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OLと猫の話

一人暮らしのOLなんだけど背中が痒い・・・

作者: バスチアン


朝起きたら寝違えた。


「うわ……首痛い」


どうにも変な寝方をしてしまったらしい。

顔が右向きになっていて逆が向けない。

昨日は休みの前日だからといって飲み過ぎた。

思い出すのは同期の娘たちの顔。

女子会という名の飲み会は最後の方は阿鼻叫喚の様相をていしながらお開きとなった。

それからタクシーで帰宅したところまでは覚えているのだが、自宅に戻った直後から記憶がない。

服は着替えていないので、そのまま寝てしまったことは想像に難くない。

薄い絨毯を敷いただけの床は硬く、最近涼しくなってきたせいか身体もすっかり冷えてしまっていたようだ。

冷えた筋肉はそのまま私の首を変な方向に固定して寝違いと言う名の関節技をガッチリとかけていた。


「今日は休みで良かった……」


ただでさえおつぼねがうるさくてウザいのにこんな右側しか見れない顔じゃあ、仕事なんてまともに出来るはずがない。

私はあのいけ好かない中年のババアの顔を思い出す。

ああ、もう、せっかくの休みなのにあのババアの顔を思い出すなんて大いなる時間の損失だ。

私は首を傾けながら悪態を吐いた。

そんなとき足元にいる同居人が「にゃあ」と鳴いた。

2年前から飼っている虎猫で名前は“しゃもじ”だ。


「しゃもじ、おはよう……うん、いい子だね」


喉をゴロゴロと鳴らすしゃもじを撫でてあげる。

うん、首が痛いので非常に撫でにくい。


「痛っ……ああ、ごめんね、しゃもじ。朝ごはん用意するからね」


昨日は私が帰って来るのが遅かったうえに直で寝てしまったために、彼は食事を摂っていないのだ。

私はキャットフードの袋を開けると黄色いお皿にザクザクと入れていく。

しゃもじは本当はトップブリーダー推薦の缶詰が好きなんだけど毎日だと経済的に辛い。

さぁ、しゃもじの朝ごはんも準備したし、次は私の番だ。

それにしても首痛い……

こういうとき冷やせばいいんだっけ?

温めればいいんだっけ?



お昼前になるが相変わらず首は治らない。

以前、寝違いになったときって、どれくらいで治ったっけ?

