あちらからこちらに干渉はできないわ。だから侵入してくる子もいない。スク水も盗まれない。加えて、ここでは入って来たモノの時が進まない」
「つまり、あなたやリアたちのような元が外部の人は歳を取らない」
「理解が早くて助かるわ。そういうことよ」
客間に案内されると、別の幼女が二人部屋に畏まっていた。
カリンが声を掛けると、お茶とお茶請けを持ってきてくれた。
先ほどの話から考えるに、この二人もスク水幼女なのであろう。
「先ほど勧誘と言った。スク水だけじゃなく、スク水幼女もここに入れる必要があるのだろうか」
「それは難しい話だと思うけれど、私はあると思うわ。普通の世界で一度普通じゃない経験をした子にとってその世界は生きにくいモノだと思うから。スク水のせいで精神的に病んでしまった子もいるのだから、この世界に勧誘をしているの。断られた場合はスク水に関する記憶を消しているわ。だってその方が良いでしょう?」
「記憶を消す、そんなことが」
「私たちのペアならできるわ。ナノカの能力で記憶を入れ替えることもできるのよ。あの子凄いでしょう」
「先ほどの管理の話だが」
「ああ、そうそう。この世界を綺麗に保つために使わせてもらうの。いくらこの世界で生きるといっても不便が続くようで大変な世界なら勧誘しても、申し訳ないでしょう?あなたのスク水であればこの世界の管理をすごく便利にすることができるからよ」
リアはティーカップに注がれている透き通った水面に映る自分の顔を見る。
カリンが言っていることに不義を感じられない。
世界にあってはならないスク水を回収し、幼女には今後のフォローも入れる。
そして迎え入れた幼女のためにリアのスク水を使うという。
なんだ、結構良い話じゃないか……
「あなたを連れて来たのは、あなたのスク水を誰も使いこなすことができなかった場合に、この世界の管理をお願いしようと思ってよ。まずはその前にあなたの意思を確認したくて私が聞きにきたわけですけれども」
リアの耳に甘美な囁きが入って行く。
「あなたはどうします?」
ティーカップの水面には何も映っていなかった。
「真美さん、透子大丈夫?」
「怪我はひとまず。ただ、まだ目を覚まさないわ」
透子には真美のスク水が着せられている。
身体をスライムにしてくれるので通常よりも怪我の治癒が早くなる。
「透子、眼を覚ましなさいよ……」
眠っている透子の手を握り、大粒の涙を流すさっちん。
そんなさっちんの背中を小さくなった真美が擦る。
「大丈夫よ、きっと目が覚めるわ」
「リアも連れ去られちゃうし、もっと私に力があれば……」
「さっちゃん……」
透子を握る手により力が入る。
自分でもわかっている。誰よりも力がないことくらい。
さっきだって、頑張っていたのは透子とリアと真美さんだ。
私は何もできていない。
役に立っていない。
「私は、なにもできない……」
ふと思い積もった言葉が出る。
「そんなことないよ……」
「透子!」
「透子ちゃん!」
透子はさっちんの手を握り返し、身体を起こす。
まだ力弱いが、その目はさっちんを力強く見つめていた。
「さっちんは、何もできない子じゃないよ」
「透子、でも」
「大丈夫、大丈夫なの」
さっちんを抱き寄せる。
透子も辛いはずなのに、あやす様に精一杯抱きしめる。
「大丈夫」
「うん」
「大丈夫なの」
「ありがとう」
透子に大丈夫と言われるだけで本当に大丈夫な気がしてきた。
これからリアを取り戻しに行くのだって、また敵と戦うのだって大丈夫な気がしてきた。
「リアを、迎えに行かなくっちゃね」
三人のスク水幼女は、友だちを助けるために再び立ち上がる。