放っておいたら治るイメージなんだけど、相変わらず今日の私は右しか向けない。

左を向こうとすると首がすごく痛くなる。


「早く治らないかな……」


さっきネットで調べて冷やしてみたんだけど全然ダメだった。

それどころか右しか向けない状態でスマホを操作したおかげで肩が凝って余計辛くなった気がする。


「首が痛っ……休みなのに何にも出来ないよ」


足元でしゃもじが「にゃあ」と鳴いた。

彼もどうやらかまって欲しいらしい。


「ああ……今日はちょっと抱っこしにくいからちょっと待ってね。そのうち治ると思うから」


私が辛そうな顔をしてみせると、しゃもじは「うにゃ~」と鳴いて離れていく。

いつも思うけど、この子は人間の言葉が分かってるんじゃないかってくらい頭がいい。

この子がいたら彼氏はいらないな……いや、負け惜しみとかじゃないからね。

そんな感じで私は朝からつけっぱなしのTVに目を向ける。

引っ越しのときに勝った者の普段はネットしか使わないのでほとんど活躍してこなかったコイツも今日ばかりは大活躍だ。

何しろ首が真っすぐ向けないのでキーボードもタッチパネルも触るのが辛いのだ。

そう考えるとTVも悪くないかな。

TVの中では何となく見覚えのあるお笑い芸人がワイドショーの司会をしている。


「乾燥肌か……」


寒くなって来たし今年もそういう時期だ。

そういえば化粧水切れかけてるな、休みの日だから買いに行きたいのに……

画面の中では司会者の芸人さんが、如何に乾燥肌が恐ろしいかを面白おかしく力説している。

ああ、何か聞いてると背中が痒くなってきたな。

そう思い、私は背中に手を伸ばし――


「………………痛い」


首が痛い。

さっき無理な姿勢でスマホを操作したせいか肩に無理が来たのもあるのだろう。

左手を上げると首が痛い。

ならば下からと考えて下から手を回すと痒いところに届かない。

じゃあ、右手で――


「痛っ!」


ダメだ。

痛くて手が回らない。

上からでも下からでも、右からでも左からでも無理。

そう考えるとどんどん背中が痒くなってくる。


「孫の手があったらな」


当たり前だけどそんなものはない。

よく旅先のお土産屋で「あんなもの誰が買うんだろう」って馬鹿にしてたのに、まさかこんな事態になるとは思ってもいなかった。

でも普通“背中を掻く”なんてピンポイントな用途しかない道具買わないわよね。

もしも未来が予知出来たら去年長野にスノーボード行ったときに買ってたんだけどな。


「いや……未来予知出来たら、もっと株とか競馬とかもっと色々あるわよね」


そんな馬鹿なことを考えていても背中の痒みは治まらなかった。

右の肩甲骨の上あたりが痒い。

まるでありでもってるみたいにムズムズする。


「何か代わりのものないかな?」


孫の手がないのは仕方がない。

だって、そんなの買ったことないんだもん。

ならせめて代わりのものだ。

定規とか編み棒とか、何かそういうヤツだ。

私は辺りをキョロキョロと見渡すけど、家の中に“ほどよい長さの棒”なんて転がっていない。


「去年、編み物に挑戦しとけばよかった……」


何かさっきからこんなのばっかりだ。

後悔している間にも痒みのヤツはこともあろうかその勢力範囲を増してきた。

最初は右の肩甲骨の上だけだったのに、今は右の背中全体が痒い。


「くそ~、この痒みのヤツめ……」


這いずり回るヤツを憎々しく思いながらも、その痛痒感に身をよじる。

そう考えていると、何だか頭の毛穴まで痒くなってきた。

もう踏んだり蹴ったりだ。

足元ではしゃもじが長い虎縞の尻尾を揺らしながら心配そうに私を見ている。

いい子だね、お前は。

たしかに猫の手も借りたいんだけど、猫のキミじゃあ力不足なんだ。

それにしゃもじの爪で背中なんて掻かれた日にはザクザクに背中が刻まれてしまうのは、我が家の爪とぎボードを見れば想像に難くない。


「なら、これでどうだ!」


私は立ち上がるとキッチンと寝室の間にある柱に背を向けた。

背中にドッシリと当たる柱の角の頼もしさ。

それを感じながら私は肩甲骨を柱に押しつける。


「よし、いい感じ……かも?」


痒いところに背中をグリグリと押しつけると柱が私の背中に食い込んでいく。

筋肉をグリグリとほぐされて、これがなかなか気持ちいい。

気持ちいいのだが……


「これ……ちょっと違う」


気持ちいいんだけどマッサージ的な気持ち良さであって、別に痒さが解消された訳ではない。

相変わらず痒みのヤツは私の背中にぺったりと貼りついてウズウズと私の神経をくすぐり続けている。

どうにも柱の角度が悪い。

当たり前だが我が家の柱は四角形。

90度の角度ぽっちじゃ、このウズウズを撃退するには鋭さが足りないのだ。


「なら、これでどうだ!」


私は首の痛みを堪えながら上半身のシャツを脱ぎ捨てた。

休日の私は身だしなみなんて気にしない。

シャツを脱いだら上半身は真っ裸まっぱだ。

もちろん20代の女が裸で自宅の柱に背中をこすりつけるなんて、人さまには絶対に見せられない姿なのだが、この疼きを解消するには背に腹は代えられない。

素肌にピタリと当たった柱の角度は思っていたより鋭角だ。

イケる!

これならこのチリチリするような痒みを撃退出来るはずだ。

グッバイ、背中の痒さ。

私は首の痛みが出ないように、腰を捻り、背中を曲げ、背中の痒い部分が当たる様に角度調整をする。


「あ……ちょっと気持ちいいかも」


これで背中をスライドさせれば柱の角が良い感じでガリガリ背中を掻いてくれる。

よし、今だ!


「あぅ!!……………くびいたい」


ちょっと泣きそうになりながら、私は床に崩れ落ちた。

何だろう、私。

せっかくの休日だっていうのに、首が痛くて、背中が痒くて、おっぱい丸出しで床の上に崩れ落ちて、すごくマヌケだ。

何だかちょっと泣きたくなってきた。

目の端っこに涙が溜まる直前だった。

床の上で崩れ落ちる私の耳元で「みゃ~お」と鳴き声が聞こえた。


「しゃもじ?」


首が痛くて振り向けないので視線だけで確認すると、そこにいるのは愛猫のしゃもじだ。

先ほどから私の奇行を眺めていた彼は、土下座するように突っ伏した私の肩にその前足を乗せた。

そこはまさに私を苦しめていた痒みのヤツの本拠地だ。

その諸悪の根源にしゃもじの鋭い爪がピタリと当たる。

次の瞬間だった。


カリカリ、カリカリ――


しゃもじの鋭いはずの爪が優しいタッチで私の背中を撫で始めた。

それはまさしく人間でいうところの『背中を掻く』動作だ。

カリカリコリコリ、肩甲骨の縁のラインを添わすようにしゃもじは爪を走らせる。

その動きと同時に私を悩ませていた背中の痒みと疼きが次々と切り裂かれていった。


「えっと、しゃもじ……もっと右の方もお願い」


無駄と思いつつも言ってみると、しゃもじは「うにゃ~」と答えて爪を右に逸らして背中の真ん中の溝のところをポリポリと掻いてくれる。

すごく気持ちがいい。

というよりこの子、本当に人間の言葉分かっているんじゃないだろうか?

ああ、それにしても気持ちいいな。

しゃもじが爪の先でポリポリと背中を掻いてくれると、私をあれほど悩ませていた背中のウズウズがなくなっていく。

いつもは爪とぎボードをガリガリと切り刻んでいるはずのしゃもじクローが今日はこんなにもソフトタッチだ。


「あ~あ~、きもちいぃ~、しゃもじ次はちょっと強めで」


私の要望に応えてしゃもじの爪がちょっとだけ立てられる。

するとピリっとした心地の良い痛みが背中に走り抜けた。


「ああ~、気持ちいい~♪ しゃもじがいたら、もう彼氏はいらないわ~」


何だかすごく駄目な発言な気もするが、今日はもうこれでいい。

愛猫に癒されながら、私の休日はまだまだ続くのだ。



前回はしゃもじ目線。

今回は人間ごしゅじん目線です。

ご主人の今後が心配になる一幕ですが、きっとしゃもじがいれば大丈夫でしょう。

